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3.いつもの二人

 手紙を書き終えると、優菜は小箱をクララに託し帰っていく。

 中身はクッキーと言っていた、それならば尚の事丁寧に梱包して送ってあげなければ。

 クララが梱包材になりそうな物を探しに厨房に向かいかけた時、再び扉のベルが来客を告げた。


「あら! ……佐助くん~良かった、会いたかったのだぞ!」

「そうか。僕は気持ち悪過ぎて意識が飛びかけたぞ」


 切りそろえた前髪に長い黒髪。まるで一昔前の侍のような時代錯誤な髪型の少年は中学校の制服なのだろう、学ラン姿のまま木刀を構えクララを睨む。


 久世クゼ 佐助サスケ――古くからこの地を守る神社、久世神社の一人息子であり、和輝と仲が良い(喧嘩ばかりの)友人の一人だ。

 佐助も先程の少年達と同じく中学生なのだから早く授業が終わったのかもしれない。

 クララはそう合点すると投げキッスを乱舞させる。

 飛び交う愛を一つ残さず切り捨てると、佐助はため息を落とし彼の指定席と化した隅のテーブル席を陣取った。


「……灯之崎は?」

「クララも灯之崎だぞ!」

「黙れ妖怪」

「んもー和輝以外には冷たいわね! 悲しい!」

「質問に答えろ! あと誤解を招く言い方するな! ハラうぞ!」

「んもー怖いわー……和輝くんは普通に一日授業の筈だぞ!」

「……そうか。ならばここにいても何もないな。帰る……ん?」


 佐助が投げる刺々しい視線に背を向けると、クララはカウンターの裏に隠していた小箱……そう、今朝心をこめて準備したお菓子の詰め合わせを胸に、踵を返す。

 刺々しさの代わりに不信感を前面に表した佐助の目の前にファンシーな包みを置くと、クララはウインクをして見せた。


「帰っちゃう前に……今日はバレンタインだからね! ……あっ義理だぞ義理!」

「いや勘違いしたくもないわ。嫌がらせ以外の何物でもない」


 クララの気持ちを受け取ると、佐助は未だかつて見せた事がないほどの怪訝な表情を手向ける。

 ……が、楽しそうなクララの姿に気持ち悪くなったのか、はたまた情なのか――ため息をひとつだけ落とすと、佐助は包みを受け取り今度こそ踵を返した。


「照れちゃって~勘違いしても良いのだぞっ! ……って、佐助くん帰っちゃうの? ここにいた方が女の子からチョコもらえる確率上がるぞ?」

「余計なお世話だ。そのような、形骸ケイガイ化した軟弱なイベントには元より興味がない」

「あら、そんな事――」


 佐助が扉を開けた時だった。

 足元にふわふわとした柔らかい球体がぶつかり、バランスを崩しかけた佐助は扉を頼りに体制を整えなおす。


 衝撃の正体を確認しようと視線を落とすと、そこには來葉堂の飼い猫にして“霊媒猫”のマリンが、ゴロゴロと濁った音で喉を鳴らし、愛情表現の一種であろうマーキングをしていたのだった。


「……マリンったら、佐助くんに懐いてるわよね~」

「か、可愛げない猫に懐かれても嬉しくない」


 尻尾を下げ、純然な好意を示していたマリンの体を抱え上げた時。

 ふと、佐助は足もとに何やら小さな粒が落ちている事に気がついた。


「……キャットフード?」


「ああ、マリンからのプレゼントみたいですよ! さすけさんはねこさんのあいだでにんきらしいです」


 拾い上げた丸く小さな粒は、一般に市販されているタイプのキャットフードらしい。

 佐助がその結論に至るよりも少しばかり早く、幼い少年の――來葉堂の主の一人息子、春宮 ソラの丁寧な言葉が返ってきた。


「プレゼント……これが?」

「はい! ねこさんにとって、キャットフードはきちょうなものです。マリンはとりわけこのフードをきにいってて、ふだんはひとつぶのこさずたべるのですが……それをわけてあげたいとおもえるほど、さすけさんをしんらいしているのですよ!」


 ソラは腕に提げた紙袋を不便そうに支えながら、足元で喉を鳴らすマリンを抱え上げ笑う。


「……小僧、荷物が多いな」

「ああ、これですか? “きょうはバレンタインだから”って、クラスのじょしからいただいたのです」

「あらっ紙袋いっぱいじゃない! モテモテね~」


 事務的な無地の紙袋の中を覗き込むと、そこは色とりどり様々な柄の包装紙が彩る花畑のような光景。

 一つ一つ丁寧に並びいれられた小箱たちはそれぞれがしっかりと自己主張をしており、副数人の女子から貰ったものであろうと安易に想像が出来た。


「おきもちはひじょうにありがたかったのですが、がっこうにおかしはもってきてはいけないのです……せんせいはちゅういしてくださったのですが、じょしのぼうどうがおきてしまい……せんせいはみかねてぼくにかみぶくろをたくしたのです……“ぼくがチョコをうけとれば、すべてまるくおさまる”と」


 実際の年齢よりも少しばかり幼い、たどたどしい口調でソラがありのままを説明すると、佐助は「いや職務放棄ではないか」と呆れたようにため息を落とす。

 その傍らでクララは「愛ね!」と声を弾ませたのだった。



―――



 ――その頃、和輝たちは帰路へとついていた。

 お昼は結局菓子パンを少し食べた程度だった為、いつも以上の空腹感が和輝の足を速める。

 そんな和輝の後を追いかけるかのように、夢姫もまた來葉堂へと向かっていた。


「和輝! 早歩きやめない? 足()りそー!」

「いや水瀬が勝手にやってるだけだろ」

「一緒に帰ってあげてるのに何よその態度! だからみなとちゃんに振られるのよ!」

「よ、余計なお世話! ……っていうか、それは既定路線だ馬鹿!!」


 痛いところを付かれたようで、和輝は歩みを止めると夢姫の声がしていた方を振り向く……が、そこにあの特徴的なツーテールはいなかった。


「……何してんの」


 和輝が視線を落とすと、そこにはレンガで舗装された道の上に乱暴に投げ出された派手派手しい鞄と、座り込む夢姫の姿。


「あたたたた……あー……ううう……おーのー! ばーかばーか」

「マジで足攣ったのかよ……」


 和輝は呆れたようにため息をつくと目線を合わせるようにしゃがみ込む。

 目の前の少女はまん丸な瞳に涙をいっぱいに溜め、救いを求めるような視線を返していた。


「……仕方ないなあ、じゃあおんぶ一メートルにつき三百円」

「高い! 半額! っていうか、この超絶美少女様を背負える絶好のチャンスなのよ!? そうよむしろあんたがあたしに三百」

「じゃ、お疲れ。また明日学校でな」

「わー! 待って! 置いてかないで!!」



 ―――



 人通りの多い商店街……一本横の道に入り込むと、そこは人通りもまばらな猫の住処である。


「――あたしの荷物、丁重に扱いなさいよ」

「へいへい」


 わんぱくな子供のように頭を叩いて来る夢姫をあやすように、のんびりとした足取りで和輝は華奢な少女を背負い、足元に寝転がる猫たちを避け歩いていく。

 やがて、辿りついたのは少し古びたマンション……夢姫が母と二人で暮らしている家だ。


 入口のエントランスにはセキュリティがかかっている為、一旦夢姫を降ろすと、和輝はため息をついた。


「……ここからは歩ける? ……重いからもう勘弁して。お腹すいた」

「それレディに向かって一番言っちゃいけない言葉だと思うんだよねー?」

「ご心配なく、流石に“女子”に向かっては言わないから。水瀬と湊以外の女子にはね。……じゃ、また明日」


 夢姫は足をサスりながら手すりを支えに立ちあがる。帰っている間に幾分かは良くなった様子で、それを見届けた和輝は息を付き来た道を引き返す。

 ……だが、夢姫はそれを引き留めるように声を上げ、名前を呼んだ。


「……まさか、部屋まで送れって?」

「そ、そうじゃないけど!」


 夢姫は掴んでいた階段の手すりから手を離すと、今度は背中を預け鞄を開ける。

 普段は教科書すら入っていない派手派手しい通学鞄の奥から小さな箱を取り出すと、黙ってそれを差し出したのだった。

 派手好きな夢姫らしいセンスの金と銀のラッピングが目に痛い箱……それを和輝はまじまじと見つめていると、慌てたように夢姫の声が降ってきた。


「た……タクシー代よタクシー代! このか弱い美少女から金品巻き上げようなんて悪党には本当は何もあげるモノないんだけどね! ゆーきちゃん優しいから! まじゆーきちゃん超絶天使だから! あたしの優しさに感謝することね!」


 半ば強引に押し付けられた小箱を手に取ると、和輝は風船のように頬を膨らませきった夢姫の頭を軽く叩き一笑に伏したのだった。


「……これ毒とか入ってない? 大丈夫? 暗殺するならもっとスマートに渡した方がいいよ?」

「失礼な! 詠巳ちゃんじゃあるまいし!」

「冗談だよ。……ありがとう。って言うかさりげに犬飼ディスるなよ」

「やりそうだよなーって」

「やりかねないけど!」


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