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妖精に愛された僕  作者: 豆田あんじ
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甘さが苦味に変わる時

自室に戻ったと見せかけた森は、実は階段を昇りきった廊下のところで息を潜めていた。


やや間が空いて風呂場からシャワーの水音が響くのを聞き、再び森は智明が居るそこへと向かった。


先程の智明の様子は明らかにおかしかった。


いつも真っ直ぐ相手の目を見つめる智明が、たったの一度も自分と視線を合わせようとしなかった。


寝起きでどうこうとか、夢に魘されただの、嘘ではなさそうだが全てでもないらしい。


磨りガラスの向こうの水音がカランを捻る音と共に止み、小さな溜め息が漏れ聞こえてきた。



「大丈夫、大丈夫だよ、ルル。僕にはみんながいるから、大丈夫だから」



自分に言い聞かせているのだろうか、否、目の前に居ない「ルル」なる相手に語りかけてるのか。


相手を安心させるようにと気遣う智明の声音は、森のみならずこの家の人間ならみんな知っている。


自分がこの家で大事にされていることを感謝していて、そして常にそれを申し訳ないとも思っていることを、知っている。


幼い頃から森が焦がれ続けてきた、智明。


いつから智明に恋し、渇望し、体の奥から沸き起こる欲望を抑えるのに苦労しているか、森はもう忘れてしまった。


女の子と見紛うほどの愛らしさは未だ健在で、だけどそれを智明は「男らしくないから」と疎んでいる。


そしてその可愛らしい容貌からは想像できない性格の男前さに、森も櫂も正にメロメロという表現がぴったりだったと思う。


智明の気を惹くのに必死で、いつも櫂と取り合って智明に怒られてたなあ、とぼんやり脱衣所の壁に凭れながら過去に思いを馳せる。



「え?ルルが僕を洗ってくれるの?」



なぬ!?



森がぼけっと過去に魂を飛ばしてるうちに、聞き捨てならぬセリフが飛び込んできて、意識を強引に引き戻された。



確かに智明はさっき会ったときは一人だった。


だが、自分が2階に上がる間に誰かを引き込んでいたとしたら?


いやまて、それらしき物音も会話も聞こえなかった。


それにこの家で智明がそんな行動をするとも思えない。


なら今のセリフはどう説明をつける?



森は一瞬で思考を巡らせるが何一つ納得できるものは思い浮かばない。


その薄い磨りガラスを叩き割ってでも押し入りたい気持ちに無理矢理押さえ込もうとするが、森の内なる悪魔が「さっさと開けてしまえ」と唆す。



「…開けたら俺、多分終わるな」


「ちょ、ルル、悪戯したら…!あ…ん、ふふっ、もうダメったら!」


「っ?!」



なんだ、今の声!!


相変わらず智明の声しか聞こえないが、明らかに誰かが居てそいつが智明に無体を(えっ)を働いてるとしか思えない…。


だが智明の声音は嫌がってる風ではないし、ダメと言いつつまるで恋人とじゃれているような甘さまで感じさせる。


もう終わってもいい。


そう思った森が風呂場の扉に手をかけようとしたその瞬間。



「えっ?どうしたの?」



えっ、ばれてんの?



ぎく、と智明の声に森の心臓は跳ね、さっきまでの勢いはどこへやら。



「誰か、いるの?」



警戒するような智明の硬い声に、森も冷や汗が一筋背中に流れる。


気取られてはならない。


その瞬間に俺は終わる…。


さっきは終わってもいいと思ったくせに、この変わり身の早さに我ながら嫌になる。



「俺だ、俺」


  

森は足音を立てないようにそっとトイレの方へ移動しながら答えた。



「…森?どうしたの?寝るって言ってたのに…」


「なんか腹具合おかしいんだよ、変なもん食った覚えねえのにさ」



そう言いながら森は用もないトイレへと入った。


便座の蓋を閉め、そこに溜め息を吐きながら腰掛ける。



「だ、大丈夫?薬持ってこようか?」


「いや、ちょっと様子みるよ」


「…そう?もし辛かったら、すぐ言ってね?」


「ああ、サンキュ。多分平気だと思うけど」



さっきより智明の声が近い。


きっと俺の嘘を真に受けて、心配して風呂場から顔を覗かせているんだろう。


ああ、俺はもうダメだ。


色んな智明の妄想しすぎてきっと脳が沸いてんだ。


居るはずもない誰かに嫉妬して、ただ単に智明の体が見たいが為に産んだ妄想で暴走して、それがばれそうになったから智明に嘘をつく羽目に。



「俺は…俺は一体何がしたいんだよ…」



両膝に肘をつき、森は頭を抱えて呻く(うめ)様にひとりごちた。





若いって素晴らしい(笑

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