虹色アパートで待ち合わせ
「大きくなったらナコ姉と結婚する」
誕生日の朝に懐かしく恥ずかしい夢を見て自己嫌悪している。
中学から大学まで女子校に通い30になる今日まで男性経験がない私は告られたのが初めてとはいえ4歳の男の子の顔を鮮明に覚えていたことにショックを隠せない。
誕生日だろうと会社に行かなきゃいけないところが社会人の辛いところだ、幸い明日は土曜日だから帰りにワインでも買って帰ろうなどと考えつつ家から出る。
ちっちゃな二階建てのアパートの二階の角部屋、快速電車は止まらないけど静かな住宅街で私は気に入っている。
階段をカンカンカンと音を立て降りていくと綺麗な女性がアパートにもたれかかっていた、女性は柔らかな笑みを浮かべ「おはようございます」と挨拶してきた、見知らぬ女性からの挨拶に若干の戸惑いを含めた小さな会釈とギリギリ聞こえるぐらいの挨拶を返す。
見かけたことのない人だったけど私が通っていた高校の制服を着てた、あんなに綺麗な上にしっかりと挨拶までできるなんてさぞかしモテるんだろうなぁと思いつつ私は駅まで向かう。
「先輩珍しく気が抜けてますね」
お昼を過ぎお腹も膨れ眠たくなる時間、私は夢に見た男の子のことを考えていた、実家の近所に住んでた子、なんで親同士が仲良くよく家に遊びにきてたたしか名前は飛鳥くんだったはず、私が大学に進学し一人暮らしをするまで私にべったりだったな、シュッとした顔立ちで今頃は高校生になってモテてるんだろうなぁ。
「仕事の虫の先輩が手を止めてるなんて、具合でも悪いんですか」
「聞こえてるわよ」
部下の柏木の頬をつねり返事をする。
「珍しいですね先輩が考え事なんて」
サラッと失礼なことを言われた気がする、と言っても散々仕事優先でやってきたんだから仕方ないか。
「私だって考え事ぐらいするわよ」
「もしかして男ですか」
ニヤニヤと柏木が聞いてくる、そんなわけがないと思ってるからこそにやけているんだろう、つくづく失礼な奴だ。
「えっ本当に男ですか」
びっくりしたリアクションこれで三度目の失礼だ、当たってはいるが内容が内容なだけに絶対に言えない、30のオバサンが昔のしかも子どもに告られたことを夢で見てメランコリックになってるなんて知られたら辞表を出すレベルの羞恥である。
柏木を一喝し仕事に戻る、今日の私はどうかしている、やっぱり仕事が終わったらお酒を飲んで忘れてしまおう。
定時に上がり最寄り駅の近くのスーパーで買い物をして帰る、ワインもチーズも買ってウキウキな気分だ、独り身だろうとたったこれだけで幸せを味わえるんだから人生ってのは安上がりなのかもしれない。
アパートの階段をカンカンカンと音を立て上っていく、ドアの前に誰か座っている、恐る恐る近づくと今朝挨拶を交わした女の子が座っていた。
「おかえりナコ姉」
パァと笑顔を咲かせ立ち上がる、ナコ姉って呼ぶのはあの子だけなはずなのに。
「朝会った時僕のこと気づいてなかったでしょ、今日一日学校で落ち込んでたんだから」
ケラケラと笑いながら話してくる美少女、頭の中で器械体操でも行われているかと思うぐらいに混乱している。
「ナコ姉本当に僕のこと忘れちゃったの?」
上目遣いで不安そうにこちらを見てくる、かわいい。
「……飛鳥……くん」
私も不安一色のまま答えを導き出す、目の前にいる美少女は幼い頃私に懐いていた飛鳥くんなのだ。
「覚えててくれたんだ、嬉しい」
私の不安をよそに笑顔ではしゃぐ、私が男だったらこの笑顔のためなら蓬莱の玉の枝さえも取りに行くだろう。
「僕の方が背が高くなっちゃったね」
フフンと笑いながら私の周りをゆっくり回っている。
「と、とりあえず立ち話もなんだし家に入ろっか」
ワーイと喜び私の後ろにつく、クソッいちいちかわいいな。
「えっと……飛鳥ちゃん?」
「あっ、ちゃん付けだ、どうしたの?」
「私実はずっと貴方のこと男の子だと思ってて、それで今朝会ってもわかんなかったの、ごめんね」
今も頭の中はごちゃごちゃしていてわかっているのかわかっていないのか曖昧な状況なんたけど。
「ううん、思い出してくれたから大丈夫、それよりナコ姉約束覚えてる?」
「約束?」
アホの子みたいに問いかけに対し単語だけで返してしまった。
「大人になったら結婚するって言ったよね、ナコ姉僕大人になったよ」
ジリジリと近づいてくる、やばい目が本気だ。
「ちょっと待って飛鳥ちゃん、私たち女同士だよ」
「そんなのわかってるよ、世間からどう思われようが僕の気持ちを決めるのは僕だから、ずっと待ってたんだよ」
飛鳥ちゃんが覆い被さってきた、このままではマズい。
「待って、私初めてだから」
大声で告白する、隣に聞こえてたらなんて考えてられない。
「嬉しい、僕も初めてだよ」
あぁもうダメだ、と思ったら飛鳥ちゃんは不意に起きあがりニコニコしてる、冗談だったのか?
「10年以上待ったんだもん、ナコ姉の気持ちが落ち着くまで待ってあげる」
助かったのか?心臓がひな壇にいる若手芸人ばりに主張しているのがわかる。
「だから今日はこれだけ」
不意にキスをしてきた、マウストゥマウス、サラッと初めてを奪われた。
「じゃあまた来るね、ナコ姉お誕生日おめでとう」
呆気にとられてる私をよそに部屋から出て行ってしまった。
机の脇に紙袋が置いてあり忘れ物かと追いかけようとしたら知らない番号から着信が鳴った。
「ナコ姉今日は突然押しかけてごめんね、誕生日プレゼント置いてるから、あとこれ僕の番号だから登録しといてねバイバーイ」
雪崩のように言葉が押し寄せてきてびっくりしたがとりあえず紙袋の中を確認してみよう。
中にはワインが入っていた、今日はどんだけ飲んでも酔えそうにないよ。