痛みは刹那の永遠の如し
実はルビを振る際、どこまで振るべきなのか毎回悩んでいます。
あまり多いと読みにくいし、でももしそれがなかったせいで逆の意味で読みにくかったらアレですし、本当に迷いますね。
「…なんか、あった?」
「ううん…なんか、今日はルルに驚かされることが多くて…」
「ああ、何気に悪戯好きっぽいよな」
「でも、いつもはこんなんじゃないんだよ?なんか、僕の知ってるルルじゃないみたいな、それくらい違うんだよ」
森に告白しろだなんてルルに言われるとは、智明からしたら正に青天の霹靂。
相変わらず森がこの部屋にいる状況でのルルは神出鬼没で、何をしでかすかわからないのがある意味怖い。
いつもならその存在を羽音で教えてくれるのに、今は隠れたり飛び出したり一体何が起きてるのだろう。
必死に弁解するが、森はまたマグから顔を出すような悪戯を思い浮かべているのだろう。
微笑ましいものを見るような優しい視線で智明を見つめている。
それがまた男前に拍車がかかり、智明が直視できないほどかっこいいのが困る。
同じ男なのに、なんでこうも違うんだろ。
そんなことを考えている智明をよそに森は、俺もルルが見えたらいいのになあと呑気なことを呟いている。
「そういえば、櫂も同じこと言ってた…」
「…なに?」
智明にしてみればごく自然に零れた言葉だったのが、森にとってはそうではなかったらしい。
さっきまでの優しい空気は霧散し、眉間に皺を寄せ智明を凝視する視線は、無言で責められてるかのようで。
何かまずいことをしでかしてしまったのかと、智明は焦りながら思い返してみるがわけがわからない。
何故急にこうなってしまったのだろう。
訝しげにゆっくりと体を起こす森の動きを視線で追う。
森の鋭いままの視線も智明に固定されており、ずっと見詰め合っているというこの状況の智明の居心地の悪さったらない。
「それってさあ、櫂もルルを知ってるって意味だよなあ?」
「え…、あ、うん…そうだけ…」
「いつからだよ?!」
「っ…?!」
突然に少し語気を強められた低い声のそれは、大きく声を荒げたわけでも、恫喝されたわけでもないのに。
智明を怯えさせるには十分過ぎる程のものだった。
それは言いかけた智明の言葉を遮り、有無を言わさぬ迫力は質問と言うよりもまさに詰問だった。
不安に瞳を揺らし今にも泣きそうな智明を他所に、森がゆらり、と緩慢にその体を智明の方へと近づかせる動きは、実際遅いのだろうが時が止まってしまったかのようにも見える。
「なあ、答えろよ」
「…ちゅ、中1の…」
答える気配のない智明に焦れた様を隠すこともなく、森は更に詰め寄った。
こんな明らかに怒りの感情を森から向けられたことがなかった智明は、困惑と恐怖と驚愕とそして、後悔の渦に振り回されながらやっとの思いで答える。
すると、チッと小さくもはっきりと聞こえた音。
この音は何度も聞いた事がある。
可愛いともてはやされる智明を良く思わない同級生や、或いは森や櫂に近付きたい女の子達が邪魔だとばかりに、聞こえよがしに立てる音。
そして智明を欲望の捌けにしようと、我が意のままにしようと企む輩が追いかけ回していた時、背後から聞こえてきたこともある。
自分は舌打ちされたのだと漸く混乱した智明が理解した時、森が自分にそれをしたと言う事実に最早考えることを放棄してしまった。
「ルル!」
智明はさっきから姿の見えない妖精を呼びながら辺りを必死で見回した。
普段なら智明が呼べばすぐ姿を見せるはずのルルが、一切の反応を返してこない。
「や、やだ…ルル?ねえ、どこ行ったの??」
「智明?」
さっきまで森の様子に怯えていた智明が急にルルの名を呼びながら探し始める。
だが妖精は智明の呼びかけに答えないのか、やや取り乱し切羽詰った声で更に呼ぶ。
急にルルを探し始めたのには何か意味があるのだろうが、森には見えない存在のことで智明が取り乱す理由を推し量ることは出来ない。
「ルルが言えって言ったから、大丈夫だと思ったのに、ちっともそうじゃないじゃないか…。もうやだよ、ルル!どこ?!」
「お、おい?」
「出てきてよ、ルル!どんなにやれって言っても、もうこれ以上は僕には無理だから!」
「な…んの話してんだよ、智明」
ルルが言えって言ったから、大丈夫だと思ったのに。
これ以上は僕には無理。
智明の言葉に隠された意味を探るべく口の中で反芻してみる。
何についてかは不明だが、ルルが言えと言った相手は恐らく自分だ。
そしてまだ智明は言うべきことを言えないでいる。
森は言えない理由が何なのか、またその内容が気になってくる。
さっきは智明の口から櫂のことを聞かされた時、森は目の前が真っ赤になるかと思うほどの嫉妬に襲われた。
3年も前からルルのことを知っていた弟に、自分には打ち明けなかった智明に、言いようのない怒りと失望とが綯い交ぜになり一瞬我を失いかけた。
だが何故か、今は森より智明がそんな状態になっている。
そのおかげで毒気を抜かれた森が智明を落ち着かせようと、その腕に抱きしめようとすべく手を伸ばすと智明はびく、と体を跳ねさせまるで敵に見つかったかのような瞳で森を見た。
既に涙で潤んでいるその瞳から森が窺える感情は唯一つ、「恐怖」だった。
2人の脳裏に浮かんだ言葉は「しまった」でシンクしてたはずです。