第 ⅩⅢ 話 ただ一介の遠き夢
この物語はただの創成物語である。
「突然だが、お前達には"ギルド"の一員となってもらう」
受付前のエントランスに、そんな声が響いた。
ギルド────105年前に対魔騎士団『シュバルツ』から発展し、大国戦争終結後に創設された国際徴兵組織。主な目的は「人害生物に対する防衛と戦力補強」。魔物や危険生物などが引き起こす人々への害悪行為への対応対策、又はその可能性が高いものを駆除し、そういった脅威に備えて国家の戦力を整えておく為に存在している。
似たような組織として国が所有している「騎士団」がある。騎士団との違いは、騎士団は国内の街の治安維持を全うするのに対し、ギルドは国境を問わず、対人害生物を専門とする。
九大国家承認の巨大組織であり、実は各国の治安維持にも作用しているのだ。
というのも、『ギルド』は基本的にある程度の基準さえ満たせば誰でも加入できる。
まあ、全ての人間がギルドに加入できる訳では無いのだが、一定の就職先の提供に貢献しており、国としても民営の組織としてかなり信用を置いている。
その為、国からも援助などを行っており、武器の提供や居住地の賃貸など、福利厚生が整っている。
────
まったく、本当に唐突な話だ。
朝起きてすぐアニキは、私とベルをギルド受付前のエントランスに呼び寄せたのだが、まさか私達をギルドに勧誘する為だったのか。
大きな声で言われて、唖然としている私達を後目に、アニキはニコニコとしている。まるで、「入ります」と私達が言うのを待っているかのようだ。
だが、これは案外悪い話ではない。
寧ろ、都合がいい。
何故なら、このギルド証というのは、何より────
「実はな、このギルド証は身分証にもなるんだぜ」
就職先として人が集まる────詰まる話、人の管理を行うことにおいて、何かと都合がいい。
このギルド証は、世界共通の身分証としても活用出来るのだ。
今、私とベルに必要なのは、金でも食べ物でも家でもない────身分証である。
これが無ければ、私たちは働くことはおろか、この街に滞在することすら許されないのだ。今後、この街で自由に過ごしていく上で、いずれ取得することになるだろう。
役場で再発行することも出来るが、アニキ達と共に暮らしたい私にとっては、今ここで、断る理由などないだろう。
魔物を相手取る危険な仕事を行わなければならないが、それだってあの"ウルフェン"を手玉に取ったアニキ達がいるのだ。まあ、なんとかなるだろう。
「まあ、うちのギルドの一員となれば、うちで働くこととなるが……」
「私は異論ありません」
その問いの答えに、無論私は問題ない、のだが……。一方でベルの返答が気になる。
彼女はこう見えても、名のある貴族の娘だ。今まで、彼女が戦いに馳せ参じた事などない上に、私と同じ戦い未経験の身だ。
アニキのグループにはアンジュさんが居るとはいえ、女性にこんな汚れ仕事を受け持ってもらうなど、どうしても少し気を引いてしまうものだ。
だが────
「私も大丈夫だよ」
何の嫌がる素振りを見せず、彼女は同意した。
その上、何故か妙にノリが軽い。
意外と言われれば、案外そうでも無いのだが────まあ、彼女がそれでいいのなら私も止めはしない。
もっとも、どの道この話を断ることなど、私達には出来ないのだが。
────
ある程度の質問と自身の名を紙に記入し、その他ある程度の身体能力の検査を経て、血印を押す。
再発行ではなく、新規発行である。
ギルド証は通常の身分証と違い、少し特殊なのだ。
発行が手早い代わりに効力として、ギルドメンバー以外の職に就くことが出来ないが……まあ、今現在で別に困ることは無い話だ。
身分証の登録は仮登録という形で、たった半日でなんとか受理された。まあ、そもそもとして私達の名前が国で管理している調書の中にもあったのだから、本登録の方も受理は容易いだろう。
ひとまず、仮登録までの全てを済ませたので、私は部屋に戻ろうとした。
身体検査も終わり少し疲れたのだ。部屋に戻って落ち着こう。そう思っていると、私は後ろからアニキに肩を掴まれた。
「おいおい、まさか働かずしてこの場に居候出来るとでも思ってたのか?」
「えっ……」
つまり、それは早速仕事に出るということであろうか。
いやしかし、流石に今日の今日では気が早い。心の準備も出来ていないし、魔物討伐となれば戦闘経験素人からすれば心配が大きい。
「なあに、今日は補助に回ってもらう。前線で戦うのは俺達だから安心しろ」
そうとは言っても……
ベルはどうなのだろう。彼女も、いきなり魔物狩りに向かうだなんて、そんなこと言われたら躊躇してしまうだろう。
私はベルを見やった。
するとベルは、アニキに対してこう返した。
「分かった。今回はどんな依頼を受けるの?」
笑みを浮かべてこう言っていた。
私の意に反して、ベルが乗り気だった為に、私はこれ以上反発出来なかった。
■ ■ ■
「何でこんな目に……」
「金はあっても、俺達はギルドから、国から補助を受けている身だ。一定以上の成績を上げないと居住権どころかギルドメンバーからも外されてしまう」
「いや、でも何で今日なのさ……」
私は大きな荷物を背負わされて、アニキ達の後ろを歩いていた。
ハッキリ言うと、私は未だに心構えが整っていない。流石に不安が勝っているのだ。補助に回るとは言え、魔物と戦うのだから────魔物ではないが、あの龍が頭を過ぎって仕方ない。
そんな、イマイチ踏み出せない私にルークさんは話し掛けてくる。
「時期を開けると身体が訛ってしまうんだよ、アベル君。俺達の間では、6日以上の休養は出来るだけしないようにしてるんだ。職業上、どうしても力の維持は欠かせないからな」
そう言うと、彼はグルグルと右肩を回している。どうやら、身体が訛ってしまっているようだ。動きたくてウズウズしているのが、見ただけでも分かる。
「もう8日以上休んじゃったしね。その分、身体を動かさないと」
一方でアンジュさんは、まるで準備運動するかのように言っているが、これからするのは血腥い"魔物狩り"である。準備も何も、寧ろ本番だというのに……やはり玄人の3人とは何処か感覚がズレている気がする。
ギルドの仕事は"依頼"という形で呼ばれている。
人々や国から魔物や危険生物に関する"困り事"を募り、それを受注、解決する。故に"依頼"。
主に国からの依頼ばかりではあるが、これがギルドを支える根幹のシステムである。
そして、その依頼には3種類存在している
ギルダー毎に各ギルダーの実力などに合わせて与えられる────『割当』
即時対応が求められず、ギルダーが本人次第で自由に受注が可能な────『任意』
緊急事態が発生した際に招集、対応出来るギルダーを揃えて出撃される────『臨時』
今回引き受けるのは『割当』であり、所謂ノルマだ。さっきアニキが言っていた、「一定以上の成績を上げないといけない」仕事内容がこの『割当』であり、シーズン毎に通達がなされる。
今回行うのは、魔物「ヴァスカ=ビル」の群れの討伐だ。
野生の犬が邪素を取り込んだ姿と言われており、群居性で凶暴性が高く、通常の犬と比べて身体が大きい。非常に好戦的で、何倍も大きな相手に向かって躊躇なく襲いかかる────そんな魔物だ。
そんな魔物が商業用、騎兵用、客車用問わず馬がよく通る、アルデートの馬道に出没しているとのこと。流石にそんなところで魔物が蔓延っていられては色々と危険である。
「まあ、安心しろ。"ヴァスカ=ビル"の群れの討伐は今回が初めてじゃあない」
「何かあったら私達3人がフォローすかるから」
いやまあ、私はそこはあまり気にしていないんだ。
あのウルフェン達を圧倒したアニキ達のことだ。今回もそこまで苦戦はしないだろう。アニキ達の実力に私は疑いはない。
それよりも私が気になっているのは私が足を引っ張らないかどうか。
そして、もう1つは────
「目的地にはいつ着くの?」
「目的地の"アークルットの樹海"までは丸1日かかる距離にあってな。歩き続ければ、今日中には着くが、夜は魔物が活発になる」
「一晩、野宿ってことね。分かった」
やたらと乗り気のベルのことだった。
いや、本当に年頃の女子なのか、彼女は。未だに少し納得がいかない。
アンジュさんを否定する訳では無いが、彼女はつい最近まで1つの名家の令嬢だったんだぞ。そんな女性が、1週間やそこらで血みどろの魔物退治に参加する程の気持ちの切り替えが出来るのだろうか。まったく、奇妙だ。
それとも、あの笑みはアニキらを喜ばせる為の作られたものなのか。
18年間、彼女の感情の本質を見抜けなかった私には、まだ判別は出来なかった。
まあ、今はあの笑顔を信じるしかない。
それを認めたのは、他でもない私なのだから。
■ ■ ■
夜になった。
私達は適当な場所を見つけて野営をしていた。
火を囲い、飯を作り、お腹も脹れたところで私達は自由に行動していた。
アニキは筋力トレーニングを、ルークさんは武器の整備を、アンジュとベルは女子トークとやらに華を持たせている。
一方の私はというと────
「こんな所にいたのか」
私は星を見ていた。
野営から少し離れた真っ暗な丘の上で、夜空を眺めながら、物思いに耽っていた。
私がいないことを心配したのか、アニキは私を探しにやってきたようだ。
寝転ぶ私に、アニキは頭上から話しかけてくる。
「何をしているんだ?」
「見たら分かるだろ」
「星なんか眺めて楽しいか? 俺にゃあ分からん」
「見るんが楽しいんじゃあなくて、星空を見て何か考えるのが楽しいんだよ」
「ふ〜ん」
興味なさそうだった。
まあ、アニキが星を眺めるところなんて想像も出来ないしな。
そうやって、無言のまま気まずい時間が少し経った。星の話なんかしてもどうせ興味持たれないだろうという私と、星なんて興味ないので振る話題がないアニキとが、どう接すればいいか分からない為に生まれた結果である。
流石に気まずいので、こっちから質問を振ろう。アニキは……当てにならなさそうだ。
質問は────そうだ。
「なあ、アニキ」
「何だ?」
話が長くなると悟ったアニキは、私の隣に座って同じように星を眺めた。
そんなアニキに、私は質問をする。
「アニキって何でギルドに入ったの?」
そう言えば、聞いた事なかった。昔から、「俺はいつかギルドに入るんだ」とばかり言っていたのだが、理由はあまり言っていなかった。
そんな私の質問に面食らった様子で、「あれ? 言ってなかったっけ?」とアニキは呟いた。いや、もしかしたら私が覚えていないだけかもしれないが、どちらにせよその理由が知りたかった。
「"ギルド"って基本誰でも入れるし、正直就職先を失った人が最後に集う場所ってイメージだからさ。なんでそんな職に憧れるのかなって」
誰でも入れるということは、つまりそういうことだ。妥協枠────就活に失敗した者が集う最後の手段。
魔物討伐なんて汚れ仕事を好き好んでやる人間は、あまり居ないだろうし、事実学校では第1志望に「ギルダー」の人間は1人もいなかった。
ちなみに私は、目的さえ遂げれば何でも良かったので、第1志望を強いて言うなら「司書」にしていた。ベルは知らないが……。
だからこそ、余計にアニキが何故ギルダーを選んだのか気になったのだ。
「まあ、所謂ギルドは『実力至上主義』だ。実力が無ければギリギリ食っていけるかどうかの瀬戸際だし、上のモンも上のモンで実力を扱き使われて休む暇もねぇし、お前の思ってる通り、汚れ仕事で危険で、皆が憧れるような仕事じゃあないのは正しい」
「けどなぁ、俺には憧れがあるんだ」
目付きが変わった。
先を見つめる目だ。未来を見据えた、真っ直ぐな目だ。
「今のギルドの"ディフィア・マスター"って知ってるか?」
"マスター"はギルドを取り纏める長のこと。"ディフィア・マスター"はギルドの副長にあたる役職だ。
「確か、ウィンゲーツ=ネイヴィスって人だっけ」
齢30という若さにして、ギルドの2番手に上り詰めた実力者だ。何処の貴族の血でもなく、平民の身分でディフィア・マスターとまでなった、"努力の塊"ということを私は聞いている。
「俺はあの人の姿に憧れたんだ。だからギルドに入った」
頭の上にハテナが浮かぶ。
いや、別に憧れるような理由があのディフィア・マスターさんに無い訳では無い。強さとか、功績とかなら新聞でもちょくちょく見かけたし、それに憧れるよう人も一定数いるだろう。私にも分からなくはない。
だが、アニキとの接点が思いつかない。かつてのアニキが新聞なんか読んでいる印象などないし、強さや功績と言うのなら他にもいるはずなのだ。
そんなことを考えてると、アニキが1つ質問をしてきた。
「俺がかつて隣の町に住んでいたのは覚えているか?」
アニキはレガリアの隣町"ビスクドール"の出身だ。隣町と言っても、ひと山超えた先にあるレガリアから離れた町ではあるが、私が物心をついた頃、アニキは引っ越してきた。
理由は家を失ったからだ。
10年以上前、ビスクドールを襲った魔物の群れ。
見回りの発見が早かった為、死者数は一桁に収まったが、多くの人が家を失う程に激しい戦いが繰り広げられた事件である。アニキの家族もその被害に遭った。
「ああ、知ってるよ」
「俺はあの日、逃げ遅れた。初めて見る魔物に怖気付いて、腰抜かして、立てなくなったんだ」
若者は成人の18を迎えるまで町の外に出ることを許されない。それは魔物などの危険生物との接触を避けるためである。
学校に通えば授業の内容で実際に見ることではあるが、当時まだ10にも満たない彼にとっては、初めて目で見る魔物だったようだ。
「死ぬかと思ったよ。迫り来る魔物の群れ────自分よりも一回りも二回りも大きな魔物が何体もこっちに向かってきていたんだ。今でも思い出せる」
まるで、あの時の私のようだ。
赤い龍を前にして、腰を抜かして、死を覚悟したあの瞬間────私も、昨日のように思い出す。
「そん時だった。そのディフィア・マスター様がたった一振り、たった一振りで目の前の魔物の群れを殲滅したんだ」
「────!?」
「振るった剣先なんて見えなかったさ。何が起きたかすらも、そん時は理解できなかった。でも、これだけは分かった。あの人がやったんだって、俺達を助けに来たんだってさ」
どれほどの魔物の群れかは、当時を知らない私には分からないが、相当な数だったのだろう。
それが常人離れしてることくらいは想像に容易い。
「俺も驚いたよ。まさかあの時助けた人が、今や組織のナンバー2だなんて。まあ、あの強さならそれだけ地位があってもおかしくはないけどな」
当時のディフィア・マスターはまだ一介のギルダーだったという。
その時から、かなりの実力者だったようで、色んな場所に駆り出されていたようだ。あの日は近所の魔物の集団が活発化しているということで、討伐の依頼を受けていた為、偶然ビスクドールに滞在していたらしい。
どうやら、その依頼の内容が悪い方向に進んでしまったようである。
「現在のギルド・マスターはもうそろそろ役目を降りるって話だ。恐らく、後任はナンバー2のあの方になるだろう」
今のギルドの頂点、第13代目ギルド・マスター────"グラン=ゾロアスタ"。ギルド内の序列を知らない私でもその圧倒的強さと圧倒的カリスマは知っている。20年以上もの間、その威厳故にギルドの長を譲らず、ギルドという大組織を支え続けてきた歴代最長任期のギルド・マスターである。
そんなギルド・マスターが職を降りるっていうのは初耳ではあるが、それが本当だとすると、組織のナンバー2が後釜に就くというのは確実だろう。
「俺の夢はあの方の隣に立つことだよ。ディフィア・マスター────まだ端くれのギルド・メンバーだが、いつかあの方の隣に立ってみせるさ」
「────!?」
耳を疑った。
幾らギルダーになりたてでも、それが遥か彼方にある夢であることは分かる。
思わず「出来るの?」と聞き返してしまった。
しかし、今のアニキにそれは愚問だった。
「道のりは険しい────だが上等、俺が選んだ夢だぞ。簡単に掴めるもんじゃあ、逆に困る」
アニキが輝いて見えた。
ガタイの良い立ち姿は、いつもよりも幾回りも大きく見え、遥か先にアニキが立っているのを感じた。
私にも、こんな逞しい意気込みが欲しいものだ。
さっきまでの、アニキに抱いた心配が、嘘のように吹き飛ぶ。
「いや、やっぱりアニキならなれるさ」
その予感がした。アニキならきっと夢に届く。
勿論、根拠などない。
だが、アニキの姿を見れば、自然とそう思えてくる覇気を私は感じたのだった。