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妖精に愛された僕  作者: 豆田あんじ
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告白 #2

「智明」


「うん?」


「あーん、して」


「えっ」


「ほら早く」


「ええーどうしたんだよいきな…もがっ!」



いきなり櫂にそんなこと言われ面食らった智明が素直に口を開けないので、文句を言おうとした瞬間に頬を掴んで持っていたミントタブレットを放り込んだ。


目を白黒させて口に入ってきた異物をもごもごと舌で転がす。



「あ、さっきのやつ」


「うむ」


「こんな強引な食べさせ方ってないだろ…」


「新鮮だったろ?」


「えどこが?」



悪戯っぽくウィンクをしながらそんなこと言う櫂は、相変わらずかっこいいなあとぼんやり智明は思った。


今時の高校生らしからぬ未だカラーリングを施したことのないきれいな黒髪に、切れ長の一重の瞳が印象的で。


第一印象は少し冷たくストイックな感じがするのに、左目の泣きボクロがそれを良い意味で裏切っていて色気が漂う。


智明の頬を片手で掴めてしまうその大きな手も、高い身長の象徴で櫂との差が20センチ近くある。


こんな風に生まれてたら、僕の人生も違っただろうな。


ちょっと羨ましいを通り越して恨めしい気持ちを込めて櫂を睨むけど、当の櫂はどこ吹く風で智明を眺めている。


智明は肌の色も白くて丸顔で、目はパッチリの二重の上に母親譲りの睫毛バサバサ。


つるんとしたたまご型の輪郭に平均的な高さの鼻。


髪は地毛が亜麻色の猫毛で、ちょっと雨が降ったりすると毛先がくるんと跳ねる。


いかにも女顔というわけではないと思うのに、パーツがいちいち男らしくないところが自分でも嫌になる。


昔智明たちが中学の進路指導を受けるときに、森がもし智明が男子校とか行ったら姫とか呼ばれて襲われそうだから、絶対自分と同じ共学にしろって言ったのを急に思い出してげんなりしてきた。


つーか男に姫はないだろ、いくらなんでも。



「あれ、そういえば」


「うん?」


「智明まだ話の途中だったんじゃね?」


「えーと、なんだっけ?」


「…」


「…」



そうそう、と言いながら思い出した櫂に、智明がそれを忘れていた。



「お前ね、たまにそういうとこあるよな」


「そんなことは…いや、そうかな…」


「まあ、忘れるほどのことなら大したことなさ」


「違うんだよ!」



たいしたことなさげ、と言いかけた櫂を遮って叫んだ智明の顔は、いきなりもう泣きそうになっていた。



「ちょ、どうしたんだよ」


「お風呂!」


「え?風呂?」


「そう、お風呂で泡だらけになったルルが、犬が濡れた体をプルプルってするように、僕の顔のそばでするから僕、ルルの名前呼んじゃったんだよ…」


「ふむ?それで?」


誰もいない早朝の風呂場でちょっと妖精とじゃれていて、名前を呼んだだけなら今のところまだ問題はないようだが、智明の顔はそうじゃないことを語っている。



「そしたらルルが、しーって口に人差し指を当てて、脱衣所のところを指差したから」


「…」


「誰かいるのって…森がお腹壊してまた…トイレにきたって…」


「ばれたのか?」



櫂の問いに智明は横に首を振るが、もう既に涙目になっている。



「その時は大丈夫だったっていうか、でも…僕がお風呂から上がったら森が部屋の前で待ってて」


「うん」


「ルルって誰?って…」


「!」


「風呂場に誰かいたよな?って訊かれて僕…」


「言ったのか?」



語尾が段々窄んでいき、今にも瞬きをしたらこぼれてしまいそうな涙を、必死で堪えてる智明は実に櫂の庇護欲をそそられる。



「…森に聞かれてたなんて、知らなかったからすごくびっくりして…」


「…まあ、そうだな」


「ルルに、聞いたんだ。櫂の時みたいに」


「ルルは拒否したんだろ?」


「っ…」



そうでなければ智明がこんなに取り乱す理由がない。


智明にしてみれば森と櫂には内緒にはしたくなかったはずなのに、ルルが話してはいけないと言うからこうなってしまっただけで。


だが、櫂の場合はあっさり許したような感じだったのに、今回何故ルルは森に話すなと言ったのだろうか。


ルルの危険察知能力が原因にしても、森に限って智明に害をなすとは櫂には到底思えない。


確かに智明に関することになると我を忘れ、周りが見えなくなることも稀ではない。


しかし我が兄ながら智明を守ろうとする思いは自分と相違なく、そして森の智明への想いの深さも知っている。


だったら、何故。


ルルが森を拒否した理由は何なんだ。


櫂が考え込んでいるうちに智明の涙腺が決壊したらしい。


声を出さず小さくしゃくりあげる音が聞こえてきた。



「智明、大丈夫だよ」


「…っく、だっ…て…っ」


「ルルも森も智明が大事なのは同じだよ」


「ふえっ…」


「おいで、智明」



素直に抱き寄せられる小柄な身体。


櫂の背中に腕を回し腰の辺りのシャツをぎゅっと握り締める感触に、いかにも智明らしい所作に頬が緩む。


落ち着かせるために肩甲骨の辺りを、幼子をあやすように軽く叩く。


かつては森と競い合って手に入れたいと思った存在。


だけど、自分を見て欲しいとこいねがう視線は、櫂を通り越していつも森を見ていた。


ルルの事を知った時自分の気持ちを告白する前に、櫂は智明の森への想いを本人に暴いてしまった。


あまりにも智明の森を見る目が切なくて、きっと自分と同じ想いで智明が櫂を見ることはないのだろうと、その事実を受け入れはしたが、智明を思う気持ちには変わりがない。


幼い頃から自分を抑え込み、周りに気を遣いながら、そして多くの悪意に晒され欲望の対象にされ、櫂は大事なこの従兄弟の幸せはどこにあるのかと考えた。


純粋に智明の望むものを与えてやりたかった。


願わくば智明の望むものが自分であればと何度思ったか知れない。


だが智明が森を望むのならば、櫂はそれを叶えてやりたいと思った。


自分は智明の味方だからと。


一人で抱え込まずになんでも自分に吐き出せと。


恋人にはなれなくても自分達は一生従兄弟同士なのだからと、櫂は自分にそう言い聞かせて智明の傍に居ることを選んだ。



「森に…うそっ、ついた…から、ぼっく、き、嫌われた…っ」


「それはないよ、森が智明を嫌うはずないだろ?」


「だ、だって…」


「俺も森も、何があっても智明を嫌いにはならないよ。俺らは似てないけどやっぱり双子だからな、森の考えてることなんかわかるよ。子供の頃から変わってないだろ?」


「うっ…」



幼子が嫌々と頭を振るような仕草も、しゃくりあげながらもたどたどしく訴える智明は本当に可愛い。


森に嫌われたらどうしよう、とそればかりを心配してる様は少し面白くはないが。


実際森が智明を嫌うとか天地がひっくり返ってもないだろうな、と櫂は本気で思っている。


だが森のおかげで俺がこうして智明を慰める位置に甘んじていられる訳だし。


取り敢えず櫂がこの役得感を満喫しようと思ってしまうのは、しょうがないことなのかもしれない。







櫂は男前だと思います。

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