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第4話 告白

 ざわざわと賑わう朝の教室。

 私は自分の席にカバンを下ろし、ブレザーを脱いで椅子に掛ける。そして胸元のリボンを少しだけ緩めてシャツのボタンを外し、そっと中に風を送った。

 ふっと息を吐く。

 まだ四月だというのに、今日は朝から夏みたいに暑かった。

 席の近い子と「今日は暑いねー」と愚痴を言い合いながら少し休憩していると、タタタっと軽い足音がこちらに近付いて来る。

 いつも通り莉乃か明穂かなと思うが、違った。

 ブレザーの前のボタンを全部留め、きちんとリボンも着けた久条はるかさんだった。

「おはよう、ナナ。何だか疲れてるな。大丈夫か?」

 私の席の直ぐ傍に立つと、椅子に腰掛けるこちらを覗き込む様にしてにやりと悪戯っぽく笑う久条さん。

 艶やかな黒髪がはらりとこぼれる。シャンプーの良い匂いが、ふわりと漂う。

「……おはよ」

 私が短くそう応えると、輝く様な笑顔を浮かべた久条さんが、小さくうんっと頷いた。

 先日帰りに待ち伏せ、もとい一緒に帰る機会があってから、久条さんはこうして私に親しげに話し掛けて来る様になった。

 久条さんが転入して来てまだ数日だけど、今では何だかんだですっかり一緒にいる時間が多くなってしまっていた。

「あ、おはよー、はるかちゃん!」

「はるかさん、おはよう」

 莉乃と明穂が、私と久条さんに合流する。

 久条さんはにこりと微笑むと、2人に向かって丁寧に頭を下げた。

「おはようございます、2人とも」

 ……そして、私の時とは明らかに違う調子で挨拶をする。

 一緒に帰ったあの日以来、久条さんは誰もいないところで私に対する時のみ、男子の口調で話し掛けて来る。

 その時の一人称は、俺だ。

 少なくとも私は、久条さんが私以外の誰かと男口調で話しているところを見たことはなかった。

 実は久条さんは不良で、私が絡まれているとかたかられているとか、そういう訳でもないのだ。

 普段は大人しくて上品なお嬢様をしている久条さんだったけど、その男子口調の時は砕けた、よりフレンドリーな調子になり、何かを期待する目でじっと私を見つめてくる。

 あの一緒に帰った日だって、私の中学3年の頃の話を色々聞きながら、久条さんは目を輝かせてこちらをじっと見つめていた。

 電車に乗っている間も家に向かって歩いてる間も、久条さんは何かを期待する様にそわそわと落ち着かない様子だった。まるで、私が何か言うのを期待しているみたいだった。

 でもそのまま何が起こる訳でもなく別れなければならない地点まで来ると、久条さんは明らかに落胆した様子だった。

 久条さんが唐突に一緒に帰ろうと言って来た理由も何故男子みたいな態度を取るのかも、今のところ私にはさっぱりわからなかった。

 私は頬杖を突きながら、いつの間にかそこが定位置であるかのように私の隣で莉乃たちと親しげに話し込んでいる久条さんをそっと見上げる。

 ……うーむ、良くわからない。

 話題は、いつの間にか秋野市のおすすめスポットの話になっていた。こちらに来たばかりの久条さんに、町の良いところを紹介しようという話になったらしい。

 話を聞いていると、久条さんは秋野市のことを良く知っていた。

 久条さんの住んでいる場所が、私や駿太たちの住んでる場所から日置山を挟んだ向こう側の古い住宅地だということも驚きだったけれど、地元民しか知らない様な事をあれこれ知っているのにもびっくりだった。

 まるで、以前この町に住んでいたことがあるみたいだ。

「そう言えば、月見アーケードのお好み焼き屋さん、無くなったよねー」

 美味しいもの巡りの話から、明穂がそんな事を口にする。

「そうそう」

 私はうんっと小さく頷いた。

 確かにあの店は私のお気に入りだったので、残念だ。

 私が遼の事で塞ぎ込んでいる間に、いつの間にか無くなってしまったのだ。

「えっ、本当ですか?」

 どうやらそんなマイナーな店も知っていたらしく、久条さんが驚きの声を上げる。

「……あそこ、ナナが好きだったよな」

 そして不意に体を屈めた久条さんが、ふっと私の耳元に顔を近付けてそう囁いた。

 久条さんの甘い香りが、ふわりと広がる。

 私は、ドキリとして久条さんを見た。

 なんで私のお気に入りの店まで、久条さんが知っているのだろうと思ったのだ。

 ばっと横を見た私の顔の直ぐ側に、久条さんの顔があった。

 思わず私たちは、数瞬の間至近距離で見つめ合う。

 ……長い睫毛ときめ細やかな白い肌。それに透き通ったやや色素の薄い瞳。

 やっぱり久条さんは、綺麗だな……。

 私がそんな事を考えている一方。

 目の前の九条さんの顔が、ゆっくりと驚きの表情に変わって行く。そしてとうとう、ぼんっと音が出たのではないかと思える勢いで真っ赤になってしまった。

「うっ、ナナ!」

 一瞬の間の後、上擦った声を上げて勢い良く体を離す久条さん。白い肌を上気させて、うきゅっと唸り声を上げている。

 それを私は、何が起こったのか直ぐには理解できず、椅子に座ったままんっと首を傾げて見上げていた。

 ……女子同士で少し顔が近いだけなのに、何をそんなに慌てているのだろう?

 ぐいぐいといつの間にか間合いを詰めてくる久条さんにしては、反応が可愛らし過ぎる。俺、を隠しているみたいに、また演技をして私をからかっているのだろうか。

「あらあらまあまあ、これはこれは!」

 そんな私たちを見ていた明穂が、パアッと輝く様な表情を浮かべて嬉しそうな声を上げた。

「ふーん。転入生に興味ないとか言ってて、いつの間にか2人は仲良しなんだー。はるかちゃんもナナって呼んでるしー」

 莉乃の方は腕組みしながら、半眼になって私と久条さんをじっと睨み付けていた。

「ち、違うんです! ナナ……水町さんと仲良しなのは違わないんですけどっ!」

 久条さんが少し恥ずかしそうに弁明を始める。

 私はそっと溜息を吐きながら、そんな久条さんや莉乃たちへと視線を送った。

 どうやらしばらくは、この転入生の関係で賑やかになりそうだなと思う……。




 今日の4限目は体育だった。

 四月のこの時期、体育はクラスの結束を高める為という名目で女子はバレー、男子はサッカーという事になっていた。

 3限目が終わると、私たち女子はみんなでぞろぞろと体育館にある更衣室へと向かった。ちなみに男子は教室で着替える。

 座ってばかりで眠くなる授業よりも体を動かせる体育の方が良いのだけれど、体育館内の蒸し暑さと汗まみれになるのは女子的には嬉しくない。

 そのため自然と皆んなの話題は、体育面倒だねーというものになってしまう。

 救いなのは、今日の体育が4限目だという事だ。

 後がお昼休みだから、汗を拭くのも髪型を整えるのにも若干余裕がある。普通の授業の間では、到底時間が足りなくていつも大変なのだ。

 秋陽台の一年女子体育担当の斎藤先生は幸い女の先生で、私たちの事を良くわかってくれていた。終わり時間など色々と融通してくれるので、まだ助かってはいるのだけれど……。

 更衣室に入ると、私は莉乃や明穂とロッカーを確保し、早速固まって着替えをはじめる。

 クラスの女子たちも、わいわいと体操着に着替え始める。

 女子が集まればファッションとか恋愛とか芸能人とか色んな話題のおしゃべりが止まらなくなるものだけど、私たちに理解のある斎藤先生と言えども、ダラダラと遅刻するのを許してくれるほど甘くはない。

 私はさっさとブレザーを脱ぐとハンガーに掛け、リボンを外すと、ぱさりとスカートを落とした。そして、体操着入れから取り出した学校指定の紺のハーフパンツを穿く。続いてシャツのボタンを外し始めたところで、私はふと手を止めて眉をひそめた。

「……莉乃」

 低い声で隣に声を掛ける。

「莉乃、そんな格好でウロウロしない」

 隣のロッカーを使っている莉乃は、なんの飾り気もない無地のスポブラとショーツ姿のままで、更衣室の入り口の方をきょろきょろと窺っていた。

 高校生にもなって、人前で下着でうろうろするなんて、はしたない。

 しかし私の忠告を聞き入れず、莉乃はそのままの姿でてててっと駆け出すと、直ぐに久条さんの手を引いて戻って来た。

「久条さん、ここのロッカー使って。わからない事は私とナナが教えてあげるから!」

「あ、えっと、はい、ありがとうございます……」

 にこりと微笑み、久条さんに私の隣のロッカーを勧める莉乃。

 久条さんは恥ずかしそうにちらちらと莉乃を見ながら、頭を下げた。

 どうやら久条さんは、更衣室に入ってからロッカーに向かう事もせず、体操着の入った巾着を抱き締めたまま顔を真っ赤にして固まっていたみたいだ。

 どのロッカーを使っていいかわからなかったのだろう。

 莉乃は、人一倍そういう困っている人に気がつける優しい子なのだ。

 私の左右で、莉乃と久条さんが着替え始める。

 久条さんは、しかし頰を上気させ緊張した面持ちのままで、周囲をちらちらと窺っていた。周りが気になる様で、そわそわと何だか落ち着かない様子だった。

「久条さん、大丈夫? 気分悪いなら、休んだ方がいいよ」

 私は体操着の上を取り出しながら、隣の久条さんにそっと声を掛ける。

「ああ、ナナ、えっと、その、だ、大丈夫だから……」

 莉乃たちもいるのに、普通に男言葉になっている久条さん。

 ……何でそんなに動揺しているのだろうか?

 私は訝しみながらもシャツを脱ぐ。莉乃とは違うけれど、こちらもあまり飾り気のないパステルブルーの下着姿になると、続いて体操着を着ようとした。

 その瞬間。

「わわっ!」

 突然、隣で久条さんが悲鳴を上げた。

 びくっとしてそちらを見ると、久条さんと目があった。

 大きな目をさらに大きくした久条さんは、真っ直ぐに私を見つめていた。その視線が、吸い込まれる様に私の胸元に注がれる。

 そして次の瞬間。

 久条さんの顔が、今まで以上に真っ赤になる。

 私はんっと眉をひそめる。

 いくら同性でも、そうまじまじと胸元を見つめられてはさすがに少し恥ずかしい。あまり大きい方でもないし……。

「えっと……」

 私が困った様にそう呟くと、久条さんがはっとした様に身を震わせた。そして、バネで弾かれたみたいに勢いよく後ろを向いてしまった。

 長い黒髪が、その動きに合わせてふわりと流れる。

「……どうしたの?」

 私は少し呆気に取られながらそう尋ねるが、久条さんはふるふると髪を揺らして首を振るだけだった。

「ご、ごめん……いや、そうじゃなくて、馬鹿、ナナ! その、ふ、服着ろ、服!」

 混乱した様子で、小さな声でそんな事を口走っている久条さん。黒髪が揺れるたびに覗く耳の先が、真っ赤になっていた。

 服を着ろって、今その着替えの真っ最中なのだけれど……。

「体調、大丈夫なんだったら早く着替えた方がいいよ。先生に怒られるよ」

 私は溜息交じりそう告げると、体操着に頭を通した。

 更衣室ではもじもじしていた久条さんだったけど、いざバレーの試合が始まると、クラスの皆んなを驚かせる大活躍振りだった。

 長い黒髪をポニーテールにまとめた久条さんは縦横無尽にコートを駆け回り、まるで1人で敵チームを相手にしている様だった。

 明穂や他のクラスメイトからは、驚きと賞賛の黄色い声が上がっていた。

 勉強が出来るというイメージとお淑やかなお嬢さまを思わせる外見から、皆んな勝手に久条さんにインドアなイメージを持っていたのだろう。だから、アクティブに動き回るその姿が意外だったのだ。

 私もそんなイメージを持っていた1人だった。

 でも私には、歯を食いしばって際どいボールをレシーブしている久条さんのその姿は、どこかヤケクソ気味に暴れている様にも思えた。

 動き回っているからだろうけど頰をほんのり上気させた久条さんは、プレイの合間、ちらちらとこちらを窺っていた。でも私と目が合うと、慌てた様に視線を外してしまうのだ。

 それは、体育の授業が終わった後も一緒だった。

 久条さんはそれまでと同様にちらちらとこちらを窺ってはいたけれど、お昼休みも5現と6現の間の休みも近付いては来る事はなかった。

 他のクラスメイトから話し掛けられれば明るく応えている様だったけど、それ以外の時は、むむむっと何か思い悩んでいる様子だった。




 今日の授業が全部終わり、放課後になる。

 帰りのホームルームも終了し、部活に行く者や帰宅部のみんながばらばらと教室を出て行く。1日が終わった解放感と共に解き放たれた生徒たちにちよって、校内全体がざわざわとした喧騒に包まれる。

 これから夜に向けて、まるで1日を通じて温められた校舎が冷えて行く様に、生徒たちの下校に合わせて校内は静かになって行くのだ。

 暑くて体育もあって今日は疲れてしまった。

 本当はさっさと帰ってしまいたかったけれど、今日の私は廊下の掃除当番だった。

 同じ当番の子たちと協力して、手早く廊下を掃いていく。

 掃除は面倒だけど、それでさぼっていてはいつまでたっても終わらない。こういうものはさっさと終わらせるに限る。

 おしゃべりに夢中になっている男子は無視して、他の女子数人とゴミを集める。

 塵取りにゴミを集めて区切りが付くと、私は箒の柄に両手を乗せて体重を預け、ふっと息を吐いた。

 開け放たれた窓から、夕方の気配を孕んだ涼やかな風が流れ込んで来る。緑と土の匂いが混じった少し烟った様な空気が、今日も1日が終わったんだなと思わせてくれる。

 私は、何となく窓の外で揺れる葉桜の並木に目を向けた。その向こうには、既に校舎の陰に入った古めかしい講堂が横たわっていた。

 さて箒を仕舞おうと講堂から目を離そうとした私は、ふとそちらに向かう小径に人影があるのに気が付いた。

 講堂方面は、この時間にはあまり人がいない場所だ。だから余計に目についてしまったのだ。

 別に興味があった訳ではないけれど、何となく目を凝らして見ると、私はそれが見知った人物だという事に気が付いた。

 駿太と……久条はるかだ。

 花壇の淵に腰掛け、足をハの字に開いて項垂れている久条さんを、駿太が気遣う様に見下ろしていた。そしてさらに、その華奢な肩をぽんぽんと叩いていた。

 2人の間には、一見して親しげな雰囲気が漂っている。

 ……ふーん。もうあんなに仲良くなったんだ。

 私はすっと目を細める。

「水町さん、もうお終いにしよー」

 そこに、他の掃除メンバーから声が掛かった。

「あ、うん。今行くっ」

 私は駿太たちからふっと視線を外して教室の方へと戻った。

 掃除道具をしまうと、まだ教室に残っているクラスメイトたちと雑談したり挨拶しながら、私はさっさと下校の準備を始める。

 莉乃と明穂には、待たせるのが嫌だったので先に帰る様に伝えてあった。

 あの久条はるかも今は駿太と一緒だろうし、今のうちに1人でさっさと帰ってしまおうと思う。

 カバンの準備をしながら、私はふっと息を吐き僅かに唇を尖らせた。

 ……でも、あの久条はるかとは、ホントにどういう人なんだろう?

 そんなもやもやとした思いが、胸の内側に燻っている。

 凄い美人さんなのに、その容姿に合わない男子みたいな言葉使いをする久条さん。

 ……そしてそれは、どうやら私だけに向けられているみたいなのだ。

 私があんな子に興味を持たれるポイントなんて、あるのだろうか?

 こちらが混乱している間に、アグレッシブに距離を詰めて来たかと思うと、今日の更衣室での出来事みたいに急に恥ずかしがったり距離を取ったり……。

 駿太の事はどうでもいい。

 むしろ駿太にもお付き合いしてくれる彼女が出来るというなら、姉貴分としては応援してやるべきだろう……。

 でも、やはりどうしても気になる。

 私はカバンを手に取りスカートを揺らして、教室を出る。

 別に私が気にする事じゃない。気にしてもしょうがない。

 でも、何故か気になってしまう。

 ……駿太の事、だけじゃない。

 あの久条はるかという人の存在が、いつの間にか私の胸の奥で大きくなっている。

 ……その自覚は、一応あった。

 久条さんの笑顔。ふと見せる表情。ちょっとした仕草。

 そういったものに接すれば接するほど、胸がぎゅっと締め付けられる気がするのだ。何か大切なものに接している様で、少し、少しだけ、切なくなってしまうのだ……。

 ……何で私が。

 私はふんっと息を吐き、小さく首を振る。そして、少し大股気味に勢いよく廊下を進む。

 そして角を曲がって昇降口に向かおうとして瞬間。

「奈々子!」

 昇降口に続く階段の下の踊り場から、低い声が響いた。

 私はむっと眉をひそめる。

 そこには、先ほどの講堂前から戻って来たところなのだろう、駿太が立っていた。

「ちょうどいいところにいた。奈々子、ちょっと一緒来てくれないか?」

 安堵したという様に、私に向かって笑顔を向けて来る駿太。

「りょ……はるか、いや、久条さんが話があるみたいなんだ。悪いが俺と一緒に来てくれないか?」

 はるか。

 もう下の名前で呼び合っているのか。

 ……まぁ、私も既にナナ呼ばわりされているのだけれど。

 しかし、私に話とは何だろう。

 まさか、駿太と付き合う宣言でもされるのだろうか……?

「奈々子。その、大事な話なんだ」

 駿太が低い声でそう告げる。

 いつもニコニコと微笑みながら私と遼の後をついて来ていた駿太にしては、珍しく強い調子の言葉だった。

 私は即答せず、むむっと眉をひそめた。

 どうしたらいいのだろうと考えるが、直ぐに答えは出ない。

 私と駿太の間に沈黙が広がる。

 そのまま返答しないでいると、待ちきれなくなったのか駿太がずかずかと階段を駆け上がり、私のもとに近付いて来た。そして、ごつごつとした大きな手でがしっと私の腕を掴む、とさっさと歩き始める。

「ちょっと、駿太!」

 抗議の声を上げるが、駿太は答えない。

 予想以上に強い駿太の力に、私は少しどぎまぎしてしまう。中学の頃よりもずっと、駿太の力は強くなっているみたいだ。

 強引に私を引っ張りながら、駿太は校舎裏の講堂の方へと向かった。

 校舎の陰に入って既に薄暗くなっている講堂の周りには、人影は殆ど無かった。ゴミ捨ての後だろうか、ゴミ箱を手にした上級生の女子と一度すれ違っただけだった。

 その先輩は、何事かといった感じでこちらをじっと見ていた。

 駿太は講堂前できょろきょろと周囲を窺ってから、私の手を引いたままその側面へと回り込んだ。先程私が廊下から駿太と久条さんを見掛けた場所よりも、さらに奥まった方向だ。

 そこは、少し不思議な雰囲気の場所だった。少なくとも、入学以来私が来たことのない場所だった。

 レンガ敷きの小径の先に、緑の芝生が敷き詰められたちょっとした広場があった。

 右側は手入れの行き届いた生垣が並び、その前に色取り取りの花が咲く花壇が広がっている。正面には2本の大きな木が並んでいて、夕方の微風にさらさらと葉を揺らしていた。そして左手には、講堂の木製の壁面と、その裏口に続いているコンクリートの階段があった。

 周囲を講堂と生垣に囲まれたその小さな広場は、未だ夕日に照らされていた。

 校舎や講堂のどこかに光が反射しているのか、この広場にだけ光が降り注いでいるのだ。

 その教室の半分ほどしかない広場に、久条はるかさんがいた。

 講堂に続く階段に腰掛け、立てた膝に軽く組んだ腕を乗せながら軽く俯き、目を瞑っている。

 私は、思わず軽く息を呑む。

 降り注ぐ光に照らされたその姿は、素直に綺麗だなと思ってしまったのだ。

 私と駿太は、しばらくその姿に見惚れてしまう。

 そのまま何秒、何分程固まっていただろうか。

 ふと我に帰った私が握られたままの腕をぶんっと振ると、駿太がはっとした様に手を離した。

「わ、悪い……」

 強引に私を引っ張って来ておいて、今更恥ずかそうに顔を赤くする駿太。

 私は熱くなるほどぎゅっと握られた腕をさすりながら、駿太を横目で睨んだ。

「……で、話って何?」

 低い声で問う私に対して、答えは駿太からではなく別方向から飛んで来た。

「……あれだけヒントを出してたのに、ナナが全然気が付いてくれないからな。本当の事、告白しようと思うんだ。その、このままだと、俺の心臓が持たない気がするし……」

 苦笑交じりの透き通った声が響く。

 その声の主、久条はるかは、ゆっくりと立ち上がると私と駿太の方に向き直った。

 大きな瞳が、真っ直ぐに私を見据えている。

 降り注ぐ夕刻の光が、彼女の輪郭を黄金に輝かせる。

「ナナ、聞いて欲しい」

 久条さんの声に、真剣な響きが混じる。

「俺の本当の名前は、宮下遼。駿太とナナ、お前らの幼馴染の遼だ」

 ……遼?

 私は、目の前に立つ久条はるかさんが何を言い出したのかわからなくて、きょとんとしてしまう。

「改めて、久しぶりだな、ナナ。また会えてよかった」

 遼とは似ても似つかないその黒髪の少女は、どこかすっきりした様子で輝く様な笑顔を浮かべていた。

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