第 Ⅹ 話 古びた日記
その物語はただの創成物語である。
王都に訪れて5日が経過した。
私の身体は良好、折れた脚は走れる程までに回復し、もうすっかり折れる以前の状態だ。痛みはまだ多少残っているが、支障の出る程のものではなくあまり気にもならない。
先生からも外出の許可が出ており、今、早速外出している次第だ。
向かった先は、私がこの王都に来て、1番最初に行きたかった場所────
ギルティア国立図書館────王都の中心部に存在するこの図書館は国中のありとあらゆる書物の終着点。様々な情報がこの1点へと集約され、そして保管されている。
ジャンルは問わない。図鑑、小説、絵本、画集、論文、等など……、そんな本がズラっと壁一面の本棚に見事に並べられている。3階建てで、1つの本棚の高さは私5人分はあるだろうか。もう上の方の本なんて地上からじゃあ一体何の本か判別出来ないほどだ。
私はとにかく本を漁っていた。片っ端から、私の求めるものとは全く関係ないものまで。
『新約アルデート神話 第一章』
『龍の王』
『賢者の石は実在する!』
『砂塵病は何処から来たのか』
『紅月の君』etc……
とにかく目につく本を読んでいったが、違う。私の求めているのはこんなものでは無い……。
『世界宗教の歴史』────いや、これでもない。
『受け継がれる意志』? いや、違う。私が求めているのは、こんな有り触れた小説ではない。
国中の書物・情報が集まるというこの国立図書館だが、流石に私のような"転生者"を取り扱った書物は存在しないのだろうか……。無論、この城壁のような本棚にある書物をまだ全て読み切ったという訳では無いが……。はてさて、一体いつまで掛かるのだろうか。これじゃあまるで『湖上の魚釣り、孤魚を求む (湖でたった1匹しかいない魚をたった1人で狙うこと)』ようなものである。
1冊読むのにも時間はかかる。せいぜい1日に読めて10冊だ。それに対して本は数万、いや、下手をすれば数十万冊はあるだろう。これでは埒が明かない。
憧れの場所に着いたという興奮で、あまりにも無鉄砲に行動していたが、2日目にして流石に効率が悪過ぎることに気付いた。遅過ぎる感も否めんが、明日からは少しは計画性を持って読んでいこうと決める。
取り敢えず、気になった本を数冊持って受付で貸し出しの手続きを済ませる。今回は3冊。分厚い本だが速読の私からすれば一日で返還できるだろう。
落ち込んだ気を奮い立たせる。
この図書館に通い始めてまだ2日だ。周りの空気に気が遠くなるが、諦めるにはまだ早い。
■ ■ ■
外は相も変わらず、清々しいほどの晴天だった。
噴水広場では芸人が大道芸を披露しては身銭を稼いだり、通りでは子供たちが小動物と戯れては幼い声ではしゃいだり、洒落たカフェでは奥様達が優雅にお茶を嗜み世間話に華を咲かせたり────まさに騒々しく、平穏だ。常に何処かしらから人の声が聞こえては私の耳を飽きさせない。
街行く人達も様々だ。今、見渡すだけでも、真人、精人、天人、獣人の4種族が相見え、何一つ違和感なく過ごしている────100年前なら考えられない光景だろう。まさかこの4種族共々、お互いに拮抗状態だったことなんて……想像もつかない。生まれ育ったレガリアではあまり天人は見かけなかったし、海人や魔人に限っては出会ったことすらない。
見渡す限り、目新しいものでいっぱいである。美味そうな香りを漂わせるレストラン、図鑑でしか見たことないような花を取り揃えるフラワーショップ、地元では見たこともない占い屋まで、全く興味のないであろう店にまで吸い込まれそうになる。
やることもなく、取り敢えずそこらを彷徨いていた私だが、そう言えば予めルークから、「古本屋が何件かある通り」を予め教えて貰っていることを思い出した。
ちょっと立ち寄ってみよう。
古本屋自体に興味もあるし、街を探索したい意欲もある。
私は賑やかな街の中、それを目的に脚を進めた。
■ ■ ■
一度通りを歩いたのだが、古本屋はどうやら5軒ほどあるようだった。
これで2軒目、気になる本は幾つか見かけたが、どれも値段が高くて手が出そうにない。今日は既に本も借りる為にお金を使っているし、元々少額しかアニキ達から貰ってない。
明日にでももう1回立ち寄ろうかと考えながら、私は次の店へと立ち寄った。
3軒目、ふらっと立ち寄った古本屋────店の名前は覚えていない。
店内は前に立ち寄った2件と差程変わらない、アンティーク調の落ち着いた雰囲気。ずっと昔からそこにあったような佇まいで、妙に中にいるだけで穏やかになる。
中は古臭く、少し黴臭い本が充満しており、これがまたこの店の雰囲気を作り出している。
棚には有象無象の有名な絵本や使い古された図鑑や伝記、聖典までもが売りに出されている。
パッと見た限り、私の興味を唆るものはない。だが、本によって本が見えないほどに積まれているこの商品棚からは、もしかするとお目当ての品が見つかるかもしれない。
そう思って乱雑に置かれた本を掻き分ける。
そして、私はとあるものに目が釘付けになった。
古い日記────表紙は獣の革で出来ており、年月が経ったおかげで味が出ていた。執筆者の名は『セルルヴァ=ラスコッチ』、全く聞いたことも無い名だ。
手に取って本を眺める。かなり重厚感がある品だ。見た目の分厚さと実際の重さが割にあっている。
本来、こういった書物は考古学者や図書館のもと保存されるべきものなのだ。日記という書物には、当時の歴史を知る鍵がある。著者の周囲の様子、思想、あるいは何かの真相まで、どんな小さな出来事だろうが何かしらに歴史的需要が生まれる。ましてやこんな古い日記ともなれば流通することなんてないはずなのだが……。とにかくこんな風に日記が店頭に並ぶのは珍しいことなのだ。
だが、そんな物珍しさやその本の古さよりも私は何故か異様に筆者の名前に惹き付けられた。いや、私が惹き付けられたのは『セルルヴァ=ラスコッチ』という名前ではない。実はこの日記不可解なことに名前の下に小さな文字で別の人物名であろう文字が刻まれているのである。
その名は────「ダレスカス=エスカリオ」
勿論、この名も聞いたことすらない無名だ。
気になって本を開こうとするが、中身を読むには鍵が必要だった。本の表紙には金具がついており、鍵穴が確かにある。しかし、鍵がどこにもない。
「あんたも物好きだねぇ、兄ちゃん」
すると、店主がこちらにやってきた。私がこの本をジロジロ眺めていることが珍しかったのだろうか。
私の目の前に立つと聞かれてもないのにこの本について語り出した。
「その本はなぁ、数年前にとある旅人が売っぱらって行った物だ。無論、当時の俺は日記なんて扱ったこともなければ、そもそも売れるかどうかも分からんから断ったんだが、どうしてもと旅人は聞かなくてなぁ」
この本に何か惹かれるものを感じている身として、それは更に私の興味を唆る。初めは買うつもりなかったが……少し気になる。
「そして、売られる際に彼からこう言われたんだ。『この本を"心から求める者"に譲って欲しい』とな。格好だけはいっちょ前だったよ」
この本に多少の興味を抱いている私だが、流石に心からは求めていない。この本を少し買うか迷っていたが、更にそれが深まる。
「兄ちゃんがその"心から求める者"かどうかは知らんが、買うんなら大歓迎だ。もう何年も売れてないからなぁ、こちらとしては助かる」
そしてどうやら鍵は店主が持っているらしい。買った際に本と一緒に渡されるようだ。
だが、翌々考えれば何処か胡散臭い話だ。まるで創られたたかのような話────小説とか、そういうのでしか聞いたことも無い話だ。
もしかしたら、私の求めているものではないのかもしれない。想像しているようなものではないのかもしれない。
仕方ない────値段を見て決めよう。
結局こういう時は値段を見て決めるのが鉄則だ。
そう思い、私は付いている値札を見やった。
が、そこまで高い額ではない。今までの古本屋で気になった本と比較すればかなりお求めやすく、アニキ達から貰った小遣いでなんとか買えそうだ。
まあ、売れ残っている品だし、それもそうか。
家に帰ってからゆっくり読むとしよう。
私は埃まみれのその本と鍵を手にし、店を後にした。




