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妖精に愛された僕  作者: 豆田あんじ
23/32

僕の幸せ、君の幸せ

お兄ちゃんも弟に負けてはいられない。







唾液の絡む音が耳を打つ。


恥ずかしいのに、止められない。


それになんだか頭がぼうっとする。


気持ちいいし、すごく幸せな気分。


ああだけど…。


なんか、前にも同じようなことがあった気が…。



「んー!んんーーっ!!」


「ん?」



智明は長いキスの途中で森の背中をバンバンと叩く。


それはまるでプロレスで技を掛けられた相手がタップしてるかのような。


名残惜しそうに森が唇を離すと、智明が真っ赤な顔をして酸素を吸い込んだ。



「え。昨夜教えたのに…」


「ちがっ…!さっき散々泣いたから、鼻が詰まってて…息が…」


「あ。」



森がごめんな、と苦笑しながら旋毛にキスをする。



どうしよう。


また森がでろでろに甘くなってしまった。


こんなの、隠し通す自信ないよ僕…。



一気に森の態度が豹変したのに、やっぱり智明の脳が追いついてなかった。


こんなにあからさまにだだ漏れにされたら、平常心を保つ自信など智明にはない。


今はまだいいが明日から学校でどうやり過ごすか、そればかりが気になってしまう。



「…なあ。さっき言ってた、櫂がどうのって、何の話?」


「え」


「櫂に酷いことしたとか言ってたろ?」


「あ…」



森との誤解が解けた今、浮かれて櫂のことを忘れてしまっていた自分に、再び自己嫌悪に陥る。


さっきそのせいで取り乱していたというのに、やっぱり自分は自分の事しか考えられないのだと、嫌気が差してくる。



「あの…前に、櫂に聞いた事があって…」


「なにを?」


「…櫂の、好きな人…の事」


「……」



森は内心そうじゃないかとは思っていた。


櫂の智明への気持ちを知ってしまったのではないかと。


ただ、櫂も森も智明がどちらを選ぼうとも、それについては口も手も出すつもりはなかった。


2人とも智明のためなら何でも出来ると思っているし、智明が幸せならば身も引くしそうでなければ腕尽くで取り戻す。


お互い口には出さずとも、そう思ってることは何となくわかるものだ。


それが双子故だからなのかはわからないが。



「僕…今まで櫂が誰を好きなのか、知らなくて…」


「櫂は智明が幸せならいいって言ってなかったか?」


「え…?」


「智明は俺を好きって言ってくれたけどさ、例えもし櫂の方が好きだったとしても、俺も櫂と同じことを言うし、するだろうな」


「し、森?」



暗にそれは智明の気持ちがどこにあろうとも、森達にはどうでもいいと言われている気がする。


森の言葉に驚いて智明は思わず森の服の襟を力任せに引っ張ってしまった。


いい具合に絞まった森の首がぐえ、とカエルが踏まれたような声を発したのに我に返り、慌てて手を離して謝り倒す。



「ひでえな、智明」


「ご、ごめん…。でも、森が変なこと言うから…」



ぽん、と森の掌が頭に乗せられて、見上げた先に真剣な眼差しとぶつかった。


そんなことを言わせるほど怒らせてしまったのだろうかと思うと、それを見透かしたように「違う違う」と言いながら森の顔が苦笑に変わる。



「俺はね、智明のためなら何でもできるよ。それだけ智明を大事に思ってるし、櫂もそれは変わらない。だから櫂の気持ちを智明が知ったとしても、今までどおりでいいんだ」


「そ、んな…こと、できない…」


「なんで?」


「だ、だって、そんなの、知らなかったとはいえ、僕が櫂の気持ちにつけこんで、甘えてただけとしかもう思えない…」



もうそんな酷いことできないと、既に半泣き状態で智明が必死に訴える。


その様子を変なところで真面目なんだよなあとぼんやり思いつつ、森はよしよしと智明の頭をぽんぽんと叩く。



「でもそれもさ、逆もあったとは思えないか?」


「…え、逆?」


「智明が櫂の気持ちを知らなかったからこそ、智明は櫂に甘えられていたんだろ?」


「う、ん、そうかな?」


「でも考えても見ろよ?だからこそ櫂もその状態を享受してたんじゃね?」


「ど、どういうこと??」



本気で混乱している様子の智明は、声がひっくり返っている。



「俺がルルのことを知らなかった3年間。智明は誰にも言えなかったことを櫂だけに話してたんだろ?」


「う、うん」


「あいつは智明が誰を好きなのか知ってても、それを俺には一切隠し通してきてたし、だけど智明の想いの邪魔もするつもりはないからな」


「うん…」


「まあルルのことも含めて俺に知られたらまずいこともあったって点は認めるとしても、だ。無条件で智明が唯一頼る相手としてのそんな特別おいしいな位置を得ていて、俺の知らない秘密と時間を智明と共有してて、あいつがそれをここぞとばかりに満喫してねえはずがねえ!」


「なっ…!」



そんな自信満々に言われても…僕はなんと答えれば…。



言葉に詰まる智明を他所に、更に森は核心を突いてくる。



「それにあいつ智明の気持ちが自分に向いてないのをわかってて、反対こそしねえけど別にそれを成就させようと手伝いもしなかっただろ?」


「な、なんでそんなこと、知ってるの??」


「逆の立場だったら、俺もそうするからな」


「…そ、そうなんだ…?」


「智明が本気で助けてって言うまで、手を出すつもりなんかないよ。まあ、それはこの場合に限られたことだけどな…」


「この場合…?」


「智明の恋愛感情について、ってこと」


「な、なるほど…」



森もいくら大事な智明のためとはいえ、敵(弟)に塩を送るような真似はしたくもないし、その逆も然り。


こういうところが普段は正反対と言われ続けてきた森と櫂の、双子ならではの智明限定の変なシンクロニシティでもある。



双子ってそういうものなのかな?


っていうか、色々ばれててもう恥ずかしいのを通り越して、何が何だかわからなくなってきた。


確かに櫂には色々話を聞いてもらってきた。


智明も森に想いを告げたいとか、そういうことは一切望んではいなかった。


そんな願いが全くの皆無だったかといえば嘘になるが、今の関係を壊してしまうくらいなら絶対口には出せないと思っていた。


櫂もそんな智明の気持ちがわかっていたかのように、静かに相槌を打ちながらただ聞いてくれたから何とか気持ちを平衡に保てていたのだ。


それに、森の言うこともわかるような、わからないような。


わからないから質問するのに、その答えが更にわからないというか、煙に撒かれてるような風でもあり。


智明はうーん、と唸りながら目をぱちぱちと瞬かせている。



「だから智明が気にする必要なんてどこにもねんだよ」


「え、だからって、なんでそんな話に…」


「まだわかんねえ?」


「えっ?」



駄々っ子を宥めるように苦笑を浮かべながら森が、無意識に握られていた智明の両拳にそっと触れる。


大切なものに触れるかのように添えられた森の掌は温かく、その体温に安心する自分が居る。


どうして森に触れられる度に、こんなに切ないような気持ちになるんだろう。



「俺らは智明が笑ってれば、それでいいの。幸せって言いながら笑っていてくれれば、俺らもそれが幸せなの。智明の望まないことは俺らも望んでないから。過保護にもなって智明にうざがられるのも本末転倒だし、そうならないように必死で距離感を保ってきたの。…本当はいつも心配で、何でもしてやりたかったけどね。それくらい智明が大事なんだよ?」


「っ…!!」



櫂と同じことを言われるとは思わず、智明は驚いて息を呑む。


ああ、森のこの表情を自分は知っている。


ここまで甘さを全開にはしてはいなかったが、櫂があの時同じことを言ったとき、櫂はこんな顔をしてはいなかっただろうか。


いい加減わかってくれよな、と低く耳の奥に痺れるような甘い声で囁かれて、智明は腰が砕けるかと思った。


こういうときの森の声はやばい。


それに耳元で言われたから、森の唇らしきものがちょっと当たってたし、かかる吐息もやけに熱い気がした。


色んな効果を付けたとしたら、間違いなく智明のあらゆる箇所から湯気が噴き出しているて、ヤカンを頭に乗せたら一気に中の水が沸騰するイメージを、別の自分が冷静に客観視している。


それに、こんなにも2人に想われていいのだろうか、とも考える。


気付かないところでも守ってくれていたのに、やっぱり僕は自分の事ばっかりで。


自分はこんな大きな想いに包まれて、それに応えることなど出来るのだろうか。



「も…」


「ん?」


「森って、急にスイッチ入れるから、困る…」


「えっ、スイッチってなによ??」



湯気の出てる顔を見られたくなくて。


素直にありがとうって言えないのを誤魔化して。


そして無条件で自分を迎え入れてくれるこの腕から出たくなくて。


智明はぎゅっと自ら森の背中に腕を伸ばし、胸に顔を埋めるように抱きついた。


ちょっと涙が滲んで森の服が濡れた気がするけど、強引に気のせいだということにする。


一瞬森の身体が硬直した気がしたが、すぐに力を抜いた長い腕が智明の体を包み込むと、頭に顎が乗せられた。










やっと、森のちょっと男前な部分を出せたのにほっとしています。

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