第 ⅩⅠ 話 あの日の聴取
この物語は、ただの創成物語である。
古本屋に立ち寄った、帰り道のことである。私は寮に向かって歩いていた時のことだ。
「ちょっと君、いいかね?」
また、衛兵に声を掛けられた。
この腕にある監察錠は衛兵の監視下ということの証である。つまり、身柄が不確定だったり、何か犯罪を犯してたりと何かやらかしをしている人間がこれを付けているということだ。
これがあると、衛兵に声を掛けられ、質問をされる。この監察錠を付ける際、それは聞いていたが、流石に何回も聞かれるとダレる。
今日だけでも3度目のことである。
今回話しかけてきた衛兵は第一印象は好印象だった。
青い短髪に、物腰柔らかな目付き。騎士らしくないと言えばそうかもしれない。だが、その奥に騎士たる強い想いを感じさせるような、そんな雰囲気。
背は、私より少し高いくらいだろうか。
今まで出会ってきた、堅苦しい雰囲気とは違った優しげな印象が、その騎士にはあった。
「流石にうんざりしてるね」
どうやら考えが顔に出てしまったようだ。
「まあ、今日だけでも3度目ですから……」
「ハハハ、済まないね。でも、これも仕事のうちでね、それが外れるまでもう少し辛抱して欲しい」
こういった流れも今回が初めてだ。
話からも厳格なイメージが感じられない。
「それで、どういった経緯でその錠を付けているんだね?」
また、この質問だ。
まあ、当然と言えば当然なのだが、質問される度に話すのを思わず躊躇ってしまう。
だが、これは仕事だ。騎士の人に悪意はない。
そう考え、出来るだけ何も考えないように、あったことをそのまま彼に話す。
「そうか……それはあまり思い出したくないことを話させてしまったね……」
「いえ、起きたことを話しているだけですから……」
はっきり言うと、この話をする度に心が痛む。全て終わった話で過去をいつまでも引き摺るわけにはいかないが、流石に傷が深く、重い。
だが、仕方の無いことだ。
────
質問攻めは暫く続いた。名前だったり、年齢だったりと他愛のない質問だ。
……だが彼とそんなやり取りをしているうちに、私は彼のとある部分が気になった。
「その肩の傷は一体?」
「ああ? これかい?」
肩に噛み傷があったのである。しかも深く食い込んでいる。血は出ていない様子だが、少し見た目が痛々しい。
「ちょっと、動物に嫌われる体質でね。随分前に噛まれた傷が癒えなくてさ」
彼曰く、動物に噛まれた跡のようだ。形状からして犬だろうか。どちらにせよ、そこまで気にするようなものでは無さそうだ。
「これから何処に向かうのかね?」
彼からそんな質問が飛んでくる。
「家に帰るところです」
「どの辺?」
「ギルドの寮に居候させてもらっています」
すると、彼は手元の書類の書く手を止め、こちらを見やった。
「奇遇だね! 僕も今からギルド寮に用があってさ」
確かに奇遇ではある。
「丁度いい、これも何かの縁だ。一緒に行かせてもらってもいいかな? 話は歩きながらでもしようか」
まあ、話している感じ面倒な性格でも無さそうだし、一緒に帰らせてもらおう。
「いいですよ」
そう言うと、私と衛兵は歩き出した。
ここからだとそんなに時間はかからないだろう。
……ところでだが、ふと、気になったことがある。
「ところで、何をされに向かってるんですか?」
■ ■ ■
「いやぁ、まさかキミだったとはね。話には聞いていたけど、てっきり似た境遇の別人だと……」
いや、流石に『似た境遇の別人』は無理があるだろう……。そちらにある情報と、こにらが提示した名前や境遇、住んでる場所も同じだなんて、そうそうない。
あれから寮に辿り着いたのだが、どうやら既に衛兵が聞き取りの為に寮に到着していたようで、部屋に戻った頃には、ベルらがそ衛兵の対応をしている頃だった。
ああ、そう言えばあの時「そちらに伺う」と言っていたような気がする。私とベルの身柄の確認や、事件の状況の説明をして欲しいだろうし、それの聴取もあるだろう。
聴取に来た衛兵は2人だった。1人は先程、私と帰ってきた青髪の衛兵。
そしてもう1人は────
「よう、また会ったね君達。約束通り会いに来たよ」
あの時、城門で私達の対応をした胡散臭い衛兵だった。
■ ■ ■
「そう言えば、まだ名乗っていなかったね」
そう言うと、2人はかなり遅めの自己紹介を始める。
ああ、そう言われれば、確かに2人とも名前を聞いてなかったな。
「私は『リハエロ・ジャック』と申します。まだ未熟な王国二等兵です。以後お見知り置きを」
青髪の騎士は、そう丁寧に言った。
「俺は『トレバァ・ルウネルーネ』。まあ、ごく普通の一等兵さ」
一方の胡散臭い騎士は、少し気だるそうにそう言った。
のだが……、
「『ルウネルーネ』!?『ルウネルーネ』ってあの……?」
アンジュさんが驚くのも無理はない。何故なら『ルウネルーネ』というのは、この国でも有名な3大貴族のうちの一家なのだから。
3大貴族────アルデート王国だけの総称ではあるが、国内であれば子供ですら知っている程の名門。
その土地の広さはアルデート王国の2割を占めるとも言われる大地主、王族『アルデート家』の分家にあたる一族────『リップデルク』家
アルデート王国随一の魔術家系、世界でも数少ないとある種族で構成された血族────『ノスフェラトゥ』家
そして────『ルウネルーネ』家。
私も耳疑った。言っちゃあ悪いが、「こんな人が?」とさえ思ってしまった。
人を見た目で判断してはいけないというが、流石に態度と雰囲気が3大貴族のそれではない。名前がリハエロさんと逆だと言われても信用してしまうだろう。
「名前だけさ、俺はもう家から追い出された身だ。のこの肩書きなんて意味なんかないさ」
サラッと片付けてはいるが、割と凄いことを言っていることを見逃してはいけない。
家から追い出されるって……何があったのだろうか。物凄く気になるが、今回はそんなことを話すような機会ではない。その話は取り敢えず片隅に置いておこう。
「そんなことはどうでもいい。ちゃっちゃと話を済まそう」
雰囲気を元に戻し、トレバァさんは本題に入る。
「取り敢えず、君らの身柄は漁った。ちゃんとレガリアの住民調書の中に君らの名はあったよ」
それもそのはずだ。
ちゃんと住民登録はしているはずなのだ。難民だったり、何か不都合な理由がない限り、私らの名前はちゃんと調書に記録されている。
そこには特に心配はなかった。問題はここから。
「現地の状況を君たちに伝えておこう。単刀直入に言おう。君らの報告の通り、残念ながら君達以外町人は全滅、逃げ出した者もいるかもしれないが、少なくとも近隣の町村にその姿や目撃情報は確認出来なかった」
やはり、あの土地に生き残りは居ないようだ。落胆するが、想像していなかった訳でもない。あの光景をこの目で見ているのだ。逆に生存者がいたという方が驚きだ。
顔が歪む。涙は出ないが、ただただ悲しい。その事実を受け止めなければならないという絶望感、そしてこの心の根底にある既知による追い討ちは、一体何度目だろうか。
一方のベルは若干目線が下を向いているが、顔色は相変わらずだった。これは偽りなのだろうか、それとも、本心なのだろうか。少なくとも彼女の真実を見抜く技術は、この時の私にはなかった。
「一方で龍の死骸も数体確認した。恐らく町人が文字通り必死の覚悟で抵抗したのだろう」
その中にはあの氷漬けの龍もいるのだろうか。そんな想像が頭を走る。
「そして、分かっていると思うが、野生の龍はあの近辺での確認はされていない。オマケに単独で行動する奴らが集団で、しかも特になんの因果もしがらみもないあの町を襲撃した……これは異常だ」
龍は非常にプライドの高い生物だ。弱者や部外者といった者との無用な戦い、己に定めた矜持に反する戦いを好まず、同族同士や強者との戦いを好んでいる。
そんな彼らが全くの無関係である人里に自ら危害を加えた────確かに異常である。
それは、私やベル、そしてそれを聞いていたアニキらも疑問に思っていたことだ。
そして勿論、騎士達の間も謎となっていることである。
「俺達衛兵はこの事件、何かしらの黒幕がいると睨んでいる」
となると、必然的にこの事件には何か裏があるという発想になるのも当然の考えだろう。
しかし、となると心当たりがない。龍と仲の良い人間も存在するにはするのだが、だからと言ってその人達があの町に何かする理由が見つからない。
あの町に龍と仲の良い人間がいたなんて、聞いたこともなかったし……。
「何か、心当たりとかあるかい?」
そうリハエロさんは尋ねるが、やはり心当たりが浮かばない。もしかすれば知能の高い魔物だったりの仕業もあるかもしれないが、だとしたら余計に専門外だ。
……いや、魔物が操れるはずもない。あの龍だ。地上を、空中を統べる食物連鎖の頂点だぞ。そこらの魔物が挑んで屈伏させるほどのもんじゃあない。
「分かりません」
「私も、検討もつきません」
私達はこうとしか言えなかった。
今の段階では、あまりにも情報が少な過ぎる。気にはなるが、自分らでどうこうも出来ないだろうし。
ひとまず、事件の謎は置いといて、今度は私達の体験談を聞かせて欲しいという質問が飛んできた。
これ以上聞いても、謎について何も得られないと判断したのだろう。
私達はそれぞれ体験した、あの地獄のような日のことを語った。
死ぬほど味わった痛み────
死にたくなるほど絶望した光景────
死を悟ったあの刹那────
知っていること、感じたことは全て語った。包み隠さず、全てを。まあ、隠す必要もあるまい。
「なるほどねぇ、そんなことが……」
話を聞いた2人の衛兵はとても辛そうだった。私達の想いをまるで共感してくれているかのように。
すると、私の話を聞いて何かを感じたのか、トレバァさんが私に対して質問を投げかける。
「ところで、あの龍の死骸はどうしたのかね? 君があの階級の制限魔法を使いこなせるという記述はないのだがね」
魔法には許可を必要とする『制限魔法』というものが存在している。簡単に言えば、危険なので使うのに許可が必要な魔法のことだ。
例えば、私の使う氷属性魔法には1から4の階級が存在している。数字が小さくなればなるほど、威力や使うマナ量、範囲などが比例して大きく、第1級が最大の魔法となる。稀にこの枠組みから外れる程の規模の魔法を使いこなす人間も存在するが、とにかく一般人の感覚で言えば第1級が最大のものとなる。
しかし、ここまでの規模のものとなると、流石に殺傷能力を帯びることになり、危険が付き纏う。ましてやしっかりコントロール出来る人間でなければ自身の命まで危ういことになるだろう。
そこで九の国々は魔法に『資格』を設けることにした。単純に上手く使いこなす試験を受け、認められた者にのみその魔法を使うことが許されるという制度だ。
世界共通で例えば氷属性魔法で言うと、第1級、第2級が『制限魔法』に当たる。第3級、第4級は使っても何ら問題はないが、第2級は資格が無ければ、第1級は資格を持っていて、尚且つ決められた状況下でしか使うことを許されない。条件に例外は存在するが、第1級は日常生活においてはまず使うことを許されていない。それほどまでに厳格な制度なのである。
私が使いこなせ、使っていいのは第2級まで。ベルやアニキは第1級の資格を持ち合わせているが、私は持っていないのだ。
一方で、あの場面で使われたのは恐らく……いいや、確実に第1級の氷属性魔法だろう。
私は第1級の魔法を使おうともしたことなければ、使いたいとも思ったことはないのだが、別に使おうと思えば使えるのだろう。しかし、あれほどまでに精錬された第1級の氷属性魔法など私には無理だ。
「本当かい? 君の周りには人がいなかったんだろ?」
「私は気配すら感じませんでした」
逃げているのだろうか。ふと私はそう思った。
いい加減、「私はやってない」と言い逃れするのにも無理があるのではないかと。周りには人がいない、氷属性魔法を使えるのは自分だけ、となるとやはり当てはまるのは自分しかない。
薄々、心の底では「あれは私がやったんじゃあないか」と思い始めて来た頃だ。だが、確信が持てない。あれをもう一度やってくれと言われても出来る自信がないのだ。
結局、私がその場で出来たのは否定だけだった。
「分からんか。まあ、どちらにせよ、魔法法で裁くつもりはない。安心したまえ、今回の件は法律外の話だからな」
魔法法────正式名称は「世界魔法基準法」。九大国の中で定めた魔法に関する基本的な取り決めである。
その項目のひとつ、
魔法法 第3条 第5項────
但し、自身又は他者に生命の危機が迫る状況、又は他者の身に危険の及ばない状況下での使用は以上の制限の限りではない。
第4項までに書いてある『許可なく国家間で定めた第2級以上の魔法の使用した場合』の例外をここには書いてある。
詰まる話、今回誰があの場面で許可なく制限魔法を使っていようが、それはお咎めなしということである。
流石にそうでなくては困る。でなければ、私は今頃あの龍の胃の中にいたかもしれないのだ。
────
一通り、全てを話し終え、徐ろに衛兵の2人は立ち上がった。どうやら、これで聴取は終わりのようだ。
「さて、身元も確認できた。当時の話も聞いた。さて、あと俺たちのやるべきことと言えば……」
そういうとトレバァさんは胸元から何かを取り出た
そして、それを持ってこちらに近付いてきては────
ガチャリ
「これで晴れて君達は自由の身だ」
私とベルの腕についた監察錠はようやく外れた。
腕に跡が残っている。数日はなみはなさずつけていたからか、手首に違和感が残るが、これで私達は5日ぶりに自由の身を手に入れたのである。
彼らの帰り際は早かった。
まるで、空気でも読んだかのように────別に、いて欲しくないとか、そんなことは思っていないのだが。
礼儀正しく、リハエロさんは「本日は御協力ありがとうございました」と深々と頭を下げて帰った。
一方のトレバァさんは、背中を向けながら、ただ片手だけを上げて、
「何かあったら俺達を頼れ。俺達は君らのようなどうしようもない不幸な連中の味方だ」
そんな少し格好を付けた台詞を吐いて、夕方の街に消えていった。