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5.王子様と町のゴロツキ



「佐助くん、先生に渡せたから、後は!」


 半ば強引に店番を託したクララは、駆け足で商店街を抜けていく。

 そう、クララにはまだ渡すべき相手が残っているのだ。


 メイクを落とし、人間の顔に戻ったと言えど巨人である事に変わりはない。

 ピンク色の髪を一つにまとめた巨人が一直線に進撃してくる光景は通りを行きかう人々にとって恐怖そのもの……危険を察知した町の人々が道を避けていく為、クララの目の前には一本の花道が出来上がっていった。



 ――同刻、ここは駅前に店を構える有名チェーン店のカフェ。

 立地条件のよさも手伝い、普段は客が途切れない忙しい店なのだが、この日は平日。

 店内には客はおらず……店員たちにとってはやる事も特にない静かな時間が流れていた。


 ふと、かしましい声がガラス戸越しの店内に響いて来た事に気付くと、店員の一人――逢坂オウサカ 刹那セツナは時計を見上げた。


 刹那は高校三年、受験の直後ということもあり余暇があるのだが、後輩にあたる二年生以下の学生たちもそろそろ授業を終え帰宅し始めている頃あいだろう。


「夢姫ちゃんも帰っている頃かな」


 騒々しく、扱いが難しい少女の姿を思い出し、刹那は長い睫毛が守る瞳を細め明媚に微笑む。

 その時、自動ドアが開くと同時にかしましい声が――夢姫と同じ制服を着た少女三人組が刹那の名を呼んだのだった。


「――君達は、梗耶ちゃんのお友達の」

川島カワシマ 瑞穂ミズホです。で、こっちが恵子と香奈」


 髪の毛をくるくると巻きあげ、メイクもばっちり仕上げた瑞穂、健康的な小麦色の肌にいわゆる三白眼の恵子ケイコ、そしてこの日の昼時点でミッションを完了しているデ……マシュマロわがままボディの香奈の三人組――そう、あのかしましトリオだ。


「……瑞穂ちゃん、って呼んでいいのかな。店が静かな時間で良かったよ。君達の声が静かな店内に咲き誇るから」


 言い慣れた様子でさらりと刹那が笑うと、瑞穂は頬に手を添え恥じらう。

 佐助が見ていたら「“うるさい”って率直に言え愚か者」とツッコミそうなやりとりだが、生憎ツッコミ不在であった。


「あ、あの逢坂さん、これ……」


 恥じらう乙女の背中を、ミッション完了済みで余裕すらある香奈が後押しし、せっつかれた瑞穂は背中に隠していた紙袋を差し出す。


「……まさか、わざわざ届けてくれるなんて……ありがとう。嬉しいよ」


 刹那が受け取り、甘い声でそう紡ぐ。

 ミッション完了し、安心した様子の瑞穂は声にならない声で叫ぶと取り巻きを引き連れ店を飛び出していったのだった。


「刹那君ってモテるわよね」


 かしましトリオの姿が見えなくなるまで見送っていると、同僚の女が冷やかすように苦笑する。

 同僚のかけた言葉は返答に困りそうなものであったが、刹那は“言われ慣れている”と言わんばかりにこともなげに微笑んだ。


「あはは……あの子達はミーハーなだけじゃないですかね」

「どうかしら、この間も……あ、ほら刹那君が体調不良で休んだ時ね、あの時も喫煙ルームの常連さん……スーツ着た髪の長い綺麗な人が刹那君訪ねて来てたわよ」


 年末のとある騒動の際、刹那はバイトを休んだ事があった。

 その時の事だろうと察すると同時に、同僚の言う“常連”の正体をよく知る刹那は……綺麗な人と称される存在――「沙羅サラ」の姿を脳裏によぎらせるとため息を落とした。


「……先輩、あの方から酷いこと言われませんでしたか?」

「え? いいえ……その日は、刹那君休みって伝えたらすぐに帰っちゃったわよ……どうかしたの?」

「……いいえ、何もなかったなら良いんです」


 刹那が微笑むと、「それ以上の追及は出来ない」と察した同僚は息を吐いた。


「……刹那君、本当に彼女いないの? さっきの子達だって、あの常連さんだって……多分。中途半端な優しさは相手を傷つけるだけよ……」


 それは冷やかしではないれっきとした忠告。

 刹那は同僚の気持ちを汲んだのか、はぐらかすこともせずまっすぐに同僚の瞳を見つめた。


「確かに、それもそうですね。……直向きな好意には真摯に対応することにします。……ただ、あれくらいの年頃って“年上”とか“カフェの店員”とか……単純に好みの外見だけで“恋したつもり”になるものなんですよね」


 美しく整ったその顔に、一瞬冷淡な何かが垣間見えた気がして、同僚は思わず目をそらした。

 その揺らぐ心に気付いたのか……刹那は息をつくと柔らかく、そして儚い微笑みを浮かべたのだった。


「……僕は、無垢な少女達が描く夢物語の“役者”でありたいと思ってるだけですよ。いずれ、夢は終わってしまうから、ただそれまでだけの“案内人”」

「……」



 ―――



「――次は、ここね」


 市の中心部から外れた北部、とある高校の校門前にクララの姿はあった。


 最近増築されたばかりの明陽学園とは違い、昔からこの地に立つ校舎は時の流れをありありと外壁に刻みつけている。

 クララが急ぎここにやってきたのには勿論理由がある。


 終礼を告げるチャイムが鳴り響く中、冷たい空気で逞しい胸をいっぱいに満たすと紙袋いっぱいに用意した小さなラッピング袋を小脇にかかえなおした。


「あなた、この学校の子ね! 山羽ヤマハくん、川崎カワサキくん、本田ホンダくんのグループに会いたいんだけど、学校に来てる?」


 髪の毛を赤に染め、妙に痛んだ制服姿の少年、見るからに“やんちゃ”していそうな風貌であるが、クララは怖じる事無くメモを読み上げ尋ねる。

 見た目の割に礼儀正しい……筈もなく。

 少年は最初こそがっしりと引き締まったクララの姿を恐れた様子であったが、仕草、話し方に触れ、蔑むように睨むとその肩を強く小突いた。


「んだよ知らねえよ……ったく、俺ホモと構ってる程暇じゃねえの! どけよ」

「あら……」


 少年と話している間に校舎からは次々と生徒達が流れ出てくる。

 校則違反ではなかろうか、人為的なパーマをかけた女生徒や日本人らしくない明るい茶髪の男子生徒、中には煙草を燻らせながら堂々と帰る者もいる。

 部活動に勤しむ生徒の方が少ないのではなかろうかと結論付けられそうなほど次々に門を潜り抜けていく生徒たちの流れに身を任せるようにクララが声を掛けた少年も立ち去っていく。


 そんな中、数人の男子生徒達が大声を張り上げ立ち止まったのだった。


「てめえ、いつぞやのオカマ!」

「ゴキ女の連れか!」

「学園祭の時の!」

「商店街の!」

「やったわ、逢えた~っ」


 男子生徒たちは殺気立った様子でクララを取り囲んでいく――

 ――そう、クララがここにやってきた理由、それは……


「学園祭? ……は、よく分からないんだけど、商店街では知り合いが失礼しちゃったのだ。ごめんなさいね~……警察の方から、謹慎が明けたって聞いたから、お詫びと、愛を届けに来たのだぞ」


 明陽学園きっての問題児・水瀬夢姫は以前、ある事をきっかけに彼らを――いわゆる“不良”達を敵に回し、商店街で遭遇した際には彼らが暴力に訴えかけてしまったが為に彼ら不良グループの一部は警察のお世話となる事態となった。

 商店街での騒動の際には、弟・和輝と仲が良い夢姫を守る為にクララも手を出してしまった。

 その事がクララにはずっと引っかかっていたのだった。


「ごめんねえ、全部で何人か分からなかったから……ちっちゃい袋だけど、愛情は全部増し増しだからねっ」


 今にも殴りかかりそうな様相の少年達の顔を一人一人見つめながら、クララは紙袋の中から小さな包みを手渡していく。


「…………は?」


 不良たちはそれを受け取るや否や狐に抓まれたような顔で包みに視線を落としていった。


「おいてめえ! ふざけん」

「君達は特に迷惑かけたから特別大きな愛だぞ!」

「は、いやいらな」

「……いやん! あの子のバイト時間も終わっちゃう! ……ごめんね、クララ他にも行く所あるから! お返しはいらないぞ!」


 クララが野太い雄たけびをあげると、本能がそうさせるのか不良たちは咄嗟に身を寄せ合い道を開ける。

 呆気にとられたままの不良たちを今一度見つめると、クララは投げキッスを振舞い走り去ったのだった。


「……なんなの、あいつ」


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