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妖精に愛された僕  作者: 豆田あんじ
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告白 #1







今は授業中であるはずの時間に、智明は櫂にメールで無人の屋上に呼び出した。


自分のみならず櫂まで授業をサボらせたのを詫びる文面に、そんな些細なことで気に病むところが智明らしいと、自然と口元に笑みが浮かぶ。


だが理由もなく智明がそんなことをする訳がないのを櫂は十分理解している。


授業が始まり人気がなくなるまで櫂はトイレの個室にこもり、気配が消えたのを確認してから智明に今から行くとメールする。


櫂が屋上に向かうと智明は中央辺りに位置する場所で、金網に右手を掛け景色を眺めていた。


もうすぐ夏休みを迎える季節だというのに、今日は朝から曇天で風も強い。


重く圧し掛かるような雲は、今にも抱えきれない雨粒をこぼしそうなほどに大気に湿気を含ませている。


そんな灰色の空を背景にしても智明の周りだけ、光が差したような錯覚を櫂は受けた。


凛とした横顔には今は何の感情も読み取れない。


近づいていくと櫂に気付いた智明は、ほっとしたような笑顔を見せた。


例えて言うならそれは、まさに花が綻ぶかの如し。


智明が笑うだけで見ているものを幸せに出来るんじゃないかとも思ってしまう。


櫂も森も、自分の親達ですら、この笑顔を守るためならなんでもするだろう。



「どうしたの、智明。わざわざ俺をこんなとこに呼び出すなんて、何か問題でも起きたのか?」


「うん…ごめんね、櫂」


「大丈夫だよ。それより、何かあったんだろ?」



普段はきれいな弧を描いている智明の柳眉が申し訳なさげに下がる。


いいから、と言いながら櫂は智明の亜麻色の髪を撫でて促した。



「今朝、ちょっと変な夢を見て起きちゃったんだけど、確か5時ちょっと過ぎ…だったかな。寝汗もかいてて気持ち悪かったから、シャワーを浴びに下へ降りたんだ」


「うん」



智明は再び金網の向こうの景色に視線を遣り、まるで太陽が見えているかのようにその目を細めている。


何が智明にあったのかはまだ櫂にはわからないが、自宅でも教室でもなく授業中の学校の屋上で、メールや電話でも話せないこと。


そして櫂にしか話せないこと。


これは智明の妖精のルルのことでしかない。


また智明に何かが起ころうとしているのかと、櫂は気を引き締めるかのごとく身構えた。



「そしたらさ、ちょうど森がトイレから出てきてさ。まだ二度寝できる時間だったし、森もそう言って自分の部屋戻ったんだけど」


「うん」


「僕が起きた原因の夢って内容は覚えてないんだけど、余韻だけ残ってるってわかる?」


「ああ、思い出せないのに夢の雰囲気とか、夢見てる時に感じた感情が残ってたんだろ」


「そう、なんか幸せだったような気がするんだけど、でも起きたらすごく遣り切れない様な、上手く処理できない気持ちになっちゃって」


「うん」


「早い話がちょっとへこんじゃっただけなんだけど、ルルがすごく心配しちゃって…」


「ああ…」



櫂はルルの存在は智明に打ち明けられたから知っているが、やはり姿は智明だけにしか見えないらしい。


この辺だよ、といるらしき場所を教えてもらったが、どうしても認識は出来なかったのだ。


ルルは智明が嬉しいと共に喜び、悲しんでいれば必死で慰めてくれるのだと言っていた。


きっと今朝もルルは智明のために寄り添っていたのだろう。



「それで、ルルが僕の体を洗ってくれるって、僕の手からスポンジを取ってボディーソープを泡立てて…」


「おい待て、ルルは物に干渉できたのか?」



櫂は智明が普通にスポンジを持ったと表現したのに対し、食い気味に疑問を投げた。


もしそれが可能なら今もし智明の着けているネックレスをルルが掴んで持ち上げたら、それは櫂からすれば勝手に浮き上がって見えることになる。


だが、過去にそんな現場を目撃したことはないし、でも今の智明の口調ならそれは彼らには日常的に有り得えることのようだった。



「え?あ、どうだろう。食べたり飲んだりはしないけど、」


「今ルル、いるんだろ?」


「うん、櫂の胸ポケットから顔出してるよ」


「ええ?」


「なんかそこ落ち着くみたいで、校内で櫂と一緒に居るときは大体そこに入ってるよ」


「マジで?席料払ってもらわねえとなあ」


「あはは」


「じゃあ試しにルルにこれ持ってもらえないかな」



そう言って櫂はポケットにあったミントのタブレットを取り出し、ケースから一粒自分の掌の上に載せた。



「いいよ。ルル、これを僕の手に載せてくれる?」



智明は俺のルルが入ってるらしいシャツの胸ポケットに話しかけている。


何とも奇妙な光景である。


2人とも何が起こるのかと、ミントのタブレットをじっと見つめているが、櫂の掌の上のそれは微動だにしなかった。



「え、そんな…ルル、それ本当なの?」


「え、どうした?」


「ねえ、僕も信じられないんだけど」


「ルルは何だって?」



あれ?


そういえばルルは智明の言葉を理解するけど、ルルは一切喋らないって言ってたよな。



櫂は智明のルルと会話で意思疎通をしているような様子に、思わずその事実を忘れてつい乗っかってしまった。



「それが…」



智明は困ったような、でも少し笑いを堪えたような表情で櫂を見上げてきた。



「重くて持ち上がらないみたい」


「え、これが?」


「そう。顔まっかっかにして踏ん張ってるんだけど、どうしても持ち上がらないみたい」


「ぶは、マジか」


「ちょ、肩竦めて首を横に振ってるよ、ルル」


「あー、俺も超それ見てえ。でも…そうだな、やっぱり何かの条件を満たさないと干渉できないって事だろう」



掌の中のタブレットをじっと眺めながら櫂が呟く。


すると、ねえねえ、と智明が櫂のシャツを引っ張る。



「すごいね、櫂」


「え?何が?」


「ルルがそうだって言ってるよ」


「え」


「櫂が見てなければ持てるって」



なるほど…そういうことか。


誰かの視線に晒されると干渉の効果が無力化する仕組みか。



櫂はルルの存在を知った時智明が嘘を言ってるとも、何某なにがしかの原因で空想の産物であるルルかを作り出してしまったのでは、とは一切疑いもしなかった。


何故なら、智明が幼い頃から自分に対する他人の悪意を見事に感知し、もし気付けなければ碌な結果にならなかったであろう事を、回避したのが1度や2度ではないからだ。


3度までなら偶然とごり押しもできようが。


だが、それが二桁を軽く超えれば、偶然ではなくある意味事件だと櫂は思う。


だからどうしてそんなことが出来るのか、櫂が思い切って智明に直接訊いたのが中学1年の時。


最初は智明もどう説明したらいいのか、あくまで隠し通さなければいけないのかと逡巡していたらしいが、思わぬ事にルルが許可を出したというのだ。



『え、ルル、いいの?』


『智明?誰と喋ってるんだ?』


『っちょ、うわっ…?!』


『なんだ、どうした、何が起きた!』


『ぷ…ぷぷっ…』


『おい、智明?大丈夫か、お前?』


『あーっははははははは、もう無理!ルルやめて、お願い!』


『ルルってなんだよ、俺を置いていくなっつーの』



いきなり大爆笑した智明が後に教えてくれたのは、櫂が質問した時ルルに視線で助けを求めたら頷いていたんだそうだ。


それを見て智明は『いいの?』ともう一度訊くと、ルルは櫂の顔によじ登り、キスの雨を降らせたと。


それはもうえらい勢いでキスをしまくり、付いたキスマークが小さなピンクのハートだったらしい。


櫂の顔中にハートのスタンプまみれになり、智明が腹を抱えて笑ったのだと。


それを聞かされてどう反応すればいいのやら、櫂は複雑な心境で鏡を覗き込んでみても、やはり顔には何もついていなかった。


今のタブレットのやり取りで過去のその事を思い出して、櫂はようやくストン、とパズルのピースがはまったような気がした。



「僕は全然気がつかなかったのに、櫂ってばすごいね」



とそんなキラキラした眼差しを向けられれば素直に嬉しいけど、何か微妙な気もするのは気のせいだということにしておこう。











そういえば智明と森と櫂は同じ共学高校に通っています。




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