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妖精に愛された僕  作者: 豆田あんじ
21/32

そんな強がりさえ許されない

ながらくお待たせしてしまいすみませんでしたorz

そして智明がちょっと病み気味です(汗











「智明、何言って…」


「っいい!!…言わなくて、いい…」



戸惑う素振りで森が智明の両肩を掴み、覗き込んで言い掛けた言葉を智明が遮る。



だって、答えはきっとそうに決まってる。


聞いたら、僕はもうここに居られない。


聞いてしまったら、僕の世界は終わってしまう。


昨日のあれは、僕の見た夢だったんだから…。



どこにそんな力があったのだろうと思うほど、渾身の力を込めて肩を掴んでいた森の腕を振り払う。



「智明…」


「…」



智明がゆらり、と立ち上がり虚ろな視線でぐるりと周囲を見回す。


相変わらず櫂の頭の上にルルの存在を認めると、ふっと自嘲の笑みを零す。


その一連の様子を見守っていた森と櫂は、あまりにも別人の如く黒く膿んだ空気を纏う智明に、呆然とするしかなかった。


そしてその視線は智明にとっては、既に自分が2人から疎まれていると認識してしまっていた。



ああ、もうダメなんだな。


いくら僕が森を好きでいても。


こんな僕が森に想われてるって、夢みたいなことばかり考えてたから。


ルルですらもう僕の味方じゃないみたいだし、夢だったってことにすれば家族でいられるのかな。



「おい、智明…」


「ごめんね、2人とも」


「…え?」


「はあ?」



何もなかったことにするのはちょっと無理があるから、全部僕が勘違いしてたってことにすればいい。


現実と夢の区別がつかないちょっとアレな人だったって思わせれば、どうにか誤魔化せるようん。



智明はどんどん負の思考にはまっていく自分を自覚しながらも、どうにかしてなかったことにしようと脳内で足掻く。



「なんか、ちょっと僕色々混乱してて…、ホントごめんね、何でもないから」



にっこりと有無を言わせない微笑みを2人に向け、これ以上何も聞いてくれるなと智明は心の中で必死に念じていた。


唖然とした表情のままの櫂と、あからさまに訝しいと言いたげな視線を寄越す森。



「…なんでもないって、なにがだよ?」


「え?」



ああ、こんな森の声、久しぶりに聞いた。


櫂とケンカしてるときや、僕が誰かに絡まれているとき助けに来てくれて、相手にこんな声で話してたっけ。


だけど。


僕に対しては、一度だってなかったのにね。



智明は痛む胸を無意識に庇うように、着ていたシャツのそこをぎゅっと握る。


握った手が、それでも震えてしまうのを止められない。


それを止めようともう一方の手で上から包むけれど、どうしても止めることができない。



平静を装わなければ、と思うのにどうして僕はこうなんだろう。



「なにがなんでもないんだって訊いてるんだ」


「え、…っと、色々?」



今、泣いたらダメだ。


誤魔化そうって決めたんだから、何とかしないとダメだ。



なのに刺すような森の視線から逃れながらでは、どうしてもうまく言うべき言葉が浮かんでこない。


焦った智明は「ここから逃げ出す」という方法しかないと思い、それを実行しようと試みた。



「あ、あの…、ごめん、ちょっと一人になりたいから…」



智明は言うが早いか、踵を返し文字通り脱兎の如くドアへと逃げた。


だが。


それまでの挙動不審丸出しの智明を見ていた森が、そんな智明を逃すわけがなかった。



「あっ…?!」


「逃がすかよ…!」



その流れを見ていた櫂はさすが森、と地味に感心していた。


智明のことに関するとなると我が兄は驚異的な力を見せる。


智明が背を向けたと同時に逃がすまいと、前に踏み出し伸ばした腕はがっちりと智明の腰に巻きついていた。


逃げ出す力よりも抱き込んだ方が強かったらしく、腕の中に智明を抱いたまま森が尻餅をついた。


どすん、と2人分の体重で衝撃を受けた床が音を立てて揺れる。


するとすかさず下から「ちょっと、静かに遊びなさいよ!」と、弓子の声が聞こえてくる。


小学生でもあるまいしと、うちの母は大分ピントがずれていると櫂は溜め息を吐いた。


智明と森はどうしたかと目を遣ると、森が倒れたときのままの体勢で固まっていた。



「おい、大丈夫か?」


「櫂」


「え?」


「ちょっと2人にしてくれ」


「あ、ああ。それはいいけど、もう泣かすなよ」


「…手遅れだ」


「…それ以上」


「…善処する」



森の返事に苦笑しながら櫂が部屋の扉に手をかけ、ノブを回しながら一瞬智明を振り返った。


大事に森に抱えられたまま微動だにしない智明にふ、と櫂は眦を下げると言った。



「智明、俺が言うのもなんだけど、森はバカで鈍感でデリカシーの欠片もないけどさ」


「…櫂、てめえ何を…」



ぎり、と歯軋りの音がしそうなほど怒りを表す森を他所に、櫂は智明に語りかける。



「だけど、智明に何があったとしても、森は絶対智明からは離れたりしないよ」



びくり、と森の腕ので智明の体が震える。



「だから、ちゃんと話し合いなね。智明が覚えてるかどうかはわかんないけど…。俺は、智明が笑っていてくれれば、それでいいんだ」



そう言うと櫂はそっと扉を閉め、部屋から去って行った。


櫂の最後の言葉がどうしても気になった智明は、記憶の中からいつかのそれを思い出す。



『俺に振り向いてくれなくてもさ、その人が好きな相手と一緒に幸せに笑ってれば、いいと思うんだよ』



そうだ。


あのとき、櫂は確かにそう言っていた。


そして今、櫂はなんて言っていた?



「あ…、そん…な…っ」


「ど、どうした、智明?」



わなわなと震える智明に驚き、森が慌てた様子で抱きしめなおす。


堰を切ったように溢れる涙。



どうして気がつかなかったんだろう。


櫂がどんな気持ちで居たのか、今それを思い知らされるなんて。


そればかりが智明の胸を去来する。


自分の事ばかりで、櫂の気持ちに気付けなかった。


だけど、僕はこの腕を知って、そしてわかってしまった。


僕だけのものにならなくても、森ならきっと僕のためだけの場所を空けてくれるのだろう。


今までどおり。


大事な従兄弟として。


そしてきっと僕は、櫂の気持ちを知った今も、僕の気持ちが例え叶わずとも、森以外を想うことは出来ないのだろうとも。


自分の気持ちなのに、何一つ自分の思うままにできない。


僕達は想う相手が違うだけで、同じ気持ちを経験しているんだ…。



ぼたぼたと流れる涙が自分の掌をすり抜け抱きしめる森の腕に落ちて濡らしていくのを、智明は声も出さずに眺めているだけだった。







相変わらず逃げるのが下手でした。


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