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sacrifice  作者: ラリクラリ
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side:A

ぱらり、ぱらりと、紙を捲る音がいやに大きく感じる。鼻先を擽る埃の匂いは、不愉快である筈なのに何処か落ち着くのは何故なのか。途切れた集中に体を揺らし、凝り固まった首や肩を労わった。その流れで見上げた先、踏み台の上で未だ集中を切らさず本を読み続ける親友の姿が視界に映る。長く伸びた銀の髪は、髪である筈なのに鋼より硬い。左腕は肩の付け根から歪に盛り上がり、黒々とした鱗が生えている。金属をも容易く切り裂く爪は、本を傷付けないようにと今は切り落としてあった。縦に裂けた瞳孔が、忙しなく紙面を上下するのもよく見える。気になる記述を見付けたのだろう度に、背中から覗く翼が微かに開閉するのが何だか面白い。

親友は最初、俺と同じ人間だった。けれどある日、神託とやらで勇者に祭り上げられ、半ば強制的に魔王と戦えと使命を押し付けられたのだ。親友は馬鹿が付くほどのお人好しだったものだから、いつもの気が抜ける笑みを浮かべたまま、不満一つ口にしないまま受け入れた。そうして始まった旅でも、最初の内はまだ良かったと言える。俺は事態の深刻さなんてまるで知らず呑気にはしゃいでいたし、親友も初めて見る村の外の世界を楽しんでた。国から推薦されて仲間になった神官と魔法使いがどっちも親友に気のあるようだったから、お前はどっちが良いんだなんて囃し立てた事もある。今思えばきっと、あの頃が一番充実していた。

雲行きが変わったのは、魔王に封印された神殿を一つ解放した時。親友の髪が長く伸びて色が変わり、目が人間の物じゃなくなった。親友はよく見えるようになって便利だなどと笑っていたが、俺は嫌な物を感じて胸がもやもやした。

不安が増したのは二つ目の神殿。親友の背中から、翼が生えた時。誰もが最悪の予想をして、でも口に出すと本当のことになってしまいそうで怖かった。

決定打になったのは、三つ目の神殿。親友の左腕が、異形のそれになった時。青褪める俺たちを宥めるように、親友は大丈夫だからと繰り返した。何が大丈夫なのかも分からないまま、それでも俺たちは旅を続けている。残る神殿は、後三つ。


「残りの神殿の位置、分かったよ」


「俺は迷いの霧の攻略方法を見付けた」


「流石は■■■■。向こうも何か収穫あったか聞いてこよう」


親友が踏み台を降りて神官と魔法使いがいる方へ向かう。俺も、読んでいた本を持って後に続いた。

変化は、何も見える箇所ばかりではない。本人は気が付いていないのだろう。人の名前が、呼べなくなっていることに。これから先、気付かせるつもりもない。俺は親友が、誰にも知られないようにと、こっそり泣いていることを知っている。神殿を解放する度に人から離れていく自分を、誰よりも本人が怖がっている。当たり前だ。平気な面して受け入れられるような事じゃない。それでも、親友は自分が護りたいものの為に、最後までやり通すのだ。きっと、そんな親友だから勇者なんかに選ばれた。

なら俺は、何なのか。大した力も無いのに、この旅に同行している俺は。窮地に陥っては親友に助けられる度に、どうして足手纏いにしかなれない俺を連れて行くようにとわざわざ神託が下されたのか、ずっと疑問に思っていた。けれど、全ての知が集うと言われるこの場所に辿り着いて、やっと神の思惑を理解した。俺は、親友が世界の犠牲になるのを防ぐ為に選ばれたのだ。俺が、神の思惑を知っても、それにどれだけ嫌悪感を抱いていても、それでもこの企みに乗ると分かっているから。

懐に忍ばせたメモの中身は、親友に気付かれないよう急いで写したとある禁呪。俺にとっては値千金の内容だが、親友に見付かれば間違いなく破棄されてしまう。だって、親友は絶対に許してくれないだろう。親友が受けた祝福と言う名の呪いを、そっくり肩代わりするなんて。おまけに禁呪の代償として、理性すら失うなんてことは。

なぁ親友。俺、お前を助ける為に産まれてきたらしいんだ。両親が俺を棄てた事も、お前の祖父が俺を見付けて育ててくれた事も、この身に宿る莫大すぎる魔力も、俺を旅に連れて行けって言う神託も、全部が全部、お前を助ける為だけに神が用意した布石だったんだよ。神の策略に乗るのは気が進まないが、俺はお前に人並みの幸せを手に入れてほしい。好いた女と一緒になって、平和な世界で笑っていてほしいんだ。それに、お前が化け物になっちまったら、色んな奴が悲しむんだよ。勿論、俺だって悲しい。でも俺が化け物になっても、本気で悲しむのはお前くらいだ。俺は人付き合いが苦手で、愛想も無かったからな。だからさ、どっちが犠牲になるべきかなんて、決まりきってるだろ?


「■■■■、どうかした?」


「いいや、何にも」


願わくば、俺を貫く剣を握るのが、お前でありませんように。


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