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2.あの時はありがとう

 思わぬ出来事により遅れを取ってしまった為、目当てとしていた総菜パンやお弁当の類は売り切れてしまっていた。

 売れ残りの菓子パンを二つほど買った和輝は自身の教室へ向かう……が。

 見知らぬ生徒たちで賑わう中、ふと紙袋を引くような感覚に気付き顔をあげた。


「これ、もしかして?」


 可愛らしいシールで封印された紙袋の口を無理やりに覗き込む特徴的な黒髪ツーテールから、とっさに紙袋を引き離すと、その頭を叩く。

 甲高く、本来可愛いはずの声をヒキガエルのように濁らせると、少女――本来の主人公・学園きっての問題児、水瀬ミナセ 夢姫ユウキは頬を膨らませ和輝を睨んでいた。


「叩く事無いでしょー!? バカ! ああさてはやましい物が入ってるのね! 見せなさい! よこしなさい!!」

「何でそうなる! やましくないよ多分チョコか何かだよ! 多分!!」


 怒りに身を任せ飛びかかってくる夢姫をかわすと、和輝は紙袋を庇う。

 その無意識の行動にも納得がいかなかった様子の夢姫は自身を落ちつかせるように腕を組むと、頬に溜めこんだ空気を吐きだしていた。


「……誰から?」

「何で水瀬に報告する必要があるんだよ」

「きょーや……じゃないよね、今日休んでるし。よみちゃん……が、わざわざこんな気合入ったの用意するわけないし……」

「探ろうとするな……って、風見休みなんだ?」

「え? うん。珍しいよね~」


 風見カザミ 梗耶キョウヤは夢姫の幼馴染であり、この問題児の保護者的存在でもある少女は和輝にとって友人である。


「……きょーやが休み、残念? チョコ、欲しかったとか?」

「別に……っていうか何故カタコトになったんだ、水瀬」


 和輝はおずおずと覗き込む夢姫のおでこにデコピンを決めると、背を向け自分の教室へ帰っていく。


「あだ! ……もーそう言うとこだけ兄弟で似せてくるのやめて!」


 それを追い、夢姫も駆けだしたのだった。



 ――その頃の來葉堂では、包装の準備を終えた兄の方……クララが鼻歌交じりに仕事をこなす。

 來葉堂は喫茶店でもある為、日中は客への対応や掃除、料理の仕込み等を中心に行っているのだ。

 ……が、元々閑古鳥が鳴く店。

 客が来る事が滅多にない為、クララの仕事と言えば精々掃除くらいしかない。


 大きな柱時計を丁寧に磨きあげていると……ふと、その鏡面に扉から漏れた光が反射し、入口に取り付けられたベルは来客の訪れを優しく告げたのだった。


「あら……? 君は……」


 平日の昼、期末テスト前とは言え、まだ学生は学校に赴いている頃であろうが……クララが振り返った先にいたのは、片方の目を長い前髪で隠した少年と、ぬいぐるみを抱えた、まだ幼さが色濃く残る少女の二人であった。


「ああ、どうも。年末に一度お会いしましたよね……傘をお返しに来た時」

「……ああ! あのバタバタしてた時ねっ」

「俺、吾妻アガツマ 美咲ミサキって言います。……で、こっちが」

優菜ユウナだよ! そしてこの子が“ライタくん”!」


 美咲と名乗った少年が丁寧に頭を下げると、真似するように優菜も腕の中のぬいぐるみ、“ライタくん”を操り共に頭を下げる。


 どうして学生がこんな時間に、喉まで出かかったクララの疑問は、美咲による――

「俺たちの中学校は今週がテスト期間で、午前中授業なんですよ」

 ――その言葉で打ち消されたのだった。


「あのね、シロヌリさん! 優菜ね、プレゼントをあげたいの!」


 優菜は屈託のない笑みでそう告げる。

 妖怪か、もしくは祟り神の類のような呼称に面食らったクララだったが、それよりも主語がなさすぎる彼女の言葉に戸惑い、助けを求めるように美咲の方を見やると、彼はため息をついた。


「……優菜、それじゃ祟り神でも分からないと思うよ」

「あっ今さらっと失礼な感じ出たぞ?」


 美咲は軽くいなすと、細く説明し始める。


 昨年末の騒動……そう、和輝の幼馴染である燈也と湊、その二人の心のすれ違いにより起こってしまった騒動の際に偶然燈也と出会い、その時に彼が湊に贈るつもりで準備していたオルゴールを優菜がもらっていた。

 優菜はそのお返しに、とバレンタインを理由に手作りチョコを準備したのだと言うのだ。


「あのね、ここならオルゴールのお兄ちゃんにも会えるかも、って美咲くんが言ってたからね、だからね、優菜ここに持ってきたの! 優菜が作ったんだよ! チョコチップクッキー!」

「……優菜はカタ抜きしただけで、それ以外は俺がやったんですけどね。まあ、良いけど。そう言う事で……この子、言い出したら聞かないから……ここで待ってたら、もしかしたらってことで。それまで待たせてもらっても良いでしょうか」


 美咲が遠慮がちに頭を下げる。

 見知る限り、梗耶や刹那に次ぐ礼儀正しくも素直そうな少年の姿に心が温かくなったクララは優しい微笑みと投げキッスを返す。

(美咲は避け、優菜はぬいぐるみを盾にしました)


「んー……残念だけど、優菜ちゃんが言ってる子って、こっちに住んでる子じゃないのだぞ。その子……燈也君のお家知ってるから送っておいてあげるぞ!」


 美咲の説明を受け、また年末の騒動の際の会話等を思い返したクララは優菜の言う少年が燈也である事を察し、そう告げる。

 弟、和輝の幼馴染だが、家はすぐ近所の上、彼の父親はクララが本来継ぐ予定だった家業・建設会社で長く務める工員なので元々住所は知っていたのだ。


「ほんと!? やったー! じゃあ、優菜お礼のお手紙書かなきゃ」

「あ、待って下さい優菜。君の字は解読不能だから俺が代筆します」

「美咲くん、字だけは綺麗だもんね~性格は直した方が良いと思うんだけどねえ」

「はい一言多い」


 優菜は中学生くらいの外見にそぐわないほど無邪気に両手を上げると、全身で喜びを表す。

 ペンを鞄から探す傍らで優菜を諌める美咲に、クララお気に入りのファンシーな便箋を手渡すと、優菜は伝えたい想いを紡ぎ始めたのだった。


「“とうやさんへ! この前は、プレゼントありがとう!” あー美咲くん駄目! そこは丸じゃなくってワンちゃん描いて! ……えっと、それで“また遊んでね、会えるの楽しみ”……あ! ワンちゃん可愛い~その隣、ハートマークも描いて! それで――」


 昨年の騒動の後、想いが通い合い晴れて恋人同士となった燈也と湊。

 優菜の贈り物が彼女となった湊に見つかってしまい、ひと悶着起こる事となるが……それはまた別の話である――


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