第 ⅩⅡ 話 やはり分からない
この物語は、ただの創成物語である。
「違う」
無慈悲にそれは問いを否定する。
「違う」
これで何度目か分からない不正解の通達が私の耳を痛める。
そうやって何度も、何度も何度も、思いつく限り問い続ける。
そして、遂に万策が尽きた。
「ダメだ、全然分からない……」
真っ白な世界に、私ともう1人の声が木霊していた。
あれから私は、自身の『キオク』に関してだけでなく、彼のことについても考えていた。
他者の意識に潜む彼は何者なのか、彼は何を知っているのか、私にとって彼はなんなのか────いや、『キオク』よりもそれについて考えることが日に日に増していたのだ。
「やあ、3日ぶりだね」
男はまた知らぬ間にそこに立っていた。
ヌネ────変わった名を名乗った金髪の男である。
3日ぶりというのは、そのままの意味である。
どうやら、この世界を自由に行き来出来るようになるには、私はまだ実力不足なようだ。
どうすれば来られるのか、不安定で、不確定で、せいぜい祈って3日に1回程度がやっとのことである。
こうやって彼のお眼鏡にかなうのも、まだ4回目の話になる。
いることは分かっていた。
だが、姿だけは見せていなかった。
彼は私がギブアップするまでずっと、私の問いに答え続けていたのだ。
それは彼の正体の言い当て────正直、当てずっぽうだ。
友人、親族、知人、新聞に載っていた名前、有名人、物語の登場人物、神話上の神の名に至るまで────私の知っているありとあらゆる名前を片っ端から言っていった。
だが、それでさえ彼の名を当てることは出来なかった。
「流石に、それはないんじゃあないか?」
「じゃあ、私が挙げた名前の中に正解はあったのか?」
「残念だが、あの中にはないよ、私の名は」
頑なに名乗らない男は、少し不気味な笑みを浮かべながら、ただ佇んでいた。
「何だ? その笑みは」と、不貞腐れながら私が尋ねると彼はこう言う。
「嬉しいんだよ。キミが私に興味を持ってもらえて」
「───?」
何を考えているかは分からないが、これだけは言える。
少なくとも、あの笑みに悪意や裏はない。
何故か私はそう確信めいたものを感じていた。
■ ■ ■
「当てずっぽうじゃあ駄目さ。落ち着きたまえ、一度キミの考えでも聞こうか」
「答えを焦りすぎだ」と彼は暗に伝えていた。じっくりでも構わないと余裕を煽るが、私の好奇心と答えが出ないモヤモヤとした気持ちが、それを急いていた。
だが、彼の言うことも一理ある。
取り敢えず、ここは考えを整理しよう。
「どうも、赤の他人には思えないことは分かるんだ。その顔、その声、その口調、考えれば考えるほど知っているような気がしてやまない」
「ふ〜ん……」
「でも、やっぱり見当がつかない」
だが考えれば考えるほど、何かのどつぼにハマってしまい、今はこれ以上答えが出そうにない。
流石に、今日はこれくらいにしておこう。考えるだけ無駄だ。
「おいおい、流石に鈍いにも程があるんじゃあないか?」
呆れた顔で、彼はそう言った。知っているからこそ言える台詞、出来る表情だ。だが……
「まあ、キミらしいっちゃあキミらしいが。考え過ぎて、身近にある答えに気づかないのは、実にキミらしい」
それも全て、彼には分かっていた事のようだ。
何故だ……何故彼はここまで、分かっているんだ……。まるで彼とは幼い頃から過ごしてきたかのような、そんな振る舞いだ……いや、だとしても覚えはないぞ。
「キミは、何を望んでるんだ?」
そう尋ねる。
「ああ、私かい?」
だが、少しの間を開けて、いつものように悟ったように彼は口を開く。
「大丈夫、私は私さ。そのうち分かる」
またもやはぶらかす。……いや、言えないんだったっけ。それを私が見つけなければならないのであり、それが私を答えへと導く────確か、そのようなことを言っていた。
「何度も言うが、キミはそれを見つけなければならないんだ。いや、もう分かっているはずなんだ」
やっぱり妙だ。
幾らなんでも、私に期待しすぎじゃあないか。そんな彼の眼差しが、私をより違和感で包み込む。
「何故そこまで分かるんだ?」
「分からないさ。私は何も分からない。でも、キミは分かっているはずなのさ。それが何かなのかは言えない」
「分かるだろ?」とでも言いたげそうだった。……いや、分かるが、その顔が少しイラつく。
「成程、分かった」
そうとしか私は言えなかった。
「そう焦らなくてもいい、キミはいずれ答えに辿り着く」
彼はそう言った。いつものように、全て分かった口調で。
────そうこうしているうちに、そう言えば聞き忘れていたことがあったのを思い出した。ずっと聞きたかったのだが、ついタイミングを逃してしまい、聞けなかった話だ。
「1つ、聞きたいことがある」
「なんだい?」
「あの第1級魔法を使ったのは、私なのか?」
この人はそれを知っていた。まるで知っているような素振りをしていた。……いや、知っているんだ。
確かにあの時、彼はこう言った。
あの時キミは、赤い龍に追われながらも……────
つまり彼はその後のことも知っている。
ならば、あの時何が起きたか、あの場では何があったのかを知っているはずなのだ。
「急にどうしたんだ? それはキミが否定していたじゃあないか」
彼が質問を否定で返すが、これはわざとだ。鈍い私にでも、このくらいの罠は分かる。
それが顔にも出たのか、彼は私の表情を見ると「ハハッ」と笑い、話し始めた。
「確信はしていないが、そろそろ諦めを覚え始めているようだな」
目を瞑って彼はそう言った。
「じゃ、じゃあ……」
「君がそう思うんなら、そうなんじゃあないかな」
どこまでも、素直でないというか、私を逆撫でするというか、あやふやな男である。
だが、彼のその返し方は、私の考えをより確信へと近づけた。
しかし、認めたくなかった。
だが、認めざるを得なかった。
少なくとも、私はあの時、何も覚えていないのだ。意識が飛び、気がつけば凍りついた龍が目の前にいた────これを本当に私の力として認めていいのだろうか。
自惚れたくなかった、そう思った。だから今まで目を瞑っていた。薄々そう思っていた心を自分で閉じた。
悩む私など、気にもせず彼はこう言う。
「悩むキミに、ならば問おう。他に誰がいる?」
よく言ってくれる。こっちの気持ちも知らずに……私しかいないと言えば彼はこう言うのだろう。
「キミが言うならそうなんだろうね」────と、また掴みどころのない台詞を言うのだろう。
ますます奇妙で謎だ。
取り敢えず、返された問いには答えなければならない。私は私なりの答えを返す。
「あの時、声が聞こえたんだ。脳に直接話しかけてくる声────意識が朦朧としてたから声色なんて覚えてないけど、誰かにこう言われたんだ」
〘キミに力を貸そう〙
あの時、聞こえた声────いや、声ではなかった。声ではなく、意思伝達。まるで脳に直接語りかけるようなテレパシー。
その感覚に慣れていない私は、まるで耳で感じ取ったかのように認識してしまったのだろう。だから声と錯覚した。
だが、あの時も分かったように、間違いなくあれは口から発せられた空気の波ではない。信号とかそれに近い。
すると一つ、案が生まれた。大した根拠もないが、質問してみる価値はある。
「君にこれを相談してて、もう1つ聞きたいことが出来た」
「何だ?」
「君は現実に存在するのか?」
■ ■ ■
ふと思った。こうして、私が話している彼は、果たして実在している人物なのかと。
こうやって私が知らないことを知っているだなんて、そもそも彼が人間なのかとすら疑う。"意識の世界"なら、彼は私が作り出した空想だという可能性もあるが、私が私以上の知識の存在なんて作り出せない。
ならどうだろう。彼は私と違った他人と考えるのが筋ではないだろうか。
私の"意識の世界"に介入してくるなら、神の恩恵の力だろうか────
或いは、私の想像の域を超えた超越した者なのだろうか────と。
「ほう、そう思った根拠は?」
また、ニヤついた顔で彼は聞き返す。
「単純な理由だ。君はこの『意識の空間』に介入できているから、頭の中に直接語り掛けることとか出来るのかなって……」
意識の空間────分かりやすく言えば夢の世界。つまり、私の脳内に存在する、私だけの世界だ。ならば、この世界に介入出来ている彼なら、私の普段の脳に直接語りかけてきてもおかしくは無い。あの時、私を助けたのが彼なら、今こうやって私に力を貸してくれているのにも少し納得がいく。
怪しく口角が上がったままの表情で彼はこう言った。
「だとしたら、どうするのかね?」
暗にそれは、"答え"を告げていた。
「じゃあ、あの魔法は、君が!」
〘力を貸してやろう〙────あの時の言葉が彼のものなのなら、彼があの魔法を使ったのも彼がやったということになる。
私は彼の聞き返しに対して、すぐさまその言葉を返した。
だが、彼は笑ってこう返す。
「おいおい、それはもう導き出したじゃあないか。他でもないキミがさ」
そう、それはもう終わった話なのだ。やったのは彼ではない。他でもない、私がやったことだって、さっき確信したばかりではないか。
私は「そ、そうか」と言いつつ、熱くなった心を落ち着けた。たまたま浮かんだ疑問が、案が、答えに繋がったと思うとつい思考が低下してしまったのだ。
「まあ、あながち間違ってはいないんだがね」
ボソッと呟いたその言葉を、私は聞き逃さなかった。
「えっ、それって……」
「おっと、残念ながらお目覚めの時間だ」
またもや都合のいいように、その時間はやってきた。
まるで逃げるかのようだ。私を弄んでいるかのようだ。なんだろう、この感覚────まるで人をからかうのが好きなベルに近い。あまり、いい気分とは言えない。
「次会うのは、3日後か。それともそれ以上かは分からないが、次会う時は良い結果を期待してるよ」
意識が薄れる。
この世界から遠ざかるのが分かる。
次会うのはいつになるだろうか。
果たして、答えはいつ導き出せるだろうか。
だが、今回は収穫はあった。この答えが導き出せるのはそう遠くない気がする。
そうして"意識の世界"の私は、現実の世界の私へとバトンを渡した。
そしてこの時、私以外にもう1人、目覚め始めている者がいることを、私はまだ知らない。