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妖精に愛された僕  作者: 豆田あんじ
10/32

呼ばれてないのに飛び出した

今回も少々コメディ色が強いです。






「で?」


「あ、ありがと。…あの、ルルの事なんだけど…」



階下から麦茶と自分のコーヒーを淹れて戻ってきた櫂は、ベッドの上にちょこんと座っている智明に手渡しながら話の続きを促した。



「うん」


「僕にしか見えない、妖精みたいな存在なんだ」


「よ…妖精…?」


「うん…」



いきなりの展開に森が沈黙する。


智明が目に見えない何かと意思疎通を図ってることは薄々感づいてはいたが、森は相手が妖精という予想はしていなかった。


ファンタジーな世界の物語は子供の頃から余り縁がなく、森の記憶の中にはほぼ存在しない。


イメージが非常にしづらいために自然と森の眉間には縦にしわが寄っていく。



「あ、あの、森…?」



顎に親指と人差し指を当てて考え込んでしまった森を、智明はやはり信じてもらえなかったのだろうかと急に不安に駆られる。


やっぱり言うんじゃなかったとか、だけどルルが強引に言えっていうからだの、頭の中をネガティブな思考がぐるぐる回りだすのを止められない。


この間にも何の反応も返さない森に智明は拒絶されてるのだと思い、彼を見つめる瞳には見る見る水分が盛り上がってくる。



こうなるってルルは知ってたんじゃないの?

 

森が僕のことなら信じるって言ったけど、やっぱり妖精ルルが見えるなんて言っちゃだめだったんじゃないの?


いつもルルの言うことは正しくて、いつも助けられていたのに、だけど今は…。



ルルに確かめなくちゃ、とその姿を探すが羽音も聞こえないし、いつもの智明お手製のお気に入りのルル専用ベッドにも、智明の傍にも居ない。



部屋にはいるはず…。


ルルったら、隠れちゃったんだ。



とうとう堪えきれなくなった涙が零れそうになり、誤魔化すために麦茶のグラスを口に当てて俯いた。


今智明が泣いたとしても、森はこれまでのように慰めてくれないような気がして、そのことだけでも鼻の奥がつーんとしてくる。


その刺激でそういえばさっき魘されて起きたので、思ったよりも喉が渇いてることに気付き、少しずつ飲むことにする。


視線の先には森がまだ考え込んでいるように見える。


顎に当てた手はそのままで、反対の手に握られたマグにはまだ手をつけていないアイスコーヒーが入っている。


飲まないのかな、とふと智明が思った瞬間。


そのマグの中身からひょこり、とルルが顔を出した。



「ぶはっ!!」


「ええっ?!」



とんでもないところから出てきたルルに驚き、智明は飲みかけていた麦茶を気管に入れてむせてしまった。


黒い液体を頭からしたたらせ、まるで泥遊びをした後の子供のような様子に、笑いを誘われるが如何いかんせん咽てる最中にそれは無理である。


げほごほ、と咳き込む智明の背中を森の大きな掌がさする。



「お、おい、大丈夫か?」


「げほげほ…ん、平気…ごほっ!」



新たな酸素を求めて深呼吸を一つすると、智明は漸く落ち着いた。


さっきまでの智明を包んでいた重い空気は霧散し、心配げに森が智明の顔を覗き込んでいる。



「いきなりどうした?」


「い、いや、あのね…」


「ん?」


「言っていいのかな…」


「…なんだ?」


「今ルルが、」


「ルルが?」


「いきなり森のマグから出てきたのを見て、びっくりして…」


「何だって…?」



2人して森のマグを見遣る。


ルルは丁度マグからあがったところで、コーヒーの付いた体を犬が雨に濡れた後のようにプルプルと震わす。


今さっきまでコーヒーで濡れていたはずのルルの髪も体も、その一瞬の動作で元通りになってしまっていた。


一方、森にそれが見えるはずもなく、妖精は常にマグから出るものなのかと更に頭をひねる。



「なあ、マグから出てきたって…どういう意味?」


「出てくる感じは、壷から出てくるどっかの魔人のような…」


「…」


「それで、頭だけマグから出してて、イメージ的には目玉のおやじのような…」


「…」


「い、いつもはこんなことしないんだよ、本当だよ?」



黙りこくってしまった森に必死にルルのフォローをする智明だったが、またしても森は先程と同様に考え込んでしまった。


呆れられちゃったのかな、とまた俯いてしまう。



「智明」


「え」



何かを思い立ったように森が急に顔を上げ、智明に振り向きながら言った。



「何か書くもの貸してくれ。ついでに色鉛筆的なものがあるといいんだけど」


「え、あ、うん。ちょっとまってね」



森がマグを運ぶのに持ってきたトレーにそれを載せ、慌てて智明は机に言われたものを取りに向かう。


色を塗るってことは何か絵を描くのかな。


さっき考え込んでいたのは、このことだったのかな。


智明は何か適当なものがないかと本棚やラックを探すと、中学の時に使っていたスケッチブックがまだ残っていたので、それと一緒に自宅用の筆箱と色鉛筆を掴んで森の所へ戻った。



「これでいい?」


「お、さんきゅ」



森が受け取ったスケッチブックを裏からめくり、筆箱からシャーペンを取り出しカチカチ芯を出す仕草を智明は眺めていた。


ヘッドボードにもたれ胡坐をかくと、森がベッドの脇に立ったままの智明を手招きする。



「な、なに?」


「いいからおいで」



言われるままに森の傍に行くと、ここに座って、と森の足の間を指差された。


確かに小さい頃はそんな接触も毎日のことだったけど、今そんなことをしたら智明の顔はゆでだこのようになってしまうだろう。


どうしよう、と躊躇していたら焦れた森が智明の腕を取り、智明の背が森の胸に寄りかかるように強引に座らせてしまった。



「う…わっ…」



思わず出た声に頭の後ろでくすっと笑う音がしたと同時に、智明の項に森の息が当たりその刺激に思わず身をよじってしまう。


そんな様子を気付いているのかいないのか。


森はさっきの筆記用具を掴むと体育座りをした智明の腿にスケッチブックを載せた。



「森…何をするの?」


「ルルの特徴を教えてくれ。俺がそれを絵にするから」


「え、森がルルの絵を?」


「ああ、どうにもイメージが沸かねえんだよな。だけど智明が見てるものを俺も知りたいから、教えてくれ」



最初から森は智明をうたぐってなどいなかった。


それどころか、「智明が見てるものを俺も知りたい」とまで言ってくれた。


それに比べ、自分は森の言葉を、信じてくれた彼の心を疑った。


自分は何て醜いんだろう。



ルルの特徴を聞きながら器用に画用紙の上にルルが森の手によって再現されるのを、智明は自分を責める言葉から逃げる術もないまま眺めていた。














智明のルルについての比喩が古くて通じなかったらどうしよう、と思いました(汗

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