雨の日の教室を見上げて
なんでオレはここにいるんだろう?
オレはずっと、存在の意味を考え続けていた。
誰もいない放課後の教室。それがオレの一番落ち着く場所だ。
だから、いつも考え込む場所だ。
ふと椅子に腰掛けた自分の足を見下ろす。
最近の学校らしく、可愛らしいプリーツスカート。
なんでオレはこんなもんを着て、学校になんか来ているんだろう。
オレは、父の愛人の子だ。母はオレを生んで早くに死んだ。何を思ったか、父はオレを引き取って育てた。おそらく、一応の責任はあったのだろう。そう信じたい。
けれど、父の家に住まい始めて、そこはオレにとって針のむしろでしかなかった。
義母は当然、愛人の子なんて無視。周囲も、腫れ物に触るような目。その上、自らオレの身柄を引き受けた父すら、ろくに顔を合わせない。
ならなんで引き取った?
ならなんで生かした?
いっそ、母の後を追えばよかったか、なんて思い始めた頃には、母が死んでからとうに十年が過ぎていた。後追い、という言い訳をするにはあまりに遅すぎる。
でも、なんで生きているのかわからない。
どうして生きていいのかわからない。
せめて母がいれば、オレの存在意義くらいは示してくれただろうに。なんで死んだのか。
答えのない答えを、誰も立たない黒板に求めた。
まあ、黒板が答えるのは、数式や、文章の解説くらい。
人生なんて、描けやしない。
無意味な時間が淡々と過ぎていく。つまらない。
それでも教室にいるのは、
家に帰るのが退屈だから。
家にいるのが窮屈だから。
あーあ。
今日も無意味に溜め息を吐く。
無意味な声が教室に響く。
その後、しんと静まり返った教室の中で、よく耳を澄ませたわけでもないが、ザァァァ、という不可解な音がした。
いや、理解すればさして不可解でもない。
やっば。
雨じゃん。
今朝天気予報見忘れたのが仇になった。まあ、元々そんなん見ないけど。
だいぶ薄暗くなってきた空、雨の降る中傘も差さずに歩く女子高生。想像しただけで笑える。
長くてうざったい──でもなんだか切るに切れない、そんな髪を軽くいじくる。
帰りたくない。
でも、帰らなきゃ騒ぎになる。
雨が止むか、弱まるかくらいまではいてもいいよね。
と、自分に言い訳してみたものの、厭みたらしいほどに厚い曇天が、そう簡単に晴れてくれるわけもない。
っていうか、むしろ強くなってないか?
まずい。
色々な意味でまずい。
ほとんど電話ではなく音楽プレイヤーと化しているケータイを見る。時刻は午後六時半を越え、誰もが夜だと言って否定しないだろう七時へと順調に数字を進めていた。
そろそろさすがに学校を出ないとまずい。
でも、
果たしてオレが帰らずにいて、一体誰が心配するというのだろう?
あ〜
でも、どちらにしろ、学校が閉まる。ならばひとまずここから出るより他ない。その後のことは仕方ない、その後考えよう……
名残惜しく教室を後にし、廊下の窓を未練たらたらと見つめ、あまり進まない足だったが、昇降口に着いてしまった。
まだ雨は降っている。
ザアザアザアザア。
ああ、憂鬱だ。
心の鎖に身を任せ、目の前のロッカーを開かずに立ち尽くし、出口の向こうを見る。きっと目は大変据わっていることだろう。
雨は物好きにも降り続くようだ。
あまりにも鬱々としてきて、気分転換になるかどうかは怪しいが、上方の非常口の緑を眺めた。
……オマエはいいよな。ずっとそこにいられて。そこから動けないし、逃げられないけど、人に「逃げろ」っていう、存在意義があるんだぜ?
そこが、オマエの居場所なんだぜ?
羨ましい。
って、何無機物なんて羨んでいるんだか。
いい加減虚しくなってきた。やめよう。
意を決してこれもまた無機物のロッカーに目を戻す。
いや、正確には戻しかけた。
が。
オレは視界の隅にあり得ないものを見つけて、そちらに目を囚われてしまった。
端的に抱いた感想は、
「何だ、あの馬鹿は」
傘を持ちながらも傘を差さずに悠々と、能天気としか思えぬほどににこにこと、無遠慮に叩きつける雨をシャワーとでも思っているのか気持ちよさげに。
びしょ濡れで歩いていた。
しかも、
一度くぐったであろう校門を再びくぐって、こちらに向かってきた。
こちらとは、昇降口に。
その上そいつはオレに真っ直ぐ向かってきて、「傘忘れたの?」なんて図星を指す。
否定のしようはなかったが、反応できずにいると、「じゃあ、はい」なんて、チェック柄の洒落た傘を押し付けてきた。
雨の女の子の一人歩きは危ないから、気をつけてね、なんて。
それを言うなら「夜」だろ。
押し付けるだけ押し付けて走り去ったやつは非常口のあいつに似ていた。全く、自由なやつだ。
羨ましい。
あまり好きではないローファーを履いて、傘をばさっと開いた。
濡れそぼっていた傘はびしゃっと盛大を飛ばし、ひらひらのプリーツスカートはびしょ濡れ。
あれ? でも案外、気持ちいいかもな。