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妖精に愛された僕  作者: 豆田あんじ
9/32

それが言えたなら苦労はしない

今回はちょっと長めでコメディ色が強くなります。













「っ、おい…」


「ごめん森、ちょっと、待ってて」



呆然とその姿を見送ってしまった森が追いかけようとするのを、智明が即座に止める。


待てといわれた大型犬の如く森は素直にその動きを止める。



「ルル、本当に言ってもいいの?」



小声で再び確認する智明に頭を振るルルは、またしてもどこからか何かを取り出した。


今度は何だろうとじっとそれを見つめると、スマホより一回り小さい封筒のようだった。


ルルは智明に見せ付けるようにその封筒をくるり、とひっくり返してその文字に愕然とする。


表には「ily」、裏にはハートのシールの下に「to s from c」と書いてある。


「ily」とは英語圏のチャットやメールでよく使われる「i love you」の略語である。


そしてこの s と c は森と智明のことで、これはルルの作ったラブレターだと即座に理解する。


何故そんな言葉をルルが知っているのかは、智明がたまに遊んでいる海外のオンラインゲームのチャットを見ているからだろう。


元々ルルは言葉を発さないが、ごくたまに文字を書いて見せることがある。


漢字一文字だったり今回のように英語だったり、毎回決まったパターンはないが普通の文は勿論、単語のみで構成された片言のような文章も表すことはない。


驚いて声も出せない智明に、ルルは羽音を鳴らしながら森の方へと飛んで行った。



「ちょ、待って!」


「えっ、待ってるけど?」



思わず智明がルルを静止しようと森の方へ手を伸ばしながら言ったのに対し、森が自分に言われたのかと思ってほうけたように返す。


その手紙はルルが作ったものだから智明にしか見えないとわかっているのに、それを森に見られたくないと反射的に智明の体が動いていた。


ルルを追いかけようと2、3歩足を動かしたところで智明の履いていたスリッパが、何かを踏んだような感触がしたと思うと体が一瞬宙に浮いた。



「うわっ!」


「智明っ!」



焦ったような森の声が頭の上で聞こえたと思ったら、自分の体に衝撃が来るだろうと身構えた智明の身体は暖かい何かに包まれていた。


固い床に倒れたはずなのに、何故かベッドの上に居るようなふわふわとした感触。


ぎゅっと閉じた瞼を恐る恐る押し上げると、目の前には森のジャージがあった。



「あ、あの…」


「はー、あぶね」



どうやら智明の体を掴んだ森が咄嗟とっさに横にあったベッドに着地したときに、衝撃を抑えるのに抱きしめていたらしい。


いきなりの事故に、心臓の鼓動が激しく打っているのは智明だけじゃなかった。


抱き寄せられた胸に智明の耳が当たり、森の鼓動も同じリズムをとっているのがわかる。


急激にこの体勢が恥ずかしくなり、智明は慌ててその腕から出ようと試みる。



「あ、ありがと、森」


「智明、どっか痛いとこないか?」



頭の上から聞こえる声と、森の胸に当てた耳から響く声が、智明にとってまるで蕩ける様な甘さだった。


こんなに近くから声を聞いたのは、いつぶりだろう。


ずっとこのままで居たいという未練を振り切り、大丈夫、というはずだったのに、智明は森の顔を見て再び固まる。



「お、おい?どっか打ったのか?」



さっきよりサイズが少し縮んだルルの手紙が森の額に貼り付いている上に、ルルが森の頭から顔を出してイシシ、なんて声が聞こえそうな顔で笑っている。


しかも、森の頬のハートはまだ消えていない。


ちょっと、ルル…これ、ひどくない?


これは、どうやっても話せということなのはわかるが、ここまでルルが協力的なのがイマイチわからない。


いずれにせよ、ルルがその存在を教えてもいいと許可したのは、櫂と森だけだ。


それがどうしてこうも櫂の時と異なるのだろう。



「森」


「どうした、どこが痛いんだ?」


「違うよ。森が庇ってくれたから、僕は平気」


「…そっか、よかった」


「森は?」


「何ともないし、智明が無事ならそれでいい」



森の言葉はいつもストレートで、智明の心を温かくしてくれる。


それとは裏腹に、期待をしてはだめだと常に言い聞かせていないと、勘違いをしてしまいそうだから困る。


そうしてやり過ごしてきた智明に、ルルは全てを森に話せと言う。


ルルのことは信じているがもし森が受け入れられなかったら、という不安はどうやっても智明には拭いきれない。



「あの、ね。森」


「ん?」



智明がおずおずと森の名を呼びながらジャージをきゅっと掴む。


昔幼かった頃智明が不安だったりすると、こうして森や櫂の後ろに隠れて服を掴んでいたなあと森は思い出して、思わず甘い声が出た。



「まだ、起きてる?それとももう寝る?」


「うん?いや、どうせ明日休みだし、眠くなるまで起きてるつもりだけど?」


「あ、そうだよね、テレビ見るんだっけ」


「や、別に見たいもんがあるわけじゃねえけど、櫂が起きると面倒だから部屋出ただけだし」



この家で智明が暮らすようになってから、中学に上がるまでは3人一緒の部屋で過ごしていたが、森達の母弓子が智明を一人部屋に隔離した。


自分の息子らがあまりにも智明に構いすぎるせいで、逃げ場を作ってやりたかったのだ。


それに智明の母の智香と昔冗談交じりに話したことが、どうやら現実になりそうだと思ったためでもある。


当然双子の息子達は散々文句を言ったが、母に「あんたたちのことは信用してるけど、思春期の男の子にあまりしつこくすると普通に嫌われるわよ」と言われ、嫌われては元も子もないと渋々引き下がったのである。



「あの、ちょっと話があるんだけど、いい?」


「ああ、いいけど、智明は寝なくていいのか?」


「うん…、僕もさっき夢見て起きちゃったから…」


「また夢かよ?この前もそんなこと言ってたし、お前ちゃんと眠れてるのか?つか魘されてんだろ、それ。なんかあったんじゃねえのか?」



ベッドに体を起こして座りなおすと、森が智明の頬に手を当てる。



「…少し痩せたよなあ」


「き、気のせいだよ…」



触れられた頬から熱が一気に広がるのがわかる。


今が夜中で、光源がベッドのヘッドボードのライトだけで良かったと、智明は心から安堵する。


こんな顔、見られたくない。


いいわけも説明も出来ない想いを森に知られたくない。


なのにルルは話せとせっつくし、智明はやや混乱気味である。


顔の熱と同時に上がる心拍数を誤魔化すように、智明は立ち上がった。



「じゃあ、ドア閉めてくる」


「あ、俺ついでになんか飲み物取ってくるわ。智明は何がいい?」


「じゃあ、麦茶お願いしていい?」


「おけ」



部屋を出て行く森の背中を見送ると、智明はいつの間にか肩に乗っていたルルに意識を戻す。



「ね、ルル。本当に言うの?」



コクコク。


激しく頷くルルにちょっと怯む智明。



「そ、その手紙の、ことも…?」



コクコクコク。


ぱあ、と音のしそうな弾けるような笑顔で、更に激しく頷かれてしまう。


森の額に貼り付いていた手紙は今はルルが大事そうに抱えている。



「…ちょっと、それ中見てもいい?」



若干逡巡してから智明は手紙を指差して言うと、ルルはカマボコのような目をしながら智明にその手紙を渡す。


その表情に智明は少々びびりながら受け取る。


渡された手紙をもう一度見て、智明は溜め息をつく。


宛名も差出人もさっきと変わりがない。


ルルは可愛いのにたまに変なんだよなあ、と思いながら裏にひっくり返してハートの封を開け、中に入っているカードを取り出す。



「ちょ、ルル…」



そこには大きくGO!と書かれた脇に、フェイスブックのイイネ!のような親指を立てたイラストが描いてあった。


がっくりと肩を落とす智明に、ルルはエメラルドの瞳をこれ以上ないくらいキラキラさせている。



「どうしても、い…言わないと、ダメ、なの?」


「なにが?」



いつの間に戻ったのだろう背後からの森の声にびくっと体を震わせた智明は、もしかしたらベッドのスプリングでちょっと体が浮いて見えたかもしれない、と思った。












ルルがこんなキャラだったなんて豆田も知りませんでした…(笑

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