第ⅩⅩIV話 予感
この物語は、ただの創成物語である。
あの空間から意識が現実へと戻ってくる。
今まで曖昧な現実からの声は、ようやくその意識下でくっきりしたものになり、私の頭で理解出来るようになる。
聞き覚えのある、アニキの声だ。
「お、やっと起きた」
「済まない、アベル。少しばかり遅くなった」
どうやら、依頼に思ったよりも時間がかかったらしい。
「今何時?」
「ああ、今は夜の8時頃だな」
あれから5時間以上は寝てしまっていたようだ。
「ところでアベル、ベルとリリスは何処行った?」
「まだ帰っていないのか?」
「ああ。何があったんだ?」
遅い。
私が先にここに帰って、もう5時間以上は経ってる。
流石に自分の家すら知らない迷子を送り届けようしたとは言え、流石に日が落ちるまで戻らないのは遅過ぎる。
私はアニキ達に事情を話した。
「そうか」
「……まあ、2人の事だし大丈夫じゃあないか?」
「だが、そうは言っても……」
ルークの言葉に、ベルを信頼しているアニキの顔も流石に曇る。
「確かに、あんまり遅いと不安だな……」
「まあ最近色々と物騒だしねぇ……というか、こんな遅くまで夜道に女の子2人をだけを彷徨かせるなんて、男としてどうなんだい? アベル」
アンジュが私を睨んでいる。
あまり言い返せないのが余計に辛い。
ここまで遅くなるとは思わなかったとは言え、流石にこうとなっては男として情けない限りだ。
「ま、まあまあ、ベルは魔法には長けているし、リリスも格闘術では我々よりも優れている。恐らく、大丈夫だろう」
宥めるようにルークが割って入ってくれた。
「そうだよな……多分、あの2人なら大じょ……」
私の口が止まる。
「どうしたんだ?」と不思議そうに覗き込むアニキ達を後目に、私はルークの「魔法に長けた」という言葉に引っかかった。
そう、確か被害に遭っていたのは、どの人も魔法の扱いに長けた人物ばかりなのだ。
これを知っているのはこの場で私だけ────被害者の共通点についてやコアが盗まれていることについては、まだ新聞で情報公開されていない為、アニキ達には知る由もないだろう。
────もし、犯人に彼女が魔法に長けた者だと知られることがあれば狙われるのは必至だろう。
コンコンッ
「おい、いるか?」
ノックの後に扉が開いた。
私達よりも一回り歳上の男が顔を覗かせ、こちらを伺っている。
「寮長、どうしたんですか?」
彼はこの寮の寮長である、ダルさんだ。
「部屋に全員揃ってるかの巡回だ」
どうやら点呼を取りにきたようだ。
「件の連続殺人事件で、街全体に夜間の外出禁止命令が出てな。こうして俺が確認してるって訳だ」
あまり浮かない顔を見せる寮長。
「全く、とんだ一大事だ。街の中のことで無ければ俺たちも見回りしてやれるんだがなぁ」
「物騒な事件ですよね。早く解決すればいいのですが……」
我々、"ギルド"は街の外の人害生物が管轄だ。
一方で街の中の治安を守るのは衛兵を纏める"騎士団"の仕事だ。
稀に国がギルド本部を通じて街の外や街の中で共に連携して事に当たることもあるが────どうやら今回は騎士団だけで事に当たるらしい。
まあ、そんな頻繁に連携しなければならないような事態なんて起きるはずもないし、ギルドも手一杯なのだ。
ここは騎士団に任せておくべきところだろうが……。
「ところで、ここは6人部屋だったよな? 他の2人は?」
「2人はまだ戻っていません」
だが、私はこの時ふと想像してしまったのだ。
あの2人が襲われるという想像────。
「そうか。まあ、戻ったら俺の部屋まで連絡を……」
私は徐ろに部屋を出ていってしまった。
「おい、待て何処に行く!」
「おい、アベル!」
確かにルークの言う通り、2人はそんじょそこらの人にやられてしまうようなやわな存在じゃあない。
だが、アンジュに言われたように私にも2人だけで行かせてしまった責任がある。
そう考えると、
「2人を探しに行ってきます!」
階段を下り、出口を飛び出し、夜の王都へ掛けていく。
この時の私は、後のことなど考えていなかった。
一体今何処に彼女らがいるかも、あてすら無かった。
ただ、そんな事よりも先に「2人を探しに行け」と足が先に出てしまっていたのだ。
"嫌な予感"って奴だ。
だが、彼女がもし犯人のお眼鏡にかなうような存在だったのだとすれば────探しに行かないなんて選択肢、私には無かったのだ。
そして、その嫌な予感は運悪く的中してしまったのだった……。
次回はベル視点の話になります。




