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第7話 困惑と混乱と買い物と

 全然勉強に集中出来ない。

 日曜日の午前。

 自分の部屋で足を崩してぺたんと座り込んだ私は、テーブルの上の宿題を睨み付ける。そして、がくりと項垂れてふうっと息を吐いた。

 気が向かない時の宿題ほど、時間を浪費している感のあるものはないと思う。

 それでも何とか貴重なお休みの時間を費やして宿題を終えた私は、テーブルの上にシャーペンを転がして、ばふっと芝犬型クッションの上に倒れこんだ。

 宿題そっちのけでついつい考えてしまっていたのは、もちろん久条はるかとアミリアさん、それにあの庭園や洋館の事だった。

 金曜日の夜。

 はるかに案内されてアミリア・ヴァーミリアンという人と出会った私は、そこで日置山の怪鳥のものと思われる、あの羽根を目の当たりにした。

 怪鳥の赤い羽根の存在は、やはり私や遼や駿太が遭遇したものが夢や幻なんかじゃなかったという証拠であるのと同時に、久条はるかの言っている事が本当かもしれないと思わせる証拠でもあった。

 遼。

 久条はるか。

 その2人の間で、何があったのか。

 私は、人形みたいに整ったアミリアさんの白い顔を思い浮かべる。

 彼女は冗談を言っているそぶりなどは全く見せず、真顔で私と駿太に向かってこう言い放った。

「あの五位の火の鳥に襲われて、自我が残っているのは極めて稀な事だ。それだけで、この者の魂には、手を尽くして新しい身体を与える価値がある。五位の火の鳥を捕え損なったのは痛手だが、ハルカは私の良い娘になるだろう」

 私はじっと睨み付ける様にアミリア先生を見つめ、淡々と語られるその言葉を理解しようと試みる。

 私と駿太を逃がそうと囮になってくれた遼は、あの怪鳥に魂だけを食べられた。

 それをアミリアさんが救い出し、久条はるかとしての身体を与えた、という事なのだろう。

 具体的な手段はとか、果たしてそんな事はあり得るのかとか、今はそんな事はわからない。何が真実なのかも、判断できない。

 今、わかるのは、少なくともあの怪鳥が存在したというのは事実らしいという事くらいだ。

「あの、アミリアさん!」

 淡い光が揺れる書斎で、私は思わず一歩踏み出していた。

「アミリアさんが遼を助けてくれたなら、はるかを、遼を元の姿に戻す事は出来ないんですか?」

 それは、はるかを遼だと認めた上での発言だったけれど、その場の私はその事に気がついていなかった。

「……五位の火の鳥に呑み込まれた時点で、ハルカの魂とそちらの世界の因果は潰えた。元に戻すのは不可能だ」

 アミリア先生が、僅かに顎を上げて私を見据えた。

 透き通った緑の瞳が、ランプの淡い光を受けて輝いている。

 でも……!

 私はくっと唇を噛み締めて、さらに一歩前に出ていた。

「ナナ!」

 はるかが静止の声を上げるが、私はそのまま口を開いていた。

「……でも、遼を女の子にするなんて!」

 じんわりと涙が滲む。

 ……私たちを助けてくれた遼が、どうしてそんな目に合わなくてはならないのか。

 どうして遼だけが、遼が……!

 そんな腹立たしさにもやるせなさにも似た思いが、激しく胸の中で暴れまわる。

 しかしそこまで口にして続ける言葉に詰まった私の肩に、ぽんと駿太が手を置いた。

 アミリア先生は私を一瞥すると、ゆっくりとした歩調で大机の前に出る。そして机に腰掛ける様に体を預けると、胸の下で腕を組んだ。

 緑の瞳がすっと細まり、私を見据える。僅かに首を傾げる動作に合わせて、アッシュブロンドの髪がはらりと零れた。

「ここでは、肉体のあり様など瑣末なものだ。それらは、世界に定着する因果の寄る辺に過ぎない。重要な要素であるのは認めるが、存在の本質とは、つまりはここの在り方にある」

 アミリア先生が腕を解き、自身の胸の膨らみに手を当てた。

「魂。精神。心。その者の存在に価値を付けるのは、その在り方だ。ナナコ。君の求める者の心は、このハルカにはなかったのかな?」

 アミリア先生の言葉を聞いて、ガンっと頭を殴られた様な衝撃が走った。

 思わず私は、後退りしてしまう。

 遼の心……。

 私が遼を遼だと認識する本質……。

 無表情なアミリア先生には、私を批難する様子も皮肉ったり馬鹿にしている様子もなかった。ただ、淡々と言葉を紡いでいるだけだ。

 でもそれが逆に、私に突き刺さる。

 ……私は、遼の容姿しか見ていなかったのだろうか?

 その認識は、ショックだった。

 私や駿太や遼の繋がりは、そんな上部だけのものだったのだろうか。遼が男子のままでも、その容姿が大きく変わってしまっていたら、私は遼を受け入れられないという事なのだろうか。

 そんな事はない……!

 そうは思いたくない!

 私は、ぐっと手を握りしめる。そして、心の深いところに突き刺さったアミリアさんの言葉の痛みに必死に耐えた。

 でも……。

 私は……。

 はるかは私や駿太に、アミリアさんと一緒にお屋敷で食事をして行くようにと誘ってくれたけど、私はそのまま帰る事にした。

 アミリア先生の言葉が衝撃的だったのはもちろんそうだけど、それ以上に色々な事があり過ぎて、最早私の頭の中はいっぱいいっぱいだったのだ。

 それからはるかに送ってもらって家に帰ってお風呂に入る間も、私は頭の中を駆け巡る様々な考えに、眉をひそめてじっと耐えることしか出来なかった。

 私はただ、前みたいに遼や駿太と一緒に過ごしたいだけ。

 ……でも、本当にそうなのだろうか。

 はるかとアミリアさんの顔が頭を過る。

 もしかして、はるかの事以上に、まずは私が私の気持ちを整理しなければいけないのだろうか……?

 芝犬クッションに頭を乗せて仰向けに寝転がりながら、私は眉をひそめて見慣れた自室の天井を睨みつける。

 果たして、私は遼の事をどう思っていたのだろう。そして、今は、どう思っているのだろう。

 私は、遼の、あの私をからかった後の悪戯っぽい笑顔を思い出す。

 駿太と一緒に、朝から日が落ちるまでぐだぐだと一緒にいた日々を思い出す。

 額に腕を乗せて目を瞑る。

 トクトクと自分の心臓の鼓動を感じる。

 今はもう遠くなってしまった日々。

 私は……。

 独りだけの部屋で、私はふっと長いため息を吐く。




 きちんと出来ているかどうか内容の正確さはこの際無視して、どうにか宿題を終えた私は、何をするでもなく自室でゴロゴロしていた。

 ふと携帯を見ると、もうお昼近くになっていた。

 このまま無為に休みが終わるのかと思うと、さらに気分が落ち込んでしまう。

 私はベッドの上で丸まったまま、いつの間にか来ていた莉乃や明穂のメッセージに返信しておく。

 中学の友達からも、高校どうよという連絡が来ていたけれど、当たり障りのない内容を返信しておく。とてもじゃないが、はるかの事なんかには触れられない。

「奈々子ー」

 そこに、下の階からお母さんの声が響く。

「何ー」

 聞こえる筈もないぼそりとした返事をしながら、私はのそりと部屋を出て、髪をかき上げながら階下に向かった。

「お友達が来てくれてるよ」

 階段の下で待ち構えていたお母さんが、にこりと微笑む。

 私は首を傾げる。

 友達?

 莉乃や明穂には先程連絡していたし、駿太なら、お母さんも駿太って言うだろうし……。

 そこまで考えて、もしやと思い至る。

「おはよう、ナナ!」

「ああ、やっぱり……」

 案の定、リビングで待ち構えていたのは久条はるかだった。

 はるかは、艶やかな黒髪をうなじの辺りで1つにまとめていた。綺麗な長い髪がもったい無くなるような雑な髪型だった。

 それよりも、問題はその服装だった。

 はるかは、黒白の柄の少しよれたTシャツに、ベージュのハーフパンツという恰好だった。

 どちらも見た事がある。

 あれ、遼の私服だ……。

 駿太ほどでないにしても、遼も男子らしく私なんかよりもはるかにがっちりとしていた。その服をそのまま着ているものだから、今のはるかにはだぼだぼ状態だった。

 素材が良いから、モデルさんがあえて大き目の服を着崩している様にも見えなくはないが、それにしてもラフ過ぎて、今の久条はるかに相応しい服装には見えなかった。

 ……別に私は、ファッションに詳しい訳でもないしこだわりがある訳でもないけど、これはないなと思う。

 無邪気な笑みを浮かべるはるかに対して、私は大きな疲労感を覚えながらはあっと息を吐いた。

 この笑顔を見ていると、色々と考えていた私が馬鹿みたいに思えて来る。

 遼もそうだった。

 喧嘩してしまった後、私が反省とか謝罪とかで色々悩んでいても、遼は何事もなかった様にさっぱりとした顔で私の前にやって来る。そして、素直にごめんと謝ってくれるのだ。

 はるかを見ていると、後腐れのない遼のそういうところ、私は好きだったんだなと思ってしまう。

 ……ん。

 ……好き?

 え?

 私は、むむむっと眉をひそめてはるかから視線を外す。

 胸がきゅっとする。

 別に、好きというのはそういう意味じゃなくて、幼馴染として、姉弟として好感がもてるという意味であって……。

 うぐ、うううう……。

「どうしたんだ、ナナ?」

 はるかが、んっと首を傾げる。

 私は、小さく首を振ってから改めてはるかを見た。

「はるか、あのお屋敷からその格好で来たの?」

 気を取り直す様にやや語気を強めてそう尋ねると、はるかはきょとんとした顔をした。

「いや、家までは制服で来たぞ。家で着替えて来た。先生は、俺が男物を着るのを嫌うんだ」

 そういえばアミリアさんは、はるかが俺と言うのも禁止していたっけ。

「先生、自分のドレスとか着せようとするし……。制服は、まぁしょうがないかなって割り切ってるけど、さすがに私服までスカートとかヒラヒラはやめて欲しいんだよな……」

 はるかが、少し疲れた様に息を吐いた。

「今の俺、私服があまりないんだ。お屋敷でも、アミリア先生のところでも着れるやつ。それで、ナナに買い物に付き合って欲しいなと思うんだ」

 はるかが、私に向かってぱっと笑顔を向けた。

「まぁそれは建前で、駿太も誘って久しぶりに3人で遊びに行きたいと思ったんだけどな!」

 黒髪を揺らしてうんっと頷くはるか。

 私は、すっとはるかから視線を外した。

 ……こういう、こちらの事情もお構いなしに強引に私たちを引っ張りまわすところも、遼と同じだ。

「……別にいいけど」

 私は顔を背けたまま視線だけをはるかに向けた。

「でも、その前に着替えた方がいいよ、その服。まだ制服の方がマシかな」

 私はふうっと息を吐いて腕組みをすると、はるかの服装に視線を落とす。

 はるかは、うっと身を強張らせる。

「そ、そうなのか……。俺的には、これがしっくりくるんだけどな……」

 目に見えてしゅんっとしてしまうはるかに、思わず私はふっと笑ってしまった。

 ……今日のところは、まぁ、あまり思い悩むのも止めておこうかと思う。

 不本意ではあるけど、はるかと駿太と一緒にいるのは楽しくない訳ではなかった。

 気晴らしに、少し外に行くのも良いかもしれない。




 案の定特にする事もなく家にいた駿太を捕まえ、私たちは電車で二駅向こうにある大型ショッピングモール、フローレスタに向かう事にした。

 最寄りの駅からは連絡バスというものもあるのだけれど、私たちはフローレスタまでのんびりと歩くことにした。今日も晴れていて暑かったけれど、湿度が低くてさっぱりした陽気だったので。

 その道すがら。

 じっとはるかを見ていた駿太が、疑問を口にする。

「はるか、どうして制服なんだ?」

 私と駿太はもちろん私服だったけれど、はるかは私のアドバイスの通り秋陽台高校の制服に着替えていた。

 少し不満そうなはるかに事情を聞いた駿太は、なるほどと呟いた後、真っ直ぐに私を見た。

「だったら、奈々子の服を貸してやっても良かったんじゃないか? はるかは遼なんだから、別に構わないだろ?」

 良いアイデアだろという風にうんっと頷く駿太。

 私とはるかは、むっと顔を見合わせる。

 はるかが私の服を着る?

 もしはるかが遼なら、遼が私の服を着る?

「俺がナナの服を……?」

 私が心の中でそう思ったのと、はるかがそう呟いたのは同時だった。

 そして、私の顔が熱くなるのと、はるかが恥ずかしそうに眉をひそめるのも同時だった。

 服を貸すと聞いて、私は遼が私の服を着ているところを想像してしまったのだ。

 遼が……。

 ……やっぱりありえない!

「な、何言ってるんだよ、駿太! ナ、ナナのだなんて、そんな恥ずかしい事出来る訳ないだろう!」

 私を一瞥してから、はるかが駿太を睨みあげる。

 ……その言い方だと、何だか私が恥ずかしい格好をしてるみたいではないか。

 わーわーと抗議するはるかに対して、苦笑を浮かべる駿太。

 ふざけ合うその姿は、とても数日前に初めて出会った2人の様には見えなかった。

 咳払いをして恥ずかしい妄想を払いのけた私は、気を取り直して腰の後ろで手を組むと、少し歩調を緩める。そして2人から少し距離を取ると、その背中をじっと見つめる。

 浮かんで来るのは、あのアンティークなドレスを着込んだアミリア先生の言葉だった。

 ……やっぱり、そうなのかな。

「ナナ、大変だ!」

 きょろきょろと私を探したはるかが、元気よくこちらに駆け寄って来る。そして、体当たりするような勢いで、私の隣に並んだ。

 物理的な意味だけではないその距離の近さに、私は少しだけドキリとしてしまう。

「この姿になってわかったんだが、駿太はデカすぎる!」

 ニカっと笑うはるか。

「酷いな、おい!」

 今度は駿太が抗議の声を上げた。

「ナナもそう思うだろう?」

 同意を求めてくるはるかに、私はんっと頷いた。

「そんなの、当たり前でしょ。やっと気が付いた?」

 私はふっと笑ってから腰に手を当て笑う。

 そうして騒いでいるうちに、私たちは目的地であるショッピングモール、フローレスタに辿り着いた。

 フローレスタは、国道沿いに広大な駐車場と一日でも周っていられる広い売り場面積を誇る巨大商業施設だ。多分秋野市も含めて、県下一番の規模と言ってもいいかもしれない。

 私たちが中学になってから出来た新しいお店で、お休みの日ともなると、市外からも沢山人がやって来る。

 私の周囲のみんなも、買い物とか遊ぶ場合とか、何かというと集まるのはここ、フローレスタになっていた。

 今日も、見える範囲の駐車場は車でびっしりだった。

 アスファルトの照り返しと車の熱気で暑いだけなので、私たちはさっさとお店の中に入ってしまう事にする。

 中は、予想通り親子連れなんかで人がいっぱいだったけど、クーラーが効いていて心地よかった。

 3階まで吹き抜けのガラス張りの天井と、緩やかにカーブを描く先の見えない長い通路。それに、その左右にぎっしりと並ぶ様々な品物が並ぶお店。お客さんと店員さんの人いきれ、天井や2階、3階の通路など、いたるところから垂れ下がる広告幕や煌びやかな飾り付け、それぞれの売り場から溢れる色とりどりの商品の山など、相変わらずの光景に、私は軽い目眩を覚えてしまう。

「腹減ったから、何か食べようぜ」

 容姿に似合わない男口調でそう告げたはるかが、勝手知ったるという様子で2階のフードコートに向かって歩き出した。

「俺はラーメン食うかな」

 駿太がその後に続く。

 ……出て来る時に、駿太はもうお昼ご飯を済ませたと言っていたのに。

 ざわざわと賑わうフードコートで時間を費やした後、どこを覗きに行こうかと言い出したはるかを、私は半眼で睨み付けた。

「私服、買うんじゃないの?」

 一瞬きょとんとするはるか。

「あ」

 はるかは、しかし直ぐに、ふわりと黒髪を揺らし、ぱっと輝く様な笑みを浮かべた。

「ああ、忘れてた。ナナと駿太とこうして過ごすのが久しぶりで、楽しくて!」

 ぱんっと手を合わせ、本当に楽しそうに、そして嬉しそうに笑うはるか。

 トクンと胸が鳴る。

 それは、同性でも見惚れてしまう様な可愛らしい素敵な笑顔だった。

 しかし。

 私はその顔に、遼の面影を見てしまう。

 固まったまま、じっとはるかの顔に見入ってしまう。

 はるかがんっと怪訝そうに首を傾げて初めて、私ははっと我に帰った。

 同時に、私たちが囲んでいたフードコートのテーブルがガタンと鳴った。駿太が食べていたラーメンのどんぶりが、がちゃんと音を立てる。

「おっ、わ、悪い」

 テーブルに体をぶつけたらしい駿太が、慌てた様に声を上げた。

 どうやら駿太も、はるかの表情に見入っていた様だ。もしかしたら、私と同じ様にその笑顔に遼を見ていたのかもしれない。

 何だか駿太の顔は、真っ赤になってしまっている気がするけれど……。

 フードコートを出た私たちは、やっと本来の目的である衣料品が並ぶコーナーへと向かった。

「アミリア先生がさ、スカートしか許してくれないんだよな。言葉使いとか立ち振る舞いとか、女の子らしくしろってうるさくて」

 駿太にそう説明しながら、はるかと駿太は夏物が並ぶ紳士服コーナーに入っていく。

 それを見送ってから、私はあっと小さく声を上げた。そして、慌てて2人を追い掛ける。

「はるかの服買うなら、女性物の方でしょ」

「あ……」

 大特価のトランクスを手に取ろうとしていたはるかが、ばっと振り返り、私を見た。

 今度は私とはるかが並んで女性もののコーナーに向かった。

「でもさ、サイズが合えば、男物でもいい訳だろ?」

「そうだけど、色々買い込むなら、きちんとした物の方がいいよ。別にスカートじゃなくてもいいから」

 私は、少し不満そうなはるかを横目で見る。

 ボーイッシュなコーデというのももちろん悪くないと思う。しかし、女の子というのはそれだけでは済まないものなのだ。それに、女性らしさを求めて来るアミリア先生のところで着る私服なら、きちんとした女性物の方が良い筈だ。

 多分、はるかはそこを忘れているのだろう。

「そんなものなのか」

 一緒に夏物のパンツを選びながら、はるかが私の方へと笑顔を向けた。

「やっぱり頼りになるな、ナナは。相談してよかった。女子の先輩として、よろしく頼むよ」

 うんっと頷くはるか。

 私は、はるかから視線をそらしながら、「私にわかる事なら……」とぼそりと答える。

 ……こういう風に頼りにされるのは、正直嬉しいと思う。

 こそばゆいというかなんというか……。

 今まで一緒にいたのが遼と駿太だったから、女の子らしいファッションとか可愛いものの話をする機会はほとんどなかった。莉乃みたいな友達はもちろんいたけれど、私の生活のベースは、やはり遼や駿太に合わせたものだったのだ。

 あれこれと聞いてくるはるかに答えている内にだんだんと調子に乗って、私はあれもこれもと色々な服を勧めていく。

 はるかは女の子らしくて綺麗だから、似合いそうな服が沢山ある。

 さらに、服だけでなく小物も選ぶ。

 女子として生活していくには、最低限必要なものが沢山あるのだ。

「そういえばさっき駿太とトランクス見てたけど、下着もないの?」

 私は選んだ服を両手に持ちながら、女性もの下着コーナーの方へと向かった。

「うん。そうだけど、それは……」

 後ろではるかが、少し慌てた様な声を上げた。

「ナナ、それはいいよ。母さんに頼むからさ……」

「何言ってるの。ついでじゃん」

 既に駿太は買い物に飽きたのか、売り場の外のベンチに座っている。あまり放置するのも可愛そうなので、ぱぱっと選んでしまわないと。

 そのまま下着売り場に足を踏み入れ様とした瞬間、くいっと私の上着の袖が引かれる。

 振り返ると、顔を赤くして視線を逸らしたはるかがいた。

「ナナ、その、俺もこんな姿だけど、中身は俺な訳で、そのナナと一緒だと、いや、なんて言うか、ちょっと恥ずかしい……」

 制服姿の黒髪の少女が、頬を上記させながら、最後の方は消え入りそうな声でそう告げる。

 何でそんなに恥ずかしそうなのか。

 一瞬考え込んでから、私はうっと身を強張らせた。

 はるかは、遼だということになっている。

 真偽はともかく、はるかが遼なら、私は遼に女の子用の下着を勧めようとしていたのだ。

 あの、遼に……。

 みるみるうちに自分の顔が熱くなっていくのがわかる。

 うぐぐぐ……。

 私としては遼には遼として、男子としていてもらいたい。はるかが遼だというのなら、はるかにはあんまり女の子でいてもらいたくないというか、遼が女の子化するのは防ぎたいというか……。

 それなのに、私はついついはるかを普通の女の子として扱ってしまった……。

 ……ん?

 でも実際にははるかは女の子なのだから、はるかが遼だというのを認めないのなら、それも正しい、のか……?

 うぐぐ。

 うううう……。

 わ、わからない……。

 私とはるかは、お互い恥ずかしさで顔を赤くしながら、気まずい空気の中で沈黙してしまう。

「と、とりあえず買う分の会計を終わらせようか」

 はるかが、気持ちを切り替える様に明るい声を上げる。

「うん、そうだね……」

 私も、それに合わせてこくこくと頷いた。

 レジで袋に入れてもらうと、あれもこれもと買い過ぎてしまったのか、私たちが選んだ商品は、なかなかの荷物量になってしまった。

 私はその紙袋やビニール袋をうんしょと両手に持ち、はるかが支払いを済ませるのを待つ。

「悪いな、ナナ」

 会計を終わらせたはるかが、ふわりと制服のスカートを揺らしながら駆け寄って来た。

「重いだろ。悪かったな、俺が持つから」

 はるかはそう言うと、さっと私から荷物を奪った。

「終わったか。あ、はるか、俺が持つから」

 そこへ、のそりと現れた駿太がはるかから荷物を奪う。

「なんだよ、駿太、気が効くな。でも、そういう気は俺じゃなくナナに遣えよな!」

 ニカっと悪戯っぽく微笑んだはるかが、駿太の肩をペチペチと叩いた。

 少し恥ずかしそうに私を一瞥した駿太が、むっと押し黙る。

 ……何故そこで私が出て来るのか。

 それにしても、はるかの中身が遼だという疑惑がなければ、はるかと駿太は本当の恋人同士に見えなくもない。

 私はふっと溜息を吐き、2人に合流した。

 それにしても、私はこれから、この久条はるかとどう接して行けば良いのだろうか……。

 中身が遼で、でも身体は女の子で……。

 私は、楽しそうに駿太と話しているはるかの顔をそっと盗み見た。

「あ、俺少しトイレ行って来る」

 恥じらいも何もなくそう宣言したはるかが、ぱたぱたとトイレに向かって行く。

 はっとする。

 はるかが向かったのは、明らかに男子の方だった。

「はるか!」

 私は声を上げ、慌ててその黒髪の少女の後を追い掛けた。

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