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妖精に愛された僕  作者: 豆田あんじ
16/32

それを何と呼ぶか、知らない

やっと、ここまで来れました。


一番描きたかった大事な話ですが、2話にするはずが切りどころが迷子になってしまい、まとめてアップです。





                 








深夜の室内で智明の嗚咽だけが響く。


そういえば智明は子供の頃から様々な被害に遭って来たけど、人前では絶対泣かなかったなと森が自分よりかは華奢な背中を撫でながら思い出した。


嫉妬や謂れのない中傷や、欲望の対象とされ狙われても、智明は口を固く結んで耐えていた。


泣けば更につけこまれることを幼いながらに知っていたからだ。


いつだって泣くのは家族の前でだけ。


さっきは自分までもが理不尽な嫉妬心で智明を怯えさせてしまったが、まだ森を家族として信頼してくれているのに心から安堵する身勝手さを自嘲する。


勿論森としては智明の体も心も自分のものにしたいのは山々だが、この従兄弟という立ち位置は何が何でも失いたくないと思っている。



俺は欲張りすぎだから、上手くいかねえのかなあ…。



はあ、とやや投げやりな溜め息を吐くと、森は頭を冷やすために瞼を閉じた。



ずび、と鼻を啜る小さな音が聞こえる。


合間にしゃくりあげる回数は減っていて、智明の方も少し落ち着いてきたようだ。



「…僕が」


「うん?」



おもむろに森の腕の中で智明が俯いたまま消え入りそうな声を必死で紡ぎ出す。


真上に位置する森の視点からは智明の可愛い旋毛つむじが見え、あたかもそこが喋っているかのような錯覚を起こす。


かわいいなあ、と一人デレているとその内容にそんな場合ではないと、智明の声に集中する。



「森にルルのこと言わなかったのは…」


「うん」


「言わなかったんじゃなくて…言えなかったんだ」


「…え?」



これだけでは色んな意味に取れる言葉だ。


ただ単に櫂より信用できなかったとか、智明がルルのことを知る人間を増やすのを恐れたのか、はたまた森に知れるとまずい状況があったのか。


どういう意味?と聞く前に、智明が言葉を続けるために息を吸うのが振動でわかる。


取り敢えず智明の話が終わるまで質問は後回しにして、全部聞くことにする。



「い、言えなかったのは、ルルが止めたから、だよ」


「ルルが?」


「僕は最初にルルを見たときに、森と櫂に言おうとしたんだ。でも…そのときルルは言っちゃダメだって、だから僕は…」



最初に見たときとは、3歳のあの日の翌日か。


そんな子供に口止めしたとは言え、妖精ルルの存在を明かすのは無理だろう。


その判断については、森も思うことはない。


だが、その後だ。


櫂が良くて自分はダメだったことには納得していない。



「それに、大きくなるにつれて、僕も言いたくなかった…」


「え?なんで?」


「だって、信じてもらえなかったら、って思ったから。普通は信じてもらえないよね?こんな話…」


「え?でも櫂には教えたんだろ?」



森のその言葉に智明の身体が僅かだが揺れる。


さっきの恐怖の名残のせいだと森も理解し、大丈夫だと耳元で囁きながら少しだけ抱きしめる腕に力を込めた。


そのおかげか智明は強張りかけた身体から力を抜き、無意識に深呼吸をする。



「櫂は、どうして僕が今までピンチを切り抜けられたか、聞いてきたんだよ」


「……それさ、事件が起こるたびに俺も思ってたんだけど、何でかすぐ気にならなくなるっつーか…忘れちまうっつーか」


「うん、多分ルルがそうしてたんだと思う」


「…やっぱりか」



合点がいった、と森は大きく息を吐き出した。



「櫂がその事を聞けたってことは、もうルルの許可が出てたってことなんだな?」


「うん。その、なんていうか…すごい熱烈大歓迎だったよ」


「ね、ねつれつ…」



うーん、と唸りながら繰り返し呟いた森の声音がその表情を想像させて、そしてあの時のルルの様子を思い出してつい智明はくすりと笑ってしまった。


確かに森は櫂に比べたら喧嘩っ早いし根が単純でもあるために、何かきっかけがあればポロッと零してしまった可能性は高い。


そういうこともルルは見抜いて智明にいさめたのだろうか。


それはそれで何気に複雑だと森は思ったが、否定も出来ない自分がいる以上この件に関しては何も言えない。



「まあ…信じる信じない云々の話は、智明のことに関してなら俺は一切疑わねえけど」


「え…っ?」


「どんだけ一緒に居たと思ってんだよ?俺も櫂も智明のことくらいわかってるよ」


「森…」



智明は驚いて思わず、とその言葉に反射的に弾かれて視線を上げ、そう言った森の顔をまじまじと見つめる。


泣いたせいでもうどこが、と言えないほどに真っ赤になってしまった顔。


見慣れたそれは相変わらず森の庇護欲と劣情を刺激する、僅かに色気も漂わせる麻薬のように厄介な代物だ。


いかんいかん、と頭の中で犬が濡れた体の水分を飛ばすように、ぶるぶると震わす動作をイメージしながら煩悩を追い払う。



「智明はどんな目に遭ってもそれを盾に嘘をついて同情を煽ったり、不必要に心配させたりそういうのしなかったし?大体そんな姑息な真似する人間なら、俺も櫂も親父もお袋も智明を守ったりしなかったよ」


「…」



何気に辛辣な言葉だが、それだけ智明という人間を理解し信頼してくれてると、森は教えてくれている。


やっと治まっていた智明の涙腺が、感動でまた機能が復活しそうな勢いだ。



「智明がそうだと言うなら、そうなんだって俺は信じてきたし、これからもそれは変わらない」



とどめだった。


目頭がまたかーっと熱くなる。


への字に口を引き結び、泣くまいと堪えるのに、今日の智明は何一つ自分の体が思い通りにならない。


森の言葉に揺さぶられ再び涙の滲む声を震わせているのに、それでも言いたくなかったと否定を促す言葉が止まらない。



「だ、だけどそれに、それに…」


「なんだよ、まだあんのか?」



やや呆れ気味に言われ、自分のしていることが無駄に意地を張ってるだけなのも、気付きたくないけど智明にはわかっていた。


だけど、智明にとってはそれが理由の全てだったのだから。


だからこそ、ルルが大丈夫といっても、踏み切れなかったのだから。



「森に…嫌われたら、どうしようって…」


「…」


「…」


「………えっ?」



どうしてわかってくれないのかという気持ちが先に立って、思わず言ってしまった言葉。


たっぷり間を空けて森がそれを咀嚼して理解した刹那、ひっくり返ったような声で聞き返す。



「…あ」


「…智明?」


「…」


「おーい、智明?」



さすがに智明も気が付いた。


そんなこと言うつもりなんて、全くなかったのに。


口が滑るって慣用句はこういう時に使うんだな、とどこか他人事のように思わないと、羞恥で消えてなくなりそうだった。


激しく俯いてしまった智明の項と耳の後ろは真っ赤になっていて、そして同じく真っ赤になっているであろうその顔を見ようと体勢を変えようとする森の動きに逆らう智明。



「智明ちゃーん」



力任せに智明の脇に腕を差し込み、軽く持ち上げると無理矢理森の視線と合わせられる。


真っ赤に顔を染めた智明の瞳には、思っていた通り今にも零れ落ちそうな涙がたたえられていた。



「っ…!」



慌てて顔を逸らす智明の顎を捉え、逆らう力を捻じ伏せるように自分の方へ向ける。


合わせるつもりのなかった森の視線は、何故だかとても優しくて愛しいものを見つめるようなもので。


これが少女マンガだったなら、満開のバラだの百合だの得体の知れないキラキラが、所構わず舞っているであろうと智明は思った。


男前の慈愛に満ちた顔というのは、こうも殺傷能力が高いものなのか。


それとも好きな相手だから、そう思うだけなのだろうか。


智明は想像していなかった森のそれに、息を呑み思わず見入ってしまった。



「智明、なんで俺に嫌われたらって思ったの?」



優しく智明の頬を撫でる大きな森の掌にうっとりするように瞼を伏せると、やはりそこから溢れてしまった涙が流れ彼の手をも濡らした。



「…」


「智明、教えて?」



こんなに泣かせてしまっているのに、それでもその理由が自分なのかと思うと、えも言われぬ高揚感が森の体から沸き起こる。


逡巡しているのだろうやや寄せられた眉が、そうと思えば八の字に下がる様を森は知らずの内に熱のこもる視線で見つめている。


やっとの思いで開いたとでもいうような動きで、智明は躊躇いながらもはっきりと言葉にした。



「………僕は、森に嫌われたら、多分生きて行けないから…」


「…っ!」



森が目を瞠る。


もしかしたら、と期待した言葉よりも衝撃だった。


智明はわかっているのだろうか。


自分が森に愛を告白したことを。




思いがけない破壊力のある言葉に森は首から上が一瞬で赤くなるのを自覚した。


ずっと恋い焦がれていた智明が、自分から手の中に降りてきてくれた。


それだけで歓喜に打ち震えそうな体を必死に押し止める。



「智明。俺を見て?」



ふるふると弱弱しく首を左右に振る。


ぎゅっとつむった瞼は開ける気はなさそうだ。


涙で濡れた睫毛はヘッドボードのライトに反射して、キラキラとオレンジ色に光る。


眦に溜まった涙を頬に添えたままの親指で拭ってやると、更に智明の体に力が入り強張るのがわかる。



「智明」



どうあっても素直に言うことを聞いてくれるつもりはないらしい。



「俺を見てくれるまでキスするよ?」



また首を振ろうとする智明の頬を両手でがっしりと固定すると、森は宣言どおり智明の涙の跡を唇で辿る。


頬に森の唇が降りてきた瞬間智明の瞼はピクリと反応したが、それが事実かどうかも開ける様子は全くない。



「んー、智明ってこんな強情だっけ?」



ちゅ、とリップノイズを立てながら森の唇は確実に下に下がってきている。


さすがにこの音で気付かないはずはないのだが、相変わらず固く閉じられた瞼はぷるぷると震えていて、だけど頬は羞恥のためか赤く染まっている。


かわいいなあ、とにやけながら唇の横、そして顎へとキスを降らす。


動かないように固定してるとはいえ、智明がここまで大人しくさせてくれるなんて、よもや夢ではあるまいなと森の脳裏に一瞬そんな考えがぎったのもしょうがないだろう。



「智明、好きだよ」



森が囁いた瞬間、智明の瞳がかっと見開いた。


それを開かせるのが目的だったはずなのに、あまりの勢いにびく、と森も動揺するのを隠せなかった。


ちょっぴりホラーな気分を味わってしまった森は、それを隠すために額に羽のような軽いキスを落とした。


そんなことすら信じられない、とばかりに語るその視線は森の真意を探らんとばかりに、細かく左右に揺れている。


そんな顔もかわいいなあと内心デレながら、森は智明を安心させるように彼の髪を撫でる。



「…信じられない?」


「だ、…って…」



そんなこと思ってたのは、自分だけだと思っていたのに。



「俺はね、櫂と智明を奪い合ってたガキの頃から、智明しか見てないよ」


「し…ん?」



でも、智明の方こそ森だけを見てたのに、森は気がつかなかったことについてはどう説明するのだろうか。


ただ単に智明がそれに気付かないほど鈍かったのだろうか。


十分にありそうな話ではあるが、自分からはそれを認めたくないな、と薄っすら智明は思った。



「智明が俺だけを見てくれたらいいのにって、そればっか思ってた」


「…っ」


「知ってた?昔からライバルだらけだったし、智明の知らないところで俺と櫂はそいつらを蹴散らしてきたよ」



だがそんな智明の気持ちなど知らず更に、男も女もそれに今でもね、と呟いた森の顔が少しかげった気がした。


そんなの、知らない。


そんな都合のいい事など、夜毎見る夢ですら、見せてはくれなかった。


そんな自分に都合のいい話を信じてもいいのだろうか。


だけどそう言われれば、面と向かって攻撃してきた森達を好きだった女子達は、いつの間にか智明に牙を剥くことはなくなっていた。


無視されるのは嫌だったけど、実際剥き出しの敵意を向けられるより随分マシだった。


あれも、森と櫂が彼女達に働きかけたからだったのだろうか。



「ほ、んとに…んっ!」



それを問い質そうとした瞬間、言葉にならない息を智明の唇ごと、温かく濡れた柔らかいものに塞がれた。



















切なさを表現したかったのに、どうしてちょっとずつあちこちで脱線するんでしょうね…。


次話は1日空くかもしれません(汗

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