序章 エピローグ
この物語はただの創成物語である。
「んぁ〜」
一悶着終わった後、呑気な声と共にベルが目覚めた。
全く、あの激しい音の中よく眠れたものだ。……だが、それほどまでに身体が疲れていたのだと思うと、とても申し訳ない気持ちになる。
背伸びをし、気持ちよさそうに欠伸をひとつ漏らす。
そして、周りに人が多いことに気付く。
「あれ、人? 君、一体何があった……っ!?」
寝惚け眼がすぐさま開眼する。
目の前に誰がいるか分かったのだろう。
「よう、今頃お目覚めか」
■ ■ ■
さっき起きた話やアニキがここにいる理由を一通り話終えると、
「お前達、これからどうするんだ?」
「私は元々、王都には行く予定だったんだ……。けど……」
だが、行き先の目処は立っていても、私には行く宛てがない。行ったとしても住む場所も、そうじゃなくても帰る場所も、そもそもお金すらも持っていない。
生きていることに喜びを感じていたからか、そんな現実から目を離してしまっていた。残酷だ。助かったとしてもまだ解決していないことが山積みだなんて……。
一方でベルも行く宛てがない為、下を向いて黙り込んでいる。
「アベル、ベル、お前達は俺ん所に来い!」
「え……?」
「いいよな? 2人とも」
そう言ってアニキは振り返り、ルークさんとアンジュさんの顔を見つめる。
「まあ、仕方ないよな。同僚の知り合いが途方に暮れてるのなら、助けてやらない義理はない」
「私も、流石に男2人じゃあむさ苦しかったし、妹が出来たみたいで何かいいじゃないの」
2人もアニキの提案に賛成の様子だった。
「「ありがとうございます!」」
「ちょっと待って」
「どうしたんだ? アンジュ」
「住むのは賛成なんだけど、お金はどうするのよ。今の私達にはこの2人に回す分はあまりないわよ」
確かに、今の私たちは金目の物など一切ない。全てを失ってしまったのだ。着ている服すらもボロボロで、例え王都に向かっても、アニキ達の援助が無ければ野垂れ死ぬだけである。
「それについてなんだが……ちょっと済まない」
「どうした、ルーク?」
ルークさんが気にかけたのは、とある1つの氷塊──
氷漬けになったあの赤の龍である。
「この氷漬けの龍──腐食していないのなら、回収するのに丁度良くないか?」
「確かに、これは金になるな」
これからやることを確認した2人は手持ちの鞄からナイフを取り出し、その氷塊に突き立てる。キンッという音と共に、切っ先が弾き返されているのが分かった。
「流石に、硬いな……」
「肉まで凍ってやがる……ちょっと、溶かすしかないか」
そう言うと、アニキは杖を取り出し、それで指を切り、流血させ杖に滴らせると魔法を使う。アニキの持つ炎属性マナが反応し、小さな炎を作り出し、氷を熱していく。
だが、凍らせた魔法の精度が高いのか、中々溶けない。
時間を掛けて、炎を当ててはナイフで切り裂くを繰り返していると、ようやくお目当てのものが見つかったのか、ルークさんが大きな声を上げる。
「これだ!」
肉塊を押し退け、龍の体内に身体を突っ込んでは、力づくでそれを取り出すが、あまりの大きさと重さにそれを地面に落としてしまった。鈍い音が響く。
「で、デカイな……」
「それに重い……アンジュ、俺はこれを持つからそっちの荷物の方は頼む」
「仕方ないわね」
そう言うと、ルークさんは両手でそれを掴み、持ち上げる。
バランスを崩し、少し蹣跚けているのを見ると、その重さが伺える。
「これは、"コア"?」
「そうだ。それもただのコアじゃあないぞ。龍のコア、『オリハルコン』だ!」
コア──体内のマナを溜め込んでおく器官。マナを持つ者ならどんな生物にでも存在し、基本的に心臓とは逆の右胸に位置する。中でも龍のコアは『オリハルコン』と呼ばれ、良質な武器や防具の素材として高値で取引されているらしい。
「流石にお前ら一文無しで王都に連れていく訳にはいかないしな。俺達も預金が無い訳じゃあないが、生活費や装備費に消えてしまうから、済まないがお前達に回せる金はあまり無い。そこでコレだ!」
「コアは一般的に直ぐに肉体と一緒に腐敗してしまう。腐敗すると、価値が下がってしまうんだ。討伐から直ぐに身体から取り出さないと綺麗に透き通ったコアが濁ってしまうんだが、幸い肉まで凍っていて殆ど腐食していない。コアもかなり状態が良い」
コアは綺麗な紫色をしている。中を覗き込むと、自身の顔が反射して見えるほど美しく、素人が見ただけでもその高価な風格が漂ってくるほどに伝わる。
「これは高値で売れるぞ! 暫くは贅沢しても依頼を受けなくてもいいくらいだ! しかも、依頼外の討伐品だからギルドに天引きされることも無い」
「マジで! ちょっといい服買っちゃおうかな〜♪」
「これで武器が新調できるぞ!」
それぞれがそれぞれでこれからの構想を頭に浮かべ、喜びを見せている。一方でベルは少し笑みを浮かべている。生まれが生まれだからか、オリハルコンの価値を知っている様子だ。
そもそもオリハルコンの価値を知らない私は、1人取り残されたかのようにキョトンとしているが……まあ、金銭面での心配はなさそうだ。
だが、そんな中、突然アニキが何か感じたのか私に尋ねてくる。
「これ、お前がやったのか、アベル」
「え、いや……分からない」
やはり、その答えに疑問を抱くアニキ。
「分からないって?」
「その時の記憶が飛んでいるんだ……ボヤけているというか、思い出せない」
「だが、お前以外にこの場で氷属性魔法が使える奴なんて誰も……」
こうも状況が絞られてくると、やはり私以外に選択肢がない。だが、自分でも納得できない。私はそもそも第1級魔法を使えないのだ。使ったことがないければ、使えたとしてもあんな高度に使えるはずもない。
だが、記憶が欠如している以上私にも断定できない。
ならば、やはり彼が知っているのだろうか……だとしたら、彼はこの世界にも……。
アニキも私がこんな高度な魔法を使えないのを察しているのか、疑問に思っているようだ。
悩み、言葉を失う私を気遣ったのか、アンジュさんが割って入る。
「ま、まあ、何でもいいじゃあないの。それよりも、早く王都に戻ろう。この町の報告と彼の治療を急がないと手遅れになるかもしれないし……」
「そ、それもそうだな。アベル、歩けるか?」
そう言われて立とうとするも、まだ左脚が言うことを聞かず、また、脇腹の痛みで上手く動けない。
その様子を見て私の心配をしたのか、アンジュさんが声を掛ける。
「まだ無理そうね。ラース、おぶってあげて」
「おうよ! アベル、さあ来いっ!」
そう言うと、アニキは腰を下ろし、私を背負う。
軽々と持ち上げているが、私にも平均的な体重はあるはずなのだが……。
動く度に振動で痛みを覚えるが、歩くよりは幾分かマシだ。
「ここからじゃあ1日はかかるだろう。急いで王都には向かうが、1度野宿になるな。大丈夫か、2人とも?」
「まあ、野宿はもう経験してるし」
「そうね。2人だったけど」
むしろ、人数は多い方がありがたい。1人よりは2人がいいが、流石に気まずくてあんなの何日も耐えられたものじゃあない……。
だが、歳を重なる度にあまり多くの他人と触れ合うのをなんとなく拒んでいた私は、かつての少年期のように、人と多くを触れ合うことにとてつもない嬉しさを覚えていた。心が暖かい。
「それじゃあ、出発だ!」
こうして、私の人生は大きな変化を迎えるに至った。
この先に待っているのは、もしかしたら暗い未来かもしれない。
平和だった日常が、唐突にこんな状況になったのだ。これから何が起こるかは誰にも分からないが、更に不幸が訪れることも有り得ないことではない。
だが、その中にも希望はあるかもしれない。
まだ、私には残っていた物があったのだから……。