第8話 日替わりランチセット
休日の並びの悪いゴールデンウィークが終わって5月になって、自分が遼だと名乗る久条はるかが私のクラスにやって来てから、数週間が経った。
はるかは、もうすっかりクラスに馴染んでいた。
転入生に対する目新しさは既に落ち着いた感があったけれど、はるかはクラスの女子たちとも上手くコミュニケーションを取っていたし、男子たちからも話しやすい気さくな女子として認識されている様だった。
その辺りは、元遼の、元男子の強みといったところだろうか。
私にも、みんながはるかを好意的に捉えている話がちらほらと聞こえてきていた。
男子たちにもフランクに接しているはるかだったけれど、もちろん普段の振る舞いから元男子であるなんて事がばれる様な事はなかった。
はるかは、私や駿太といる時以外は、そつなく女子をこなしている。
いつの間にか、私の周りにはそのはるかと駿太がいるという生活が当たり前になりつつあった。
遼がいなくなって1年の間であれほど疎遠になっていた駿太との関係も、嘘の様に元通りだった。
学校にいる間はもちろん、それ以外の時間も、私たちは3人で過ごす事が多くなっていた。
以前の様に……。
違うのは、宮下遼の代わりに久条はるかという少女がいる事だけだ。
時間が経つにつれて、私は久条はるかが遼であるという主張に、だんだんと違和感を覚えなくなって来ている。
その事を自覚する度に、自分に対して苛立ちというか、何だか複雑なものを感じてしまう。
でも遼が帰って来てくれたという事実は嘘であって欲しくない。
この矛盾した感情が、今の私の中で渦巻いているのだ。
4限目の現国の授業の間、斜め前方のはるかの背中をちらちらと窺っていたいた私は、授業が終わると同時にふうっと長い溜息を吐いた。
先生が出て行くと、教室が一気にお昼休みモードに切り替わる。
周囲がガヤガヤと賑やかになる中、ガタガタと椅子や机が動く音が響き、それぞれがお昼ご飯に向けて動き始める。
私の周りにも、莉乃や明穂がやって来る。はるかのところにも、何人か女子たちが集まっているのが見えた。
先程までの授業が眠かったとかお昼はどうしようかとか、早くも放課後はどこに行こうかなどとクラスの女子たちと楽しそうに話しているはるかは、どこからどう見ても女の子だった。
長い黒髪を揺らしてふわりとした笑顔を浮かべるその姿を見ていると、私なんかよりもよっぽど女子らしくて美人だなと思えてしまう。
……離れて見ていると、あれが遼だなんて信じられなくなるのだけれど。
私は目頭を抑えて、軽く首を振った。
「大丈夫、お疲れ、奈々子ちゃん?」
明穂が心配そうに声を掛けてくれる。
「あ、うん、大丈夫」
私は苦笑を浮かべながら明穂を見上げた。
教室で食事をする者たちは机をくっつけ始め、食堂や外で食事をする者たちはそれぞれのグループを作りながら教室を出て行く。
教室の出入りが激しくなる。
他の教室からも人が溢れ、廊下が賑やかになる。
その廊下から、ぬっと見知った顔が現れた。
駿太だ。
他のクラスだというのに特に物怖じした様子もなく私たちの教室に入って来た駿太は、そのままはるかの席へと駆け寄った。
「はるか、一緒に飯行こう」
低く良く通る声が響く。
「あ、うん!」
はるかもそれに応えて、ひょっこりと席を立った。
そのやり取りに、周囲の女子たちが密かにざわめく。皆んな興味津々といった風に目を輝かせて、駿太とはるかの方を窺っていた。
私はがくりと項垂れる。
あんな大っぴらに男子が女子を誘えば、いらぬ勘違いを招くと思うのだけれど……。
「久条さんと山内、付き合ってるのかねー」
私と一緒にそんな駿太たちを眺めていた莉乃が、ぽつりと呟いた。
「そんな噂、聞くよね!」
明穂が少し興奮した様に、小さくうんうんっと頷いている。
……やっぱりか。
私はふーんと短く興味なさげに返事をしておく。変にリアクションしない様に、ただ少しだけ目を細めてはるかたちを見つめる。
他から見れば、駿太とはるかの親密さは、まるで付き合い始めた恋人同士の様に見えてしまうのも無理ない事かもしれない。
駿太と一緒にいる時のはるかは、特に嬉しそうに顔を輝かせているから、男子ならともかく色恋に目敏い女子たちがそう邪推してしまうのも当然だろう。
……でも、私にはわかっている。
その親密さは、本当のところは幼馴染の男子2人の友情によるものなのだ。
少なくともはるかを遼だと信じている駿太は、そう思っている筈だ。
「あの2人、結構お似合いだよね。うん、あれはあれで良い」
私の机の隣で、明穂が笑う。
……む。
駿太が少し恥ずかしそうにしている様に見えるのは、私の勘違いだろうか。
……まさか駿太、良く明穂が話題にしている様な同性同士で……いや、それはないか。
ない、と思うけど……。
私は、ぎゅっと眉をひそめて駿太を睨み付ける。
……ん。
でも、今は同性同士でもない、のか?
「ナナー」
そこで、不意に莉乃が、座ったままの私の頭の上にぽんっと手を乗せた。
「いいの?」
珍しく真剣な調子の莉乃。
私は、無言で莉乃を見つめ返す。
何が、とは聞かない。
莉乃は私と駿太が姉弟も同然の幼馴染だと知っているし、最近私が遼を失ったばかりだという事も知っている。
その上で、弟分が彼女を作って私から自立してしまうのではないかということを心配してくれているのだ。
その心遣いはありがたいけれど……。
「ナナ、微妙にわかってないでしょ」
私の頭をポンポン叩きながら、莉乃が半眼で私を見る。
……ん?
「奈々子」
駿太の声が響く。
いつの間にかはるかを伴った駿太が、私の席の側に立っていた。
教室がざわりとする。
誰かが、「水町さんまで」と呟くのが聞こえた。
クラスメイトたちが、密かにこちらに注目しているのがわかった。
「奈々子も昼飯いこう」
そんな周囲など全く気にした様子もなく、駿太がニッと笑う。
「あ、ごめんね、莉乃、明穂。今日もちょっと行って来る」
私は駿太には答えず席を立つと、莉乃と明穂の方を見て苦笑を浮かべた。
女の子になってしまったという奇想天外な変化はあったけれど、再び遼を含めて3人で過ごせるという事が、駿太にとってはたまらなく嬉しいみたいなのだ。
それははるかも一緒みたいで、学校でも休日でも、私たちは以前の様に何かにつけて一緒に過ごす様になっていた。
もしかしたら、1日の内で3人で過ごす時間は、以前よりも長くなっているかもしれない。
「山内」
食堂に向かおうとする駿太に、莉乃が声をかける。
私の机に体重を預けて腕組みをしながら、莉乃がギロリと駿太を睨み上げた。
「わかってると思うけど、ナナを悲しませるような事をしたら許さないからね」
莉乃の台詞に、私はきょとんとしてしまう。
うん?
駿太も固まっている。
あれは、状況に思考が追いついていない顔だ。
「なんだ、修羅場か!」
「なになに?」
先程からこちらを窺っていたお調子者の男子が声をあげ、先程から興味津々な様子の女子が一層目を輝かせる。
難しい顔をした駿太の背中から、ひょっこりとはるかが顔を出す。
私とはるかは、ちょうど駿太を挟み込む様にして顔を見合わせた。
「おっ、三角関係か?」
軽薄な男子の茶々を聞いて、私はそこで初めてはっと気が付いた。
駿太を挟んで向かい合う今の私とはるかの構図、私たちの事情を知らない皆んなからしたら、まるで2人で駿太を取り合ってるみたいに見えるのではないか、と。
「ちょっと、莉乃!」
莉乃も何を勘違いしているのか、私は慌ててそんなんじゃないと否定しようとする。
しかしそれよりも早く「城山」と駿太が少し困った様に莉乃の名前を呼んだ。
「あー、何の事かよくわからないが」
私の体にどしんと衝撃が走る。
駿太がその大きな手で、私の肩をぽんっと叩いたのだ。
「奈々子は、その、俺の妹みたいなものだ。城山が言うような事なんてない。多分な」
駿太は、自分の言葉を確かめるようにゆっくりと、しかし確かな口調できっぱりと言い放つ。
私は、うっと息を呑む。
い、妹……。
こちらを窺っていたギャラリーから、何故かおおっとどよめきの声が上がった。
一瞬の間を置いて、顔がカッと熱くなる。
いや、胸がキュっと締め付けられ、全身が燃え上がる様な恥ずかしさに包まれる。
わ、私が……。
平然とした様子でこちらを見下ろす駿太。
私は肩に置かれたままの駿太の手を払って、キッとその顔を睨みあげた。
「……駿太。何言ってるの、そっちが弟でしょ」
そして私は、これだけは言っておかなければまならない事をきちんと伝える。
私が妹だなんて、ありえない!
その瞬間、莉乃が疲れた様に大袈裟な溜息を吐いた。
「ナナが駿太の妹なら、私もナナの兄……お姉ちゃんだねー」
余所行きの、私と駿太以外と対する時の女の子らしい調子で、今度ははるかが声を上げた。
「それはない」
私は駿太越しにはるかを睨み付けた。
はるかはにやにやと楽しそうに笑っている。駿太は、いまいち自分の台詞の影響と、状況がわかっていないみたいだ。
私は周囲に視線を走らせて、小さく溜息を吐いた。
……もう随分手遅れの感はあるけど、これ以上周囲の注目を浴びたくない。
「莉乃、ごめん。ありがとね」
私は莉乃に向かってさっと手を振る。
「さっ、食堂行くんでしょ、駿太。はるかも」
そして駿太たちに視線を送りながら、さっさと先陣を切って廊下へ向かって歩き始めた。
「……ナナたちの関係、どうなってるのよ」
「久条さんと奈々子ちゃんがお姉さまって言い合う関係もなんかいいよね! どっちがお姉さま役かな!」
背後から、莉乃と明穂がそんな事を言っているのが聞こえて来る。
……明穂には、後で注意しておこう。
色々あって出遅れてしまったので席が取れるか心配だったけれど、私たちはなんとか食堂の片隅でテーブルを確保した。
思わずぐうとお腹が鳴ってしまいそうな良い匂いが漂う食堂は、満員の生徒たちで大いに賑わっていた。
秋陽台高校の食堂は、県立高校の学食にしては充実している方だと思う。
メニューもそうだけど、食堂内の作りも洒落ていた。
三角形をした食堂スペースの一面がガラス張りになっていて、自然の光がたっぷりと入って来るテラス席の様になっていた。観葉植物も沢山配置されていて殺風景な感じもせず、きちんとした休憩スペース感が演出されていた。
クラスの女子たちの中には、そのおしゃれな感じに惹かれ、お昼はもちろん放課後も、食堂に行っておしゃべりに興じているという子も多いみたいだ。
私は、入学以来そういうのを楽しむ気にはなれなかったので、あまりこの学食に来た事はなかったけれど。
それがここ最近、はるかが転入して来て一緒に過ごすようになってから、私たちは頻繁に学食で集まる様になっていた。
窓際の席はやはり人気があって埋まってしまっているけれど、その反対側の壁側は意外に空いている事が多かったので、そちらが私たちの定位置になっていた。
今日も、観葉植物裏のあまり目立たない丸テーブルが私たちの席になった。
「あー、腹減ったな」
「本当になー」
お弁当持参の私が頬杖を突きながら待っていると、トレイを持った駿太とはるかが並んで戻って来た。
はるかは私たちといる間は男口調に戻っているけれど、賑やかな学食内ではそれに違和感を持つ者はいないだろう。
……長身の駿太と、楽しそうな笑顔を浮かべて駿太に寄り添っている美人のはるかの図は、結構人目を引いている様だけれど。
「待たせたな、奈々子」
駿太が席につく。
「ナナ、そんな量で足りるのか?」
ぽすっと椅子に腰掛けたはるかが、黒髪を揺らして私の女子仕様のお弁当箱を覗き込んだ。
「いや、2人とも食べ過ぎでしょ」
逆に私は、半眼で2人の前に並ぶトレイに視線を送った。
仲が良いことに、2人とも同じメニューを注文したみたいだ。
ほくほくの炊き立てご飯とわかめと油揚げのシンプルお味噌汁、それに大根の千切りの小鉢、メインがキャベツの千切りが添えられた甘辛タレの掛かったポークソテーといった構成だ。
多分日替わりランチセットだと思うけど……。
問題は、ご飯とキャベツが冗談みたいに大盛りだという事だ。
駿太はわかるけど、はるかも。
確かに学食の定食は、要望すれば大盛にしてくれるのだけれど……。
私の視線に気が付いたはるかが、にっと笑った。
「えっと、駿太のが美味しそうに見えたから、しょうがないんだ」
うんっと頷くはるか。
私は、はっと溜息を吐く。
「……別にいいけど」
思いっきり食べたい時でも大好物であっても、それは心を鬼にしてぐっと我慢しなければならないという女子の女子たる為の戦いを、はるかは果たして理解しているのだろうか。
「うむ、美味いな」
いうの間にか、駿太が勝手に食事を始めている。
私はもう一度軽く溜息を吐き、こちらも食べ始める事にした。
「現国の古谷先生、やる気ないよな。俺、眠くなっちゃって」
はるかがもしゃもしゃとキャベツを頬張りながら、秋陽台の先生たちの評価を口にしていく。
私や駿太は入学から1ヶ月以上が経過し、もう随分とこの高校生活も慣れてきたところだけれど、はるかにとっては秋陽台の学校生活はまだまだ新鮮な事ばかりみたいだ。
「しかし、中3の年は学校に来れなかったのに、勉強大丈夫なんだな、はるかは。この前の小テスト、満点だったって聞いたぞ」
はるかが遼である事に何の疑いも持っていない駿太が、そんな疑問を口にする。
……あ。
あれだけ山盛りだった駿太のご飯が、もう半分ない……。
「ふふん、それはな、普段から勉強してるからだよ」
はるかが横目で駿太を見上げ、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「というのは冗談だけど、目が覚めてからしばらく、俺はリハビリと勉強くらいしかする事がなかったからな。中学の範囲はばっちりだ」
リハビリ。
その単語に、ドキリとしてしまう。
「あの秘密の庭のお屋敷には、テレビとかないしな。外に出るのを許されたのも、秋陽台に転入する10日ほど前だし」
両手でお椀を包み込み、お味噌汁を啜るはるか。
「……リハビリ、長かったの?」
私は、思わずそんな事を尋ねてしまう。
あの日置山の怪鳥に魂を喰われたとか、それが具体的にどういう状態だったのか、私には想像も出来ない。リハビリというのも、一体何なのか……。
でも確かにリハビリという言葉には、あの事件の後病院のベッドの上で目を覚まさなかった遼への、繋がりを感じさせる響きがあった。
「うーん、俺が目覚めたのが2月頃だから、そんなに長くはないかな。初めから、特に不具合はなかったし」
そこではるかは、少し恥ずかしそうに微笑む。
「それよりさ、身体が変わっている事になれるのが大変だったよ。ほら、元の俺とは違うだろ、色々と?」
私にならわかるだろという様に、こちらを見るはるか。
それは、突然男子から女子になってしまえば大変だと思うけど……。
「ああ、大変と言えばアミリア先生もそうだなぁ。先生、俺が淑女に相応しくない振る舞いをすると、怒るんだ。あの冷たい目が怖くて」
はるかは、僅かに首を傾げて苦笑する。
「歩き方とか座り方とか、それに笑い方とか、指摘が凄いんだ」
「ああ、それでか。俺たち以外といる時は、はるかも普通の女子に見えるもんな。振る舞いとか、言葉遣いとか」
駿太が得心したという風に、大きく頷いた。
……う。
あれだけあった駿太の大盛りランチセット、もうない……!
「奈々子もそう思うだろう?」
「あ、うん。そうだね。違和感はないと思う」
私はこくりと頷く。
女子トイレですれ違った時も女子グループで集まったりしていても、はるかは普通に女の子だ。
遼を感じるのは、私や駿太といる時だけ……。
「うー、それは喜んでいいのだろうか」
はるかが複雑そうな表情を浮かべ、唸る。
「……でも、駿太とナナといる間は、少なくとも俺は俺でいられるからな。はは、ありがとうな」
さっと髪を払ってから、大きな目で私と駿太を見たはるかが、ふわりと微笑んだ。
その笑顔に、私はきゅっと胸が痛む。
遼……。
はるかが遼なら、どうしてこんな事になったのだろう。
駿太も、目を見開いてじっとはるかの顔を見つめている。
その視線に気が付いたはるかが、んっとそちらを見ると、とたんに駿太はどぎまぎした様子で挙動不審になってしまった。
そのまま、何故か慌てた様に私を見る駿太。
「そ、そういえば、体育の着替えとかどうしてるんだ? こっそりトイレとかで着替えてるのか?」
駿太が明るい調子で別の話題を口にする。
場の雰囲気を変えようとしているのが丸わかりだった。
「ん? ああ、ナナに協力……というか、強制的に更衣室の隅っこで着替えさせられてるよ。時間もずらしたりしてさ」
「な、奈々子と一緒に?」
今日一番狼狽する駿太。
はるかがニヤリと意地悪そうに口元を歪める。
「どうだ、羨ましいか、駿太?」
はるかも着替えの時は、いつも借りてきた猫みたいに真っ赤になって大人しくなってしまうのに。
駿太に対してはいやに強気だ。
馬鹿な男子2人……の会話は聞き流して、私は空になろうとしている自分のお弁当箱に目を落とした。
……今までの話の中で、少し引っ掛かるものがある。
はるかが遼だとして、性別が変わるという異常事態も無視したとしても、あのアミリア先生という人は、どうして遼を女の子らしくさせようとしているのだろう。
……どうして遼を、はるかにしてしまったのだろう。
やはり、それが気になる。
この間は、その人の在り方だとか魂とか精神とかいう話ではぐらかされてしまった気がするけれど、やはりもう一度、きちんと話を聞いた方がいい気がする。
あの日置山の怪鳥に襲われた後、私は遼に何をしてあげる事も出来なかった。
でもそれでも、遼が戻って来てくれたのだとしたら……。
今度こそ私は、何かをしなくてはならないと思う。
逃げださずに。
私は駿太を守ってくれた遼のために。
今度こそ……!
私は、ぎゅっと握り締めた左手を額に当てて目を瞑る。
……そのためにはまず、もう一度アミリアさんと会う。
そんな決意をぐっと固めて、私は最後に残しておいたプチトマトを口に入れた。そしてペットボトルのお茶をぐいっと飲み干すと、手早く芝犬のマークの入った愛用のお弁当箱を片付け始めた。
おしゃべりしながら食事をしていると、時間はあっという間に過ぎ去ってしまう。長いと思っていた昼休みも、もう終わりだ。
時計を見るとそろそろ教室に戻ろうかという時間になっていたけれど、ふとそこで私は、はるかの前のランチセットが、まだまだ山盛りのままである事に気が付いた。
先程まで駿太とどうでもいい事をにこやかに話していたはるかも、今は黙々と箸を動かしているけれど、一向にその量は減っていなかった。
「うぐぐ、これぐらい食えると思ったんだけどな……」
こちらの視線を感じたのか、はるかが困った様な上目遣いで私と駿太を見る。
私は、はあっと溜息を吐く。
そもそも、見るからにして体のキャパシティが違うのだ。はるかが駿太と同じ様に食べられる筈がない。
はるかは、私たちと一緒にいる間は気楽に出来ると言っていたけれど、気を抜くと同時に、どうやら自分が女子であるという事も忘れてしまいがちになるみたいだ。
普段はしっかりしているのに、遼としての地が出てしまうという事なのだろうか。
……今度は注意してあげないと。
私が。
「……もうダメ」
完全に箸を留めてしまうはるか。
日替わりランチセットは、まだ結構残っている。秋陽台の学食では、あまりにも残したりすると、食器返却口のところにいる係の人に怒られてしまうそうだ。
うーん、これでは……。
私が一緒に謝ってあげた方がいいかと眉をひそめたその時。
「食ってやるよ」
はるかのトレイを、駿太がさっと奪い去る。
突然のその行動に、私は一瞬目を大きくして驚いてしまう。
しかし。
次の瞬間には、ふっと微笑んでいた。
……ああ、そうなのだ。
はるかをフォロー出来るのは、私だけじゃない。
私たちは、3人一緒。
駿太もそうだ。
昔からそうだった。
それが、私たちの当たり前なのだ。
アミリアさんともう一度話してみる件、後で駿太にも相談してみよう。はるかに話せば、余計な気を遣わせるかもしれないから、駿太と私で話を聞いて、私たちに出来る事がないか探ってみるのだ。
「悪いな、駿太! うん、頼もしいな!」
嬉しそうに笑うはるかが、ペシペシと駿太の肩を叩く。
駿太は、ご飯をかき込みながら、うんっと頷く。
「もう。あまりのんびりしてる時間はないんだからね」
そんな2人を、私はふっと息を吐きながら、少しだけ微笑んで見つめていた。