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sacrifice  作者: ラリクラリ
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side:B

「トゥメル、ご飯だよ」


声を掛ければ黒い巨体がのそりと起き上がる。ギラギラ輝く金の瞳が僕を見付け、地鳴りの様な唸り声が喉から響く。今日もご機嫌斜めらしい。


「そんなに怒らないでってば。何にもしないから」


どうも警戒されているようで、僕が近付くと思い切り威嚇してくる。


「ほら、ご飯食べよう、ね?」


厚切りのステーキを差し出せば、そちらに目が釘付けになった。いつもの事だけど、単純で可愛い。

食欲に負けたトゥメルは、唸り声は変えないまま、檻の隙間から差し入れたお皿にがっついた。銀色の鬣をこっそり撫でてみる。冷たい金属の感触に、つきりと胸が痛んだ。


僕には幼馴染の親友がいた。悲しい事に、過去形だ。僕は今でも彼を親友だと思っているけれど、彼が僕を現在どう思っているかは定かでない。僕らの関係は、森に置き去りにされている赤子の彼を、僕の祖父が拾ったのが始まりだった。僕らは兄弟のように育てられ、仲はとても良好で、本当の兄弟のように思ってもいた。因みに彼曰く、彼が兄で僕が弟らしい。僕もそれで良いと思う。

彼はとても頭が良くて、要領の悪い僕を何時だって助けてくれた。僕はどうも人と感性がずれているようで、彼が言うところの貧乏クジをしょっちゅう引きあてた。その度に、彼は呆れ返りながらも僕を手伝ってくれたものだ。本当に、感謝している。

ある日、王都から偉い神官様がやって来て、僕が勇者だという神託を授かったと仰られた。僕は訳が分からないまま仕度をさせられて、王都に連れて行かれた。彼を連れて行くようにとの神託も降っていたらしく、彼も一緒に。今思えば、僕は何としても彼を置いて行くべきだったんだろう。

王都に着いてからも大変で、僕は騎士さんたちに鍛えられ、毎日くたくたになるまで扱かれた。彼は僕の世話を焼きながら、空いている時間はひたすら知識を詰め込んでいたらしい。旅に出てからは彼の知識に大変お世話になった。地図を読むのも備品を用意する段取りも、全部彼任せだった。彼を連れて行くべきではなかったと言ったけれど、それでも彼が居なければ旅は成り行かなかったに違いない。因みに、彼は料理も上手だった。ミニアもラティシアも包丁を握らせてはいけないタイプだったから、彼が居なかったら僕らの旅の間の食事情は悲惨な事になっていただろう。尚、僕の得意料理は焼肉だ。

僕らの旅は順調だった。だから、真実に気が付くのも早かった。魔王に封じられた神殿を解放して神の祝福を受け取る度に、僕の姿は変わっていった。魔王と戦うために必要なのだと言われても、人間とかけ離れていく我が身は受け入れ難かった。

最初の変化は髪と目。長く伸びた髪は鉄の色に、瞳は金に変わり、縦に裂けた瞳孔がお前は人間でないのだと主張していた。

次の変化は翼。背中の皮膚を突き破って生えた翼には皮膜が張っていて、まるでお伽話の悪魔のようだと思った。

その次は左腕。歪に膨らみ、頑丈な黒い鱗がびっしりと覆っていた。指先に生えた爪は魔物の肉を容易く切り裂き、けれど不用意に振り回せば仲間ですら傷付けた。

僕の異形化が進む度、彼は一人涙を零し、暗い表情をすることが多くなった。様子が変わったのは、世界中の知が集うと言われる夢幻図書館に赴いた後。彼は、一日一日をとても大切にするようになった。それまでもその傾向はあったけれど、より一層顕著に感じられるようになったのだ。僕はてっきり、僕が居なくなるまでの時間を大切にしてくれているのだと思い込んでいた。何処かぎこちなさを孕んでいた距離が元に戻ったことに浮かれていて、彼が本当に考えていたことを見落とした。逆だったんだ。彼は自分が居なくなる覚悟を決めて、最期の時までを懸命に生きると決めたのだ。

今でも夢に見る。僕がもう人の世には戻れぬからと、姿を眩ませようとしたあの日。彼は、僕に対して禁呪を使った。魔力はあっても魔法の適性はない筈だったのに、まるでそうある事が当然のようにあっさりと、彼は生まれて初めての魔法を成功させて、そして声もなく泣いていた。その時に、漸く僕は知ったのだ。僕らの出会いは必然であり、裏で神が糸を引いていたのだと。僕は神を呪った。それで現状がどうにかなる訳ではないと知りながらも、呪わずにはいられなかった。どうしてこんな理不尽な運命を彼に押し付けたのだと、誰よりも幸せになって欲しかった彼が、どうして僕を救う犠牲にならねばならないのだと。いつの間にか気を失っていた僕が意識を取り戻した時、彼の姿はもう何処にもなかった。最後に残った使命感で、可能な限り僕から離れたのだろう。僕を襲ってしまわないように。

僕は人に戻った自分の姿を見て、こんなものの為に彼を失くしたのかと、散々に泣き喚いた。僕らはもっと話し合うべきだった。僕がちゃんと彼を頼り、この姿を受け入れた上で生きる覚悟を決めていれば、彼もこんな無茶をしようとは思わなかっただろう。彼の使った禁呪は、僕から異形の身になる祝福を奪い取った代わりに、彼の心を残していった。彼の心は今、僕の中で眠り続けている。


「早く会いたいなぁ」


呟いた僕を、トゥメルが金の瞳で見下ろす。そこに彼の面影は何一つ感じられない。トゥメル、空っぽの器。生存本能だけで動いている、哀れな彼の成れの果て。彼を取り戻す為には、絶対に欠かせない存在。無傷で捕らえるのにどれだけ苦労したことか。


「もうすぐ、会えるからね」


必要な物は揃った。後は新月を待つだけ。そうすれば、やっと彼に会えるんだ。まず初めに何を言おうか。取り敢えず、ミニアとラティシアがどんなに悲しんでいたかを教えてあげよう。それから、僕がどんなに絶望したかも知ってもらわないと。もう二度と、彼が自分を犠牲にしてしまわないように。


「ねぇ、■■■■」


君の名前、早く呼びたいな。


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