第ⅩⅧ話 猟奇殺人事件
この物語は、ただの創成物語である。
今、私は取り調べを受けている。
その取り調べ内容は聞くまでもない。あの死体についてのことだ。
あの後、私の悲鳴を聞いた人々が次々と集まり、その原因を見た人が連鎖するようにまた悲鳴をあげ、騒ぎが周囲に広まった。
目を背ける人もいれば、あまりの凄惨さに吐き気を催す人もいた。
一方の私は、腰が引けて動けないでいた。幾らあの地獄で多くの死体を見てきたとは言え、こんな街中で胸が抉られている死体を目にすることになるなど予期するはずもない。思わぬ不意打ちに、またあの日の惨劇がフラッシュバックしてしまったのだ。
呼吸が荒かったのは覚えている。
あまりの人集りにどうやら周辺を巡回していた若い衛兵も気になったようで、どうしたのかと駆けつけるとこの有様。流石の見慣れない光景に気分を悪くする若い衛兵だったが、急いで別の人員を呼び、「離れてください」と周囲に呼び掛けを始めた。
そして、第1発見者である私はそのまま他の衛兵に誘導され────そして今に至るという訳だ。
あれからどの程度待たされているかは分からないが、お陰で心の平然を取り戻す時間が出来たようだ。気を抜くとあの死体が脳裏を過ぎるが、なんとか過呼吸になるようなことにはならないでいる。
無論、こんなことになったからには第1発見者として、怪しまれる覚悟も出来ている。どんな質問も私なりの対応をするだけだ。
そう身構えていたら、取り調べ室の扉が開いた。
「アベル君じゃあないか」
聞いたことのある声、どんな恐ろしい人が来るのかと身構えていた私の緊張が一気に緩んだ。
それはつい先日、私の腕に付けられていた枷を外して下さった若い衛兵。
そう、リハエロさんだった。
■ ■ ■
リハエロさんから、あの死体の状況を説明された。
まず死体の身元だが、数日前から行方不明になっていた女性だったようだ。顔の特徴など
あの後、身元である女性の夫に確認を取ったところ本人で間違いないとの確証を得たらしい。
死体の状況は凄惨なものだった。
胸が抉られ、関節はあらぬ方向に曲げられ、顔は蒼白となっていた。しかし、胸以外の部分に損傷はなく、抵抗した痕なども見受けられなかったらしい。どうやら胸を貫かれて即死だったようだ。
とても人の所業とは思えない、だが、人がやった以外に犯人が思いつかない。
痕跡はほぼ無し。事件の起きた周辺住民への聞き込みも掠らなかったようだ。
衛兵も衛兵であまりにも惨たらしい死体に犯人像の推測や足取りに手間取っている様子らしい。
まあ、まだ事件が発覚したばかりの段階だ。それも当然なのだが、しかしここまで痕跡が少ない、しかも猟奇殺人も珍しいらしく、リハエロさんも他の衛兵も困り顔である。
そしてもう1つ、
「実は、奇妙な事があってね……」
どうやら死体には奇妙なことがあったらしい。
それは死体からあるべきはずの「コア」が無くなっていたことだ。
それのせいで死体の腐敗が通常の倍の速度で進行し、あの腐敗臭を漂わせていたらしい。
そしてどうやら、周囲を探してもコアが見つからなかったようだ。
「何か知らないかい?」
「いいえ……そもそも、私が見つけた時には……」
「だろうね、死体の状態から死亡した時間からかなり経っているからな」
リハエロさんは私の回答に被せるようにそう言った。
「まあ、取り敢えず何も知らないんなら仕方ない。こっちも何も分かってない以上、君を深く追求することは出来ないからな」
「まさか、リハエロさんが取り調べを担当するなんて思ってもみませんでした……」
「こちらも、まさか重要参考人が君とは、知らされて驚きだったよ。まあ、僕もたまたま近くを巡回中で緊急要請があっただけなんだけどね……」
本を読んでいると、どうしても想像上の取り調べは大柄で強面の衛兵が威圧的で一方的に責め立てるものを連想してしまう。それがテンプレートであり、裏事情なんかを知りたがる一般読者からすればウケもいいからだ。
だからと言って、取り調べ室で実際に取り調べを受けたことある人間なんてそう身近にもいないだろう。
そう考えると爽やかなリハエロさんみたいな人間が来るとはどうしても思えなかったのだ。
流石に無駄話だったので「すみません」と謝罪を入れるが「別にいいよ」と笑いながら流してくれた。
すると、彼は徐ろに立ち上がった。
そして取り調べ室のドアを開ける。
まるでどうぞ出ていって構いませんみたいな雰囲気だ。
「済まなかったね、時間を取らせてしまった。今日はこのくらいで」
「えっ、もう大丈夫なんですか?」
「君のことだ、心配いるまい」
まさか本当に帰って構わないと思わなかったので、つい聞き返してしまった。
だが、リハエロさんもリハエロさんで焦っていた様子だった。
それも当然だろう。王都での殺人事件なんて近頃聞いていない話だ。衛兵内でも相当混乱しているのだろう。取り調べまでにやたらと時間がかかったのがその証拠だ。
「また何かあったら聞くかもしれないが、その時はご協力よろしく頼むよ」
こうして私はあっさりと取り調べから釈放されたのであった。




