第 Ⅰ 話 頭痛と"キオク"
この物語はただの創成物語である。
『自分に存在意義があるのではないか』と思い始めたのは、一体いつからだろうか──
私は度々襲う酷い頭痛に悩まされていた。
(まただ……また、この頭痛だ……)
あまりの痛さに頭を抱え、その場に座り込む。だが、別に病院に行ったり他人に助けを求める程のことじゃあない。いつものことだ。放っておけば、直に治まる。
そう思い、特になんの対処もせずそのまま痛みに耐えていると、案の定頭痛が治まる。そして、私の頭にはいつものように、また謎の情報が埋め込まれている。
(だから誰だよ、"テイラー"って……。そんな奴知らねぇぞ……)
今回は"テイラー"と呼ばれる青年らしき人物の情報だった。
仲間らしき人々に囲まれ、幸せそうに会話を繰り広げる──そんな情報だった。……心底どうでもいい。
これが持病なのか、はたまた"神の恩恵"といったものなのかは分からない。だが、どうやら私には他人の記憶を映し出すことができる能力があり、それの発動条件というのがこの頭痛らしいのだ。……いや、そもそもこれが他人の記憶なのかすら私は分かっていない。もしかしたら、ただの私が創り出した妄想かもしれないし、これから出会う人々を暗示している予知夢なのかもしれない。まあ、今まで実際に会ったことのある人は1人もいないが……。私は一応、"キオク"とは呼んでいるものの、私自身この能力がどういうものかよく分かっていないのだ。
しかし私は、何度もこの頭痛によるキオクを知ることで、とある法則性を見出した。このキオク、どうやら一定の人物、生物の視点だけを切り取って映し出されていることが分かった。
人数までは把握していないが、その数───7人。もしかすればもっと多いかも少ないかもしれないが、しかし見たことのある人物の別の記憶が映し出されることも多々あり、記憶を見た数はそれの数倍にも及んでいる。
それに今回、私に映し出された"テイラー"という人物のキオクも、もう4、5回もその名を聞いたことがある。未だに"テイラー"という人がどんな人物かは把握できていないが……。
また、そのキオクのバリエーションも豊かなのだ。人のみならず、ドラゴンだったり、魔族だったり、更には性別すらも限定されず様々なのだ。更には映し出されるシチュエーションもそれぞれで、平和な日常の一部分からグロテスクな死亡直前の描写までと、特に内容は縛られていない。
だがしかし、だからといってこれが一体何なのか、何の為のキオクなのか、その存在意義の核心に至るものではなかった。
このキオクは、殆どが私にとってどうでもいいものばかりだ。見ず知らずの謎の人物らによる、私の知る由もない日常やドラマ、トラウマにもなりうる衝撃的瞬間。寧ろ私に不利益すらもたらすこれは、いっそのこと知らなくてもいいならなら、知らないままでいたい。それくらい、私はこのキオクを嫌っていた。
だが、全てが全てで役に立たないものでもなく、例えば化学の数式だったり、或いは日常の知恵だったり、私に利益となるものも一部は存在している。
まあ、それでもこのキオクに対する私の嫌悪感が払拭されるわけではないが……。
けれど、私はいつしかこの頭痛に対して、「何か意味がある」ものだと決めつけてかかるようになっていた。
何故そう思うようになったのか──その根拠は私にすら分からない。ただ、そう思うだけというのが、せめてもの理由だ。
そして、私はこのキオクに対して幾つか疑問を抱くようになっていた。
最初は"興味"ほど大層なものではなく、ほんの小さな"不思議"。しかし徐々にそれは"興味"へと大きくなっていく。
嫌いだとは思いつつ、何故か惹き寄せられるように私はそれが気になって仕方なくなっていた。
彼らは一体誰なのだろうか
何の為のキオクなのだろうか
どうすればこの頭痛は起きるのだろうか
そして、
何故、私なのだろうか──
この頭痛は私が赤ん坊だったときから起きているらしい。
約18年間──私が生まれてからそれだけの年数が経った。
しかし、未だにそれの根幹に触れるような情報は得られていない。
だがここにいても、その答えは誰も教えてくれない。友人も、知人も、家族でさえも、その理由は誰も知らない。共感すらできる者は居ない。
だから私は、外に出たがった。
外に出て、私はこの答えを見つけたかったのだ。
この街から出られる18の春──それが私にとって唯一の望みだった。
この私、"アベル=ライザック"の存在意義を求めるために──。
今回も閲覧頂きありがとうございます。
この物語は実は予めエンドの部分を構成した上で話を作り上げております。そのため矛盾がないように各話の内容をじっくり推敲した上で書き上げております。その為もあって投稿頻度が遅くなってしまうことを予めご了承ください。
まあ、ただの言い訳なんですが……。
また、そのエンドの内容も人によっては「は?」となりかねないものなのですが、きっちりと私なりの意味をもってその内容に向かって執筆しております。
納得していただけるよう、これからも精進していく所存ですので、良ければ次回もご覧いただけると嬉しい限りです。




