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第 Ⅱ 話 平和であるはずの日

この物語はただの創成物語(フィクション)である。

 


 ぐっ……っう"ァァァァァァ!!



 私に再び、あの頭痛が襲う。

 謎の描写が脳裏に映し出される際に起きる例の頭痛だ。

 しかしこの時、私に襲った頭痛はこれまで幾度となく経験してきた頭痛とは、明らかにその規模が違った。


 いつもなら、暫くすれば自然と治まっていく頭痛がなかなか引かない。それどころか、時を追うごとにその痛みが増していく。

 鈍器で殴られるような激痛。脳が破裂しそうで、声を荒らげずにはいられない。いつもの数倍……いや、何十倍もの痛みだ。身体中の毛穴という毛穴から汗が吹き出し、口から垂れ出る唾液を留めることすらままならない。狭い空間の中で、必死に藻掻(もが)く。しかし、周りの瓦礫のせいで暴れるほどの空間がなく、あちこち身体をぶつけてしまう。お陰で(あざ)が出来てしまうほどであった。

 だが、それを止めることが出来ない。それほど、私の思考は全てこの頭痛によって疲弊していた。


 何故、よりによってこの時なのか──ただでさえ、どうすれば良いか分からない状況なのに……。


 一体どうしてこうなってしまったのだろうか。


 ■ ■ ■


 ──時は数時間前に遡る。


 6大種族戦争が収束からまだ数十年──魔法が蔓延るこの世界は平穏が続いていた。

 そして、この日も平穏であるはずのよく晴れた日であった。


 ここはアルデート王国北西部の町「レガリア」。

 昔ながらの家々が軒を連ね、緑豊かな森林に囲まれたこの町で私は生まれ、育った。

 その町が一望できる外れの原っぱで私はいつものように寝転んでいた。ぼんやりと空を眺め、ただ意味もなくのんびりとしていた。


 小鳥が可愛らしく(さえず)り、あちらこちらで点々と咲き誇る花々は、(まさ)しく「平和」を表現していた。

 吹く微風(そよかぜ)のなんと優しきこと──

 舞う蝶々のなんと美しきこと──

 誰もが望む日常がここには存在している。

 そして、それを存分に味わった私はふと思う。


 この時間がもっと続けばいいのに──と。


 だが生憎(あいにく)、私はそのような優雅さに浸るべき身ではないのだ。

 私にはやるべきことがある。それは、こんな平和な世界に(いざな)われようと変わりのしないことであった。



 ────



 ところでこの時間となれば、私くらいの年齢の者は今頃、学校の卒業試験に向けて必死に勉強をしているところである。無論、試験に合格しなければ、学校からは卒業を許されない。

 かくいう私も学校に通っており、普通は私も試験に向け、勉強に励まなければならないのだが……、私はどうもやる気が起きないでいた。

 だが、言い訳させて欲しい。

 だからと言って、こうやって昼間から授業をサボって昼寝していい理由にはならないが、しかし今頃の授業なんてどうせ名ばかりの自主勉強なのだから、そもそも行く必要性がないだろう。全科目の過程を終えておいて、何を学ぶというのか……。それにある程度点数が取れればいいのであれば、尚更授業を受ける理由が見当たらない。

 ならば、こうやって昼寝でもしている方がよっぽど有意義だろう。


 それにいくら勉強をしたとて、私が求めているのは学校で習うようなそんな知識ではない。私が知りたいのはあの『キオク』についてだ。


 だが、学校の先生は私の意に反して、学校へ呼び戻そうとする。

 一昨日までは、直々に先生が私の元へ駆けつけてくれていたのだが、面倒なのか、はたまた諦めたのか、昨日からは刺客を送り込むだけになっている。


 スタッ、スタッ、スタッ


 噂をすればなんとやら、恐らくその刺客だろう。脳天の方からゆっくりと足音が近づいて来ているのが分かる。こんな何もない原っぱにわざわざ足を運ぶ人間なんて私と、こんな私を呼び戻しに来る人間だけだ。

 その刺客は、私の視界の及ぶ範囲に来ると、私の顔を覗きながら一言呟いた。


「まぁた、サボって昼寝してる……」


 昨日もここで聞いた声だ。耳に馴染んだ女性の声──その声の主に私はわざと彼女の今日の目的を聞いた。


「サボって昼寝してるんじゃあない、計画的休息だ。で、今日も真面目に私の呼び戻しですか、委員長さん?」


 声の主は私のクラスの委員長、『マナベル=レーブルク』。この近辺の名家『レーブルク家』の一人娘にして、学校トップの成績を持つ。橙色の綺麗な髪に青い双眸(そうぼう)、白く透き通った肌が特徴の、まさに『眉目秀麗(びもくしゅうれい)』な女性。オマケに魔法属性2属性保持者、『神の恩恵』持ちときたもんだから、つけ入る隙がない。

 彼女とは幼馴染だ。家が近いのもあって昔からよく一緒に遊んでいた。


「真面目、ねぇ……私、そんな風に見える?」


 そう言うと、彼女は私の隣にゆっくりと寝そべり、私と同じように悠々と昼寝を始め出した。


「何してんだよ……呼び戻しに来たんじゃあないのかよ」


「今日は私も昼寝しに来たのよ」

「委員長が学校サボってもいいんですかねぇ」

「サボりじゃないわよ、計画的休息よ」


「こんなところで油売ってていいのか? 卒業試験まであと少しだぞ?」

「それは君も同じでしょ」

「私は別に……どうせそれなりに点数は取れるだろうし、今学校に行ったところで自主勉強なんだからそもそも行く意味なんて無いし……」

「そっくりそのまま、その言葉を君に返します」

「……」


 返す言葉が見当たらない。

 ……ったく、相変わらず、人を言葉で(もてあそ)ぶのがお好きなようで、どこか口調が生き生きとしている。世間一般の大人たちからは、彼女は『真面目』という印象が強いが、私たちクラスメートからすれば、そんなイメージを払拭(ふっしょく)するくらいに言動や行動が軽佻(けいちょう)で、話しかけやすい。

 まあ、表面上の彼女を見れば、成績トップ、礼儀正しく、名家の生まれの委員長なのだから、肩書きだけならそう感じても仕方ない。


 だが、幾ら名家のお嬢様とは言え、思考や価値観は私たち庶民と同じようで、決してこういった不真面目な行為をしない訳ではない。


「それに私は委員長だから。『君を呼び戻すのに説得してたら時間がかかった』とでも適当に言い訳すれば先生も納得するだろうし」

「そんなのでいいのか? 委員長の名が泣くぞ」

「別に委員長だからと言って、サボらない訳じゃあないでしょ?」

「……」


「それに疲れてるのよ。ずっと何かを演じるなんてのは」


 彼女は意味深にそう呟いた。

 何処か悲しげで、何か裏がありそうな横顔。

 その姿を見た私は、あまり彼女の悩みに深入りするのは野暮だと察し、それ以上追求するのを辞めた。


「ところで、君は学校を卒業したらどうするの?」


 気まずい雰囲気を変えようとしたのか、唐突に他愛のない質問が彼女から飛んでくる。


「取り敢えず、王都に向かおうと思う」


「ふぅん、どうして?」

「言ってなかったっけ? 私にはどうしても『知りたいこと』があるんだと」

「……あぁ、そんなことも言ってたっけ」

「ホント、人の話にあんまり関心を持たないよな。お前って」

「まぁ、確かに知りたいことがあるんなら、国中の情報が集う王都に向かうのが1番よね」


「で、その『知りたいこと』って?」

「……」


 ここで言ってしまおうかどうか、思わず迷う。

 別に言ってもいい。だが、言ったところでこの悩みが彼女に分かるはずもない。今までだってそうだった。いくら幼馴染とはいえ、彼女にそれを打ち明けたとて、彼女から私の求める答えは返ってこないだろう。

 それに──


「どうせ言っても、そんなのどうでもいいんだろ?」

「フフフ、……まぁ、そうかもしれないわね」


 自分のこと以外に無関心な彼女には、私の話なんてさほど興味のない話だろう。


 ■ ■ ■


『平穏』というものは(はかな)い。


 例え、平穏が数年渡って続いていたとしても、その平穏の中から新たな『不穏』が生まれ、呆気なくその世界を崩していく。

 過去数百年、数千年の歴史においてもそうだ。平穏な年数などひと握りで、歴史の大半は『不穏』が世を埋めつくす。


 当然、私たちの体感していたこの平穏も、唐突に終わりを迎えてしまったのである。


 見渡す限り、長閑(のどか)な景色の中、激しい爆発らしき音が鳴り響いたのだ。私とベルはそれに反応して、反射的に飛び起きる。

「な、なんなの、今の音……」

 音はかなり離れている。だが、音の激しさからしてその事象の規模の大きさは想像に容易かった。

 その場所を探すため、急いで近くの小高い丘の上に登り、私たち2人は辺りをじっと見つめる。


 音が鳴ったのは町とは反対側。そこからは黒い煙が天へと昇っていた。

 そして、再び爆発音が鳴り響く。さっきよりこちらに近い場所だ。そこからは、ハッキリと火花が散っているのが見え、再び煙が上がる。


 そして、その煙の間隙から幾つもの影がこちらを睨んでいるのが分かった。

 それはゆっくりと顔を覗かせ、大きな声で辺りを震わす。



 グオォォォォォォ!!



 それは大きな翼を広げ、圧倒的な存在感を放っていた。

 神話でも記されている、かの巨大生物。


 紛うことなき、『(ドラゴム)』という存在がそこにはいた。


 ■ ■ ■


 (ドラゴム)は暴れ回っていた。目的があるのかは知らないが、ただひたすらに辺りの木々を焼き払っていた。


 一瞬にして、森が赤く染まる。


 突然の出来事に私たちは唖然(あぜん)としていた。

 この近辺に(ドラゴム)は生息していないはずの(ドラゴム)が現れたかと思えば、辺りを炎の海へと変えているのだから、驚くなと言うのが無理なくらいだ。

 一体何処から現れたのだろうか……。森とは言えあんな巨体、あんな個体数この近辺に身を潜めるなんて流石に難しい。そして仮に身を潜めていたとしても、何故今になってこうも激しく暴れているのだろうか。

 ──いや、今はそんなことを考えている暇はない。

 一刻も早く逃げないと。


「ベル、町に戻ろう」

「そ、そうよね。早く皆に伝えないと……」


 兎にも角にも、私たちは町へと急いだ。

 この場にいては、被害が私達に及ぶのも時間の問題だ。それに森と反対側には町があり、そう距離も遠くない。


 町へと向かって走っていると、数匹の(ドラゴム)が私の頭の上を飛行していった。

 待ってくれ、そっちに行かないでくれ──

 だが、私のその思いに反して、(ドラゴム)は猛スピードで町へと向かっている。私たちでは到底追いつかないほどの速さで。


 町に着いた頃には、既にあちらこちらから炎が舞い上がっていた。焦げた臭いが辺りを漂い、多くの人々が声を上げながら逃げ惑っている。

 だがそんな中、(ドラゴム)に歯向かっている人も居た。恐らく町の警備隊達だろう。数人で果敢に挑んでおり、苦戦しながらも私達市民を守ってくれていた。

 数々の魔法が飛び交う。

 そして、私達の目の前でそのうちの1体を見事に倒したのである。


「女は子供を連れて急いで森へ逃げろ! 魔法が使える者は(ドラゴム)の対処だ!」


 その声に押され、数人の大人達は奮起し、(ドラゴム)に挑んでいく。

 一方で女性や子供たちは、そんな男達とは逆方向に向かって走っている。

 その逃げていく姿を見て、彼女はふと思ったのだろう──


「今、私の家はどうなってるのかしら! 私、家族が心配だわ!」


 彼女はそう言い、私を置いて家の方角へと走っていった。

「待ってくれ、ベル!」

 その言葉に私も家族が心配になり、彼女について行こうとする。


 だが──


 グギャァァァァス!!

 ッ!?


 不幸にも、私の目の前に一体が(ドラゴム)が立ち塞がり、彼女との間を(はば)んだのである。

 目の前で見ると迫力が違う。動悸(どうき)がおかしい程に激しい。

 (ドラゴム)は目の前の人々に夢中でこちらには気づいていない様子だった。そしてその姿を見て、私は思わず逃げ出してしまった。

 怖かったのだ。自分よりも大きな(ドラゴム)なんて、書物以外で見たことなど1度もなく、ましてや抵抗も出来ずに(ドラゴム)に殺られてしまう人々を前にして、振り絞る勇気など湧くはずもなかった。適うはずもない、私が歯向かったところで死ぬだけだ──本能がそう告げていた。


 (ドラゴム)から逃げ、こちらの視界から(ドラゴム)が消えたのを確認すると、私は急いで自宅へと向かった。


 その通り道のことである。とある通りに見知らぬ女の子が、ぬいぐるみを持って家の前に立っている。自分の家なのだろうか、その近くで暴れ回る赤い(ドラゴム)の姿を見て、呆然としていた。


「何をしているんだ、逃げろ!」


 そう叫ぶが、全く動かない。いや、動かないんじゃあなく、動けないんだ。足をよく見ると恐怖で小刻みに震えているのが分かる。

 急いで彼女を助けに向かおうとすると、赤の(ドラゴム)が大きく天に向かって吠える。


 グオォォォォォ!!


 その咆哮のあと、赤の(ドラゴム)は口から大きな火球を吐き出した。

 放った攻撃の爆風で、目の前の家が木っ端微塵(みじん)に吹っ飛ぶ。鳴り響く轟音、焼けるように肌に伝わる熱気。それだけでも、あの火球の凄まじさが理解出来るほどである。

 そして、その家の壁や柱が少女に向かって飛んでくる。

 このままじゃ、この子に直撃してしまう。魔法を使うにも、発動が飛んでくるまでに間に合わない。一方で少女は恐怖でその場から動けないでいる。


(せめて、この子だけでも)


 ──そう思った私は、勢いよく横から女の子を突き飛ばした。女の子の身体は一瞬の間宙に投げ出される。

 その傍ら、壊れた家の破片は、もうすぐ側まで迫ってきていた。




 駄目だ、間に合わない──




 そのまま、私の身体は抵抗する間もなく、降り注ぐ破片によって埋め尽くされる。一方で目の前の少女の姿は、飛んできた大きな瓦礫によって遮られ、見えなくなってしまった。

 小さな瓦礫(がれき)が私の身体を(かす)め、所々から血が吹き出しているのが分かる。私の方へと次々と飛んでくる瓦礫(がれき)──その中で恐らく柱の一部だったのだろう、四角い木材の破片が私の後頭部に直撃した。


 鈍い音が響き、それと同時に意識が朦朧(もうろう)とする。


 地面にバタリと倒れ込んだ私はそのまま動けなくなり、やがて瓦礫(がれき)に埋もれていく。照らしていた光が徐々に失われる。

(私は、ここで、死ぬの……か……)

 迫りゆく闇の中、私は死を悟った。


 視界が白く映る。だが、光ではない。

 意識が朦朧(もうろう)としているのだから、その光についての限られる答えはひとつだろう。

 だがもう、その時はそれすら考えることすら出来なかった。

 やがて私の意識は白い景色の中に吸い込まれていく

 そして──


(もう、駄目……だ……)


 私はそのまま完全に気を失ってしまった。

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