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4.目には見えない繋がり

 ――同じ頃。佐助の実家である久世神社では、不思議な少女……摩耶マヤが一人境内を歩く。

 中学生くらいの外見であるのだが、彼女は学校へは行っていないようである。

 真冬の冷たい風に怯む事もなく雪のような素足を晒すと、社の片隅に腰を下ろした。


 少し高台にある神社の境内からは真下の市道を臨む事は出来ない。

 だが、車通りの少ない市道からは学校帰りと思しき子供たちの弾む様な声が情景をありありと伝えていた。


 何を思うか、摩耶は視界を閉ざし子供たちの声に耳を預ける……

 すると、声に混ざり、境内に続く階段を上りくる誰かの足音が彼女の耳に届いたのだった。


「――ここにもいない、か……風見さんたら学校サボってどこに行ったのかしら」


 和輝達と同じ学校の制服を身にまとった少女――犬飼イヌカイ 詠巳ヨミは長い黒髪と校則違反の黒ローブを北風にそよがせ消えそうなほどの小さな声で呟く。

 目を完全に覆い隠すほどに伸ばされた不必要に長い前髪をかき分けると、少女は境内を……摩耶を真正面に捉えると息をついた。


「……誰かの気配はあるのに、見えないわね」


 摩耶の姿は“ある条件を満たした者”にしか見えないようで、こうして社で休んでいても条件外である神主――佐助の父に咎められる事もない。

 それ故に、見えない事自体は然も当然の流れではあるのだが……まるで“特殊な能力”をその瞳に宿しているかのごとく、詠巳はまっすぐに摩耶の瞳を見つめていた。


「……悪いものではないのでしょうね、なら都合が良いわ」


 やがて、詠巳は摩耶の横に並び社の廊下に腰を落ちつけると鞄から小さな包みを取り出す。

(よいこは勝手に座らないでね)

 上品な薄紫色の和紙に包みこまれているのはお菓子の類だろう。

 摩耶との間に包みを添えると、アルミホイル特有のガサガサとした音がその耳についた。


「私の友達がね、きっと好きな子にチョコを渡すだろうって思ってね? ……でも、引っ込み思案だから渡すタイミング掴めないまま、でぶっちょに取られちゃうんじゃないかしらって気を使って、わざわざ彼氏の分と別に用意していたの」

「少女はさりげなく口が悪いな」


 物事を静観している事が多い摩耶にとって珍しいツッコミは詠巳の耳には届いていないのだろう。

 境内を上がりくる誰かの足音に気がつくと、詠巳は立ち上がり、姿の見えない摩耶に向かい立つと微笑む。


「……まあ、おせっかいかしらね。あ……話、聞いてくれていたのでしょう? これはそのお礼に置いていくわ」


 そう言うと、詠巳は来た道を引き返していく。

 その傍らには詠巳の残した包みが一つ……それを触る事も、去りゆく少女を呼びとめる事も叶わない。


「待て少女……行ってしまった」


 詠巳が去った境内には、少女の足音一つ響かない……静寂が訪れたのだった。


「――摩耶様! 珍しいですね、かように一人でお過ごしになっているとは」


 だが、静寂も長くは続かない。

 詠巳とちょうど入れ違いの形で、そう声を掛けたのは久世神社の跡取り息子でもある、佐助だ。

 佐助は摩耶の姿を視認出来るし、言葉もかわす事が出来る。

 先程まで來葉堂で見せていた尊大な態度がまるで嘘のように、少年が嬉しそうに笑顔を弾ませ駆け寄ると、摩耶は挨拶もそこそこに置き去りのままの包みを指さした。


「佐助、良い所に。今しがた黒ずくめの少女とすれ違ったであろう、少女にこのチョコを――」


 そう、摩耶には何も出来ずとも、佐助は包みに触れる事も、少女を呼びとめる事も可能である。

 受け取る訳にはいかない旨を代わりに説明してもらおうと摩耶が口を開いた……が。

 それよりも先に、佐助は包みを手に取ると、些か乱暴に包みを振り始め、中の音を確かめ始めていた。


「……摩耶様、これはもしや“バレンタインチョコ”では!? くそ、灯之崎か! それともロン毛(刹那)の仕業……? 摩耶様に贈り物をしようなど何とおこがましい! あの下心の塊どもめ! こんなもの、今すぐ焼却炉に放り込みましょう」

「いや、そうではない、あの少女に……」


 才能を感じるほどに想像を飛躍させ、乱暴に掴んだままの包みを焼却炉がある社務所の方へ運び始めた佐助を、摩耶は行く手を阻み止める。

 普段声を荒げる事もない摩耶が慌てて事情を説明しかけていると、またもそれを遮り、佐助は声を上げ、包みを見直した。


「はっ……まさか、摩耶様が……?」

「は?」

「まさかそんな……私めの為に、摩耶様が贈り物を準備して下さっていたなんて!」

「あ、いや――」


 どうしてこうも正解に辿りつけないのか。

 人との会話の基本、“察する”という事をきちんと学ばせなかった私の失敗か……

 今後の振舞わせ方を考え直そう。保護者のような面持ちで瞬時に考えをまとめあげた摩耶は、今一度……しっかりと否定をしなければと佐助と向き合ったが――


「身に余る幸福です……摩耶様、ありがとうございます!」


 年相応の無邪気な笑顔を壊す事が到底かなわず、摩耶は息をついたのだった。



 ―――



「んんんんー! 今日に限って和輝くんたら遅いのだ! 他にも渡したい子たちがいるのに、間に合わなくなっちゃう!」


 その頃の來葉堂。

 刻々と針を鳴らす柱時計とにらめっこしながら、クララはハンカチを噛んだ。


「……あれでモテるからねえ、あの子。便利だよねえあの体質。もっと使いこなせば良いのに」


 そわそわと落ちつかない様子のクララとは対照的に、八雲はお茶をすすりながらため息をつく。

 茶化すように紡ぐ八雲の言葉に耳を傾けないまま……しびれを切らした、と言わんばかりに雄たけびを上げたクララは踵を返しトイレへと向かっていった。


「もー! 和輝が帰って来てから出ようと思ったのに! 仕方ないのだ! 八雲さんちょっとの間留守番お願いね!」

「え、は? ちょっと待て、俺そんな話聞いてない」

「サプライズっ」

「うん、雇用主にその“サプライズ”は良くないねえ」


 クララは(一応)良心のようなものが残っているのか、店の外では冗談みたいなメイクを落とす……つまり、本来の姿・恵まれた体の男性に戻るのだ。

 ……とはいえ、仕草、表情からは女性っぽさがにじみ出るので、それはそれで違和感なのだが……それは言わぬが美徳か。


 どうやら、トイレでメイクを落とすつもりらしいクララは、レースがあしらわれた化粧ポーチからメイク落としシートを取り出し構えている。

 いくら客のいない店とは言え、営業時間中に店を預かる人間が無許可で出かける等もっての外だと、八雲が細い腕で制止に掛かっていた時、入口のベルが来客を告げたのだった。


「和輝! 良い所に……って、誰だっけ」


 てっきり和輝が帰って来たのだとばかり思っていた八雲は珍しく声を弾ませた……が、そこにいたのは待ち望んだ人物ではない、八雲と年の変わらない青年――


「いやおい。八雲、その冗談キツイよ」

「あらー! 確か、和輝くんとこの学校の……スズキ先生! 渡りに船だわ~」

「はい? それってどういう……って言うか続木です!!」


 そう、詠巳や夢姫と言った名だたる問題児を抱えたクラスの担任にして、八雲の過去を知る、かつての同級生――続木ツヅキ 一郎、その人だ。


 冗談ではなく、本気で思い出せなかった様子の八雲は意外な人物の来訪に首を傾げる。

 その傍らで、ちょうど良かったと言わんばかりの笑顔を弾けさせたクララは、またも踵を翻すと厨房に駆け込んで行った。


「……続木、今日早上がりだったの?」

「ま、まあ、そんなとこ……それより、今日はいつにもまして客がいないね」

「平日だし、こんなもんだよ」



 ――続木は、昨年のとある一件以降、こうして時間を見つけては來葉堂を尋ねる貴重な客の一人となっていた。

 そこそこ良い年齢で私立とはいえ高校教師と言う立派な職につく好青年……女生徒に人気がありそうな彼が、そうして無為な時間を過ごす理由――カレンダーを眺め、朝のクララとのやりとりを思い出した八雲は察したように続木の肩を叩いた。


「……学校で残ってた方がチョコもらえる確率高かったんじゃない?」

「男子生徒や同僚に冷やかされるから仕方……じゃなくて! べべ別に欲しいとかじゃなく! そう、今日は仕事残ってなかったから!!」

「……そういう事にしておくよ」


 滅多に見せない悪戯な笑みを浮かべ、八雲が茶化していると厨房から小箱を抱いたクララが舞い踊るようなステップで二人の元へ姿を現す。


「――はい! 続木先生にも、クララからの愛だぞ!」


 投げキッスと共にそれを差し出すと、投げキッスをまともに食らってしまった続木はその顔に恐怖を張り付けた。


「はい?」

「あっ勘違いしないでよねっ! 義理だぞっ! クララ本命は別にいるから!」


 続木は強張った顔を隣の八雲に向ける……声なき声で何かを訴えかけるように。


「……良かったねえ? 義理なのは残念だけど、チョコもらえたじゃん」


 八雲は視線を受け取ると、一笑に伏し、その背中を叩いたのだった。


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