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妖精に愛された僕  作者: 豆田あんじ
12/32

いつでも君を守るから

ちょっと長めですが、お付き合い下さいませ。









「…智明、大丈夫か?」


「ん…」



あれ、僕なんで森に抱きしめられてるんだっけ…。



「なんか、色々衝撃的だったな…」


「そうだね…」



ど、どうしよう…。


急にすごく恥ずかしくなってきちゃった…。



智明に当てられていた森の手が、今度は髪をく動きに変わっている。


一房掬い、くるくると指に巻きつけてからそのまま流す。


智明の髪は細くて柔らかくて、触ると気持ちいいって子供の頃言われたことがあったけど。


なんか、この動きはそういうのじゃない気がする…。



そこだけ何故か甘い時間が流れているような、そんな錯覚さえしてしまう。


智明は森から離れるタイミングを上手く掴めなくなって、悶々と逡巡しゅんじゅんしていた。


すると森が、新たな疑問を投げてきた。



「俺もう一つさ、ルルのことで気になってることがあるんだけど」


「え、なに?」


「智明はあんま思い出したくないかもしれないけど、聞いてもいいか?」


「うん、いいよ?」



きちんと話を聞く、という態度を見せるために智明は森から離れ、正面に座りなおした。


そのせいで自分から失われてしまった森の体温に未練を感じながらも、顔には出さないように頬に手を当てて気持ちを切り替える。



「ルルは智明に対する悪意に反応して教えてくれるけど、実際危険が迫ったことは何度もあっただろ?」


「うん」


「でも結果的に被害はなくて、運良く通行人に助けてもらったとか、犯人が智明を追いかけながら自滅したとか…」


「うん」


「それ、どうやって切り抜けてきたんだ?」



森の疑問ももっともである。


森や櫂が智明に被害が及ばないように気を付けていたのに、何故か隙を突かれて襲われてきたのだ。


子供だけの力では仕方のないことだけど、智明の襲われ回数はちょっと普通じゃない。


それを全て回避できてるその事実こそあれど、何故か誰も気にしないし追求しないこの不自然さ。


かく言う森も、疑問に思っていても次の瞬間には、「まあいっか」と思ってしまうのだ。


だから森の家族も智明に関して予防策を講じるとか、そういう類の事を一切しなかった。


普通なら当然考えられない事態だ。



「えっとね、僕に危険が迫ってくると、ルルは少し先の未来が見えるみたいなんだ」


「へえ、どのくらい先の?」


「うーんと、未来が見えるってのは僕のまったくの想像なんだけど」


「なんでそう思うんだ?」


「多分なんだけど、未来を見た時に色んな分岐が出てきて、その中からルートを導き出してるみたいな感じがするんだよね」


「ほほう?」


「いつも吠えない大人しい桜庭さんとこの犬いるじゃない?」


「ああ、黒ラブの桃太な。あいつは利口なやつだよな」


「僕が追いかけられてあそこ通ったとき、庭に居た桃太が吠えたんだよ」


「え。俺あいつの声聞いたことねえぞ…」


「すごい勢いで吠えてて、その人は犬が苦手だったみたいで、驚いて転んでたよ」


「俺も桃太に吠えられたら多分驚くわ…」


「僕もびっくりしたよ…。それに逃げる道もね、人の家の庭とかそこに駐車してる車の上に飛び乗って走ったりね、僕も必死なんだよ?」


「そ、それは…なかなか厳しいな…」



森の脳裏に運動会の障害物競走が浮かんだのは無理もない。


どうも智明の説明のせいなのか、ルルのせいなのかその両方なのか、狙われていたという話なのに緊迫感が一切感じられない。



「あでも、そういえばそういうルートは最近ないね」


「昔に比べたら自滅パターンが多くなってないか?」


「うん、ルルもちょっとやけくそっぽいんだよね…」


「その自滅の仕方もかなり不可解だろ、普通なら」


「そうなんだけど、どうしてか追求されないんだよね。やっぱ、不自然だよね…?」


「かなりな。だが、あれは発見された時の状況が言い訳の仕様がないから、二度とやらかそうって気にはならないだろうけどな」



ルルが仕留めることについて自分も含め誰も大して気にしないのは、妖精が関わっているから故の何かの力が働いている、と考えるのが一番妥当なのだろうと思う。


だが、今はルルの存在を知ったからだろうか。


疑問は疑問として森の中に存在しているし、今こうして智明にそれを説明をさせている。


これにも何か意味があるのだろうか…。


智明たちが3歳の時に事故で亡くなった伯父夫婦の英明と智香。


その翌日に突然見えるようになったという、妖精ルル


森は見えないけれど確かに存在しているルルを、まるで亡くなった両親かれらの代わりに智明を守るために現れたんじゃないかと思い始めていた。



「あれは…僕はルルの必殺技って言ってるんだけどね」


「え。そんなのがあるのか?」


「知りたい?」


「おう」


「じゃあ、ルルに再現してもらう?」


「今できるのか?」


「うん、とどめ刺さないやり方にしてもらうから」


「おい…とどめとか言うなし」



あはは、と屈託くったくなく笑う智明が可愛い。


「知りたい?」と首を傾げながら問う智明が可愛い。


ルルに必殺技見せてあげて、と頼んでるらしい智明が可愛い。



ここ最近ずっと智明と2人きりになる機会なんかなかったから、正にこの状況は嬉しくもあるが非常にまずい。


さっきも久々に智明を抱きしめたりしたのはいいけど、智明が身じろぐ度にほのかに香る甘い体臭と、それに伴う僅かに体に伝う体温と振動が森の忍耐力をこれでもか、と試されていたと思う。


そんなことを考えていると、梱包用のビニール紐を1メートル程の長さに切ったものを持ちながら、智明が森の手を引いて扉の前に立たせる。



「じゃあ…ここ、森はベッドの方を向いて立ってね?」


「ああ、立つだけでいいのか?」


「そそ。扉から拳一つ分だけあけて…あ、今ジャージはいてるからベルトはしてないよね?」


「ああ」


「それじゃこのビニール紐をベルトに見立ててジャージの上から結んでくれる?」



そう言って渡されたその紐をジャージの上から腰骨の上で結ぶ。



「こんなんでいいか?」


「うんうん。それじゃ僕はベッドに戻るね」



智明がベッドに腰掛けると、森からの距離は約5メートル弱というところだろうか。



「準備はいい?」


「おけ。いつでもこいや!」


「ルル、お願い」


「どわっ!!」



智明の声とほぼ同時に、森の腰から下に何かがものすごい勢いで下がったと思ったら、結んだはずのビニール紐とそれで締められていたジャージが、森の足首まで下げられていた。


辛うじてボクサーパンツは穿いたままだったのが、更に森の驚きを増した。



「これが、ルルの必殺技。すごいでしょ」


「すっげえな…。これ、紐だけ切ってあるのか?」



はらり、と舞うように落ちたビニール紐は結び目とは反対側の、背中の部分の真ん中で一刀両断されていた。



「そう、実際は背後からズボンのファスナーが開く位置くらいまで下着もまとめて切って、一気にくるぶしまで穿いてるもの全部下げちゃうの」


「なるほど…」


「今は実験だし、切らなくてもそのまま下げられるジャージだから、ルルは紐だけ切ったんだね」


「これを追いかけてる最中にやられるのか…。そりゃいきなり足枷あしかせめられたようなもんだし、普通にもんどりうって下半身丸出しで転がるわなあ?」


「うん。それを仕掛ける時は大体、誰も居ない場所に誘い込むから相手もちょっと油断するんだよね」


「でも俺はルルが見えないのに、どうしてルルは俺に触れたんだ?」


「えっと、ルルは誰も見ていなければ物を動かしたりもできるみたい。でもやっぱり、姿は僕にしか見えないんだけど」


「じゃあ、さっきのマグから出てきたってやつは?」


「それは他人の目があるときの僕にしか見えない効果なんだよ。だからあの時マグの中のコーヒーも、何かが出入りしたような形跡がなかったでしょ?」


「なるほど…。誰にも見られない位置からだから、ルルも俺の服に干渉できたのか」


「そうみたい。でもそれはつい最近知った条件だったんだけど…」



櫂が気が付かなければ、きっと智明はずっと気にも留めなかっただろう。


それを森に言うと、何だか自分があまりにもぼんやりしてるような気がして、知るきっかけになったことにはえて触れなかった。


またすげえスルースキル、とか言われちゃいそうだし。


実際言われてないけれどきっと森ならそういうだろうと、勝手に想像して智明は意図せず唇が少々尖ってしまった。



「それにとどめの方法はその時の気分次第みたいで、転んだ上にブロック塀が沢山とか、その辺に停めてあったチャリとか、収集に間に合わなかった誰かの生ゴミとか…」


「不法投棄されてた家電とか箪笥たんすだのってのもあったよなあ?」


「あったね…」


「ルル容赦ねえな…」



溜め息混じりにそう言いながら森が扉に凭れながら腕を組む。


何だかんだ言って、結構な情報を一気に入れたのだから、混乱するのも無理はないと智明は思った。


智明はルルに出会ったのは子供の時で心もまだ純粋で、その存在を受け入れるには何の問題もなかった。


だが、森と櫂は無条件で信じてくれた。


もし逆の立場だったら、自分は信じてあげられただろうか。


本当にこの2人が居てくれなければ、智明はどうなっていただろうと思うと恐怖すら感じる。


ふと気が付くとまだ智明たちの距離が離れたままで、森はドアの前から何かを思案していて戻ってくる気配がない。


それに智明にはずっと気になってることがあって、森に声をかけることにした。



「あ、あの、森…?」


「…ん?」



その声で意識をこちらに戻した森は、智明が何故かそわそわしながら自分を見ているのを不思議に思い首を傾げる。



「あの、ズボン、穿いて?」



しまった。


色々夢中になりすぎて、この自分の酷い現状を忘れていた…。


パン1はないわな…。


智明に指摘されて森は再度自分の情けない下半身を見遣る。



「お、おう…すまん…」



森は取り敢えず何もなかったようにジャージを穿きなおし、変なパンツじゃなくて良かったなどと乙女な事を考えていた。











好きな相手には誰でも乙女になるんです。

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