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妖精に愛された僕  作者: 豆田あんじ
18/32

試される心



休日の芦屋家の朝はそこそこ早い。


平日より2時間遅い8時に無理矢理母である弓子に叩き起こされる。


弓子曰く「規則正しい生活は家族が健康で居るために必要なのよ!眠たかったら昼寝をしなさい」と森達を教育してきた。


朝起きて夜眠るという当たり前のことが現代では難しいこともある。


子供達が独り立ちするまではそれを管理するのは自分の仕事だと思って、毎朝遠慮なく愛のムチを振るうのである。



「…あれ?お袋、森見なかったか?」


「え?森はまだ降りてきてないわよ。あの子寝起き悪いからあちこちぶつかって音がするもの、今日はまだよ」



櫂がやや寝ぼけた顔で台所で朝食の支度をしている弓子に尋ねた。


リビングダイニングから廊下へ抜けて洗面所へと探してみるが、誰も居る気配がない。



「昨夜から居なかったみたいなんだけど、外出ていったんかな?」


「え、なあに?あの子夜遊びに行ったの?森がそんなことするなんて何かあったの?」



ぱちくり、と音がしそうなほど驚いて目を開いた弓子が言うのも、無理はないと思う。


ああ見えて森は滅多に夜に抜け出したりしない。


これも弓子の教育の賜物なのだろう、余程のことがなければ森の睡魔は規則正しく且つ強烈に訪れる。


櫂が今朝目を覚ましたとき、同じ部屋にある森のベッドは遣われた形跡が見られなかった。


念のために櫂は玄関へ森の靴の有無を確認しに向かう。


すると森の靴は全部下駄箱に収まっていて、意外にも父のサンダルが消えていた。


コンビニにでも何かを買いに行ったのだろうか。


なるほど、と思いながら台所へ戻る。



「なんか、親父のサンダルがなかったから何か買いに行ったのかも」


「あら、それはさっきお父さんが履いていったのよ」


「え?」


「なんだか急にバナナが食べたくなったんですって。だからあそこの24時間のスーパーへ行ったのよ」


「バナナ…」


「そう、バナナ」



どうしてバナナなのかしらねえ、と呑気に湯気の立つ鍋に味噌漉し器で味噌を溶きながら弓子が笑う。


基本的に芦屋家は朝は和食だ。


朝にバナナが食べたいなんて言う父は、櫂の記憶には存在しない。


未だ寝ぼけ気味の頭でうーん、とどうでもいいことに首を捻っていると、弓子があら、と思い出したように言った。



「じゃあ森はどこへ行っちゃったの?」



それだ。


バナナのせいで一瞬忘れていたが、元より探していたのは森だった。



「なあ、智明は?降りてきたか?」


「智明ちゃん?そういえば見てないわねえ。あの子が寝坊するなんて珍しいけど、具合でも悪いんじゃないかしら。櫂、ちょっと見てきてあげて」


「ああ」



二人揃っていつもと違う行動をとるなど、何かあったに違いないと櫂は思った。


どうせいつもの如く森が智明を困らせてストレスを与えたんだろうと、我が兄ながらあの性格はどうにかならないかと思う。


森と智明が想い合ってるのは櫂には随分前から気付いていたことだが、自分がその手助けをしようとは思わなかった。


だが、智明のためにそれを阻止するような真似もできるはずもなかった。


理屈ではわかっていても自分も智明を想ってきたのに、森にみすみす取られるのをわかっててそれを手伝うなんて、櫂にとっては複雑すぎて、そしてそこまで大人になりきれなくもあった。


智明が森のことで色々悩んでるのも、ここ最近ではルルのことも絡んでしまい、櫂の知らぬところでも泣いているのではないかと思う。


何とかしてやりたい思いと、それとは真逆の自分の心がせめぎ合うのを、櫂は長い間続けてきた。


それに櫂には他の理由もあった。


森の性格はある意味おおらかで懐が深いようにも見えるが、実際は大雑把でデリカシーが大変欠如しているとは櫂の見解である。


森の智明に対する想いには疑う余地が一切なくとも、小さな子が好きな相手をいじめるような天邪鬼なところも、あれだけ智明のことを大事にしてずっと気にかけているのに、肝心な智明の気持ちが全く森に届いていないのも問題だと思う。


特に森は自分で気付かなければいけないことが多すぎる。


他人にそれを指摘されてるようでは、いくら誰が2人を取り持ったとしても、結局森が智明のことを悲しませるだけだと櫂は思うのだ。



「ケンカして知恵熱でも出たかな…」



櫂はひとりごちて智明の部屋の前に立つ。


コンコンとノックをすると普段ならはーい、と中から声がするはずなのに待っても聞こえてくる様子がない。



「智明、起きてる?どっか具合でも悪い?」



もう一度声をかけながらノックを試みる。


だが、反応がない。


いよいよ具合が悪い可能性が高くなってきたのに櫂は焦り、そっと扉を開けることにする。



「智明…?開けるよ?」



ゆっくりと開けた扉から見える智明のベッドには、智明が寝ているのであろう布団が盛り上がってる。


だが、何かがおかしい。


この違和感はあの布団からきている。


嫌な予感が櫂の胸をぎる。


はあ、と溜め息とも深呼吸ともつかぬ息を吐くと、櫂はベッドへ一直線に向かう。



「し、森?!」



枕元まで近付かなくとも布団から零れて見えたその色の髪は、どう見ても森のものだった。


なんで森が智明のベッドで寝てんだよ!



「おい、起きろっ、このバカ!!」



ありえないこの状況にイラっとした櫂は怒りに任せて、その掛け布団を一気に引っ剥がした。



「なっ…?!」



そこに現れたのは、扉を背に横向きに寝ている智明を、更に背後から抱え込んで寝ている森の姿だった。


寝ながらにしてこの兄のにやけた顔が一層櫂の苛立ちを増幅させる。



てか、何が起きたんだ…。


昨日まで普段通りだったはずなのに、このまさにバカップルばりの様子は何なんだ…。



呆然としてしまった櫂は、はっと意識を取り戻し森と密着している智明を起こさぬよう、森の頬を引っ張る。


びよーんと伸びる頬肉を上下左右に捻ると、鬱陶しそうに腕を振り上げて追い払う動きを見せたために、更にイラっとして鼻を思い切りつまんでやった。


ややもすると息苦しさで顔を振りはじめるが、櫂には離してやる気は毛頭なかった。


ぶはっと酸素を求めて大きく開いた口をすかさず掌で覆い、それに驚いた森が漸く瞳を開いた。


視線が合ったのであっさりその手を離してやると、森が咳き込みながら起き上がる。



「って、てめえ…何しやがる!殺す気か!!」


「まあ、殺意は普通に沸いたけど?」


「う…ん?なに…?」



双子の弟に危うく殺されそうになった(っぽい)森が怒りに任せて大声を出したために、智明がそれで目覚めてしまった。


そこで森が智明の存在を思い出し、慌てて腕の中の愛しい旋毛にキスを落とす。



「ごめん、智明。起こしちゃったな」


「んん…」



森の声は途方もなく甘く、智明は相変わらず可愛い。


そして目の前で繰り広げられる砂を吐きそうなほどのいちゃこらっぷりはなんなんだ。


苛つきを微塵も隠そうとせずに櫂は仁王立ちになったまま森を見据え、地を這うような声で問うた。



「で?これは一体どういうことだ?」


「どういうって…」


「何でお前が智明のベッドに居るんだよ」


「ああ…それは長い話になるぞ」


「全部話せ。俺には聞く権利があるからな」


「ああ、それは別にいいけ…」


「ちょっとあんた達!早く顔洗ってご飯食べなさい!っていうか智明ちゃん具合大丈夫なの?」



森の言葉を遮り突然登場した母弓子に櫂は額に手を当て、森は肩を竦めてそれに応じた。



「智明は平気だよ、ちょっと寝不足で起きられなかっただけだから」


「あら、そうだったの。あとでお昼寝するといいわよ。それより、バナナを買いに行ったお父さんが帰ってこないのよ…」



どこまで行っちゃったのかしら、と弓子はパタパタを足音を立てながら階下に戻っていった。


毒気をすっかり抜かれてしまった櫂は、森を振り返り「逃げるなよ」と言い置いてから自分も階下へと向かった。











櫂が思ったより歳相応でほっとしました。



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