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6.友達になれない

「――逢坂君、この後時間ある?」


 かしましトリオが立ち去って以降は客が入る気配も特にない。

 退勤の時刻まで残り十数分とはいえ、何もせずサボる事も良くないと窓の拭き掃除をし始めた刹那のタイミングを狙い同僚は声を潜める。


「え? ああ、あまり遅くまでは残れませんが。忙しいんですか?」


 刹那は掃除の手を休めると柔らかな笑顔でそう答えた。

 だが、同僚はそうじゃない、と首を横に振り、辺りを今一度確認すると、恥じらいを胸に秘め歩み寄る。


「そうじゃないんだけど、ちょっと渡したいものが――」


 ――その時。

 刹那の後ろ、擦りガラスの向こう側に……やたらと素早いピンク頭が視界を掠め、同僚は悲鳴を上げた。


「へ?」


 その視線に気付き、刹那が何気なく振り向いた瞬間――

 自動ドアは無機質な音と共に駅の冷たい風を招き入れ、連れ立ってピンク髪の巨人を舞い込ませたのだった。


「良かった~! 刹那君のバイトの時間に間に合った!」

「……だ、誰……って、クララさん!?」


 メイクを落としたクララと会うのはこれが初めて出会った刹那は、人間の顔でその身をくねらす巨人を見上げ声を上げた。


「そう! みんなの恋人クララだぞ!」


 人間本来のごく自然な桃色に戻った唇から惜しみない投げキッスを乱舞させると、刹那はそつなくそれをかわす。

 白塗りメイクのときより気持ち悪さが増して見えるのは何故だろうか、と思案し始める頭に蓋をして刹那は微笑み返した。


「で、急にどうしたんですか?」

「ああそう! 今日、バレンタインだからねっ……じゃじゃーん!」

「チョコ、ですか?」

「ええ! 昨日から張り切って、男の子皆の分用意してたのだ! 今日刹那くんバイトって聞いてたから、きっとお店に来てくれないだろうな~って! 届けに来たんだぞっ」

「……連絡下さればそちらにお邪魔しましたのに」

「んーん、サプライズしたかったから!」


 サプライズすぎて、さっきまで背中に隠れていた同僚はカウンターの陰にその身を潜めてしまっているのですが。

 相当なトラウマを背負ってしまったであろう同僚を思い、刹那はため息を落とす。

 その手に続木や佐助とはまた少し違うデザインの小箱を握らせると、クララは優しく微笑んだ。


「いつも弟と……和輝と仲良くしてくれてありがとうね。欲を言えば佐助君とも仲良くしてもらいたいんだけどねー」

「あはは……あの子は、正直少し苦手です」


 口を開けば暴言と小言ばかりの佐助――以前の僅かな邂逅を思い返し、刹那が苦笑いを店の外に逃がしていると、ふと通りを歩く見なれた少女の姿に声を漏らした。


「あれ、梗耶ちゃん……?」

「あらヤダ! そうだったわ、クララ梗耶ちゃんにも友チョコ準備してたの!」

「友……」


 クララは手を叩くと、持参していた風呂敷を整えなおし疾風の如くカフェを飛び出していく。


「……行っちゃった」

「せ、刹那君……」

「ああ、ごめんなさい、さっき何か言いかけてましたよね」

「……いや、やっぱりさっきのあれ、無しで。そっか、そうだよねえ……モテる筈なのに、彼女いないなんて普通あり得ないよねえ……“そっち”かあ……彼氏がいる方かあ」

「え? あ、ああ? ……待って!? すっごい誤解が生まれてない?」

「良いの良いの! 誤解なんて思わない、むしろ今の世の中そう言うので差別するのがおかしいと思うし?!」

「いや誤解してる! 完全に誤解してる!」


 ――その日を境に周囲の女性は勿論、男性の方も刹那に対する見方が変わってしまった事は言うまでもない……



 その頃――

 詠巳が探し、白くない巨人に追いかけられているとは考えてもみない渦中の人、風見梗耶は商店街を目的もなく歩いていた。

 親友・水瀬夢姫とは真逆で真面目な優等生である彼女がこうして学校を休む事はそうそうある事ではない。

 普段と変わらない三つ編みのお下げに前髪を頭のてっぺんで一つにまとめたヘアスタイル、校則通りの制服姿である彼女は、学校に行くつもりで家を出ていたのだろう、だが、その足は学び舎に向かわないまま……そう広くもない商店街をぐるぐると回り続けていたのだった。


 ふと、梗耶は自身の歩いてきた通りの方から悲鳴やどよめき声が聞こえ始めた事に気がつき、耳を澄ます。


 悲鳴は確実に近くまで迫っている。


 振り向き、眼鏡を指先で押し上げつつ悲鳴を辿ると――

 雑踏の中、頭一つ飛び出たピンク色の巨人がこちらに向かい突進してきている事に気がついた。


「ぎゃ、ぎゃああああ!!」


 何が起きているのか、状況を分析している時間すら与えられないまま、逃げようとした梗耶の背中を大きな手のひらが触れる。


「やっぱり! 梗耶ちゃんだったのだ~」

「…………クララ、さん」


 ――梗耶は語る。

 “以前、これ以上の恐怖は無い、と称した出来事があったが、あれは間違いだった。追いかけられる方が断然怖い。心臓の弱い人であれば一発であの世送りであろう”と――


「何してるんですか、こんなところで」

「それはこっちの台詞だぞ! 今日は和輝くん達と一緒じゃなかったのだ?」

「……」


 クララは、梗耶の気持ちを知っている。

 それは直接聞かずとも“乙女”であるクララが見たら一目瞭然の感情……


「ねえ、クララさん。これ、和輝さんに渡してもらえますか? ……お返しとか要らない、ただの義理なんで、って伝えて――」


 何か考えていた様子の梗耶がふと、口を開く。

 本当に直前まで学校に行くつもりだったのだろう、教科書がつまった通学鞄の隙間からふわふわにラッピングされた包みを取り出すと、クララに差し出しはにかんだ。


 ……が、クララは首を縦に振る事は無かった。

 口を真一文字に結ぶと、ため息を落とし、無防備なおでこにデコピンを決める。

 これがお初と相成った梗耶はあまりの痛みに包みを投げ出し、両手で患部を包み込むと声なき声と共にその場にしゃがみこんだのだった。


「――バレンタイン、そうねえ~この国ではただ形骸化してしまった、お菓子業界のイベント、よねえ」


 クララは如何にも佐助が言いそうな言葉で茶化しつつ、宙を舞う包みをしっかりと受け止め、微かにずれたリボンを整える。


「……でも、私はこう思うの。“そう言うイベントに乗っからないと、私たち日本人は自分の気持ちを相手に伝えられないんじゃないか”って」

「自分の、気持ち……」


 少しおでこの痛みが和らいだのか、梗耶は覆っていた両手を解放し、もう一度立ち上がる。

 そんな少女の手に包みを戻すと、クララは優しく微笑んだ。


「折角準備したのなら、それは人づてにじゃなく、直接渡しなさい。……メールも、アプリでも相手と幾らでも繋がれるこの世界だからこそ、直接伝える言葉は一番効果あるのよ」


 クララがそうウインクして見せると、梗耶は少し引き気味に苦笑いを返す。

 良い事を言ったとしても、仕草がキモい事に変わりはないからだった。


 だが――


「ありがとうございます、クララさん。……ちょっと、行ってきます!」


 迷いのない笑顔をクララに返すと、梗耶は走りだしたのだった。



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