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Ephemeral note ~リディアス国立研究所  作者: 瑞月風花


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 研究所全体が慌ただしく音を立てていることでランドは眠っていたことに気付いた。宿直でもないくせに部屋の中から顔を出したランドに対して、衛兵たちは全く無視を決め込んでいるようで、まるでそこにいないかのように扱われていた。それは楽しいものでもなく、かといって不快とまでもいかないものだった。言ってみればこの状況は、ランドの日常と変わりがない。それでも、その中でも人の好さそうで、衛兵連中からは仕事が出来ないと言われていそうな衛兵を見つけると声を掛け続け、やっと事の真相が分かった次第だった。


 彼らが走ってもたもたしているのは、衛兵隊長が、それよりも上への報告を渋っていたからだ。頼りにされてもどうにも出来ないが、まず宿直研究員からランドへの報告があってもいいものなのに。ミシェルを伝い、マリアへ、そして、ラルーへという伝達も出来ていない。


 どこかで感情が高ぶっていたのだろう。研究室廊下を歩くランドの足音がいつもよりも少し高いことに気付いたのは、すれ違う衛兵が恐々とランドの表情を覗き込むようになってからだった。衛兵たちが魔女のいる部屋へと通じる廊下へ消えては出現する、を繰り返していた。ランドは彼らを押し退け、その奥へと歩む。


「いったいこの騒ぎは何なんですか?」


その声に目を剥きだした主任衛兵が金魚のように口をパクパクさせた。


 頑丈に錠が掛けられてある扉は開けっ放しになっており、空涼しい風が研究所の廊下へ抜けていく。そこにはここの番に当たっていた衛兵二人が倒れていたらしい。


「彼らには意識が回復次第状況を聞き出します」


主任衛兵が声を強張らせ、一点を見つめたまま報告した。


「無事なんですね」


魔女の部屋は大きな騒動があったとは思えないくらいの静けさで、割れた金魚鉢が転がっていた。それなのに金魚はどこを探してもいない。ランドは静かに全てを眺めていた。一番風を受けやすいパーテーションは綺麗に立ったまま、椅子も鎮座したまま、ベッドも全く煤けた後がない。うるさいのは廊下だけだ。


「ここの扉が無理に開かれれば警報がなるようになっていたでしょう?」


衛兵の表情が曇るのが分かった。仲間意識からなのか、それともプライドからなのか。彼は言葉を濁しながら、「鍵は彼らが開けたようです」と呟いた。彼の視線の先にはおそらく誰にでも分かるような形で、酒瓶が何本か転がっていた。


「長官に報告は?」


彼らは答えなかった。答えられないのだ。


「あなたたちへの指揮権を持たない私はともかく、あなた方の上司はラルー長官でしょう? どうして先に報告なさらないんですか? あなたはいったい何を考えておられるのでしょうか」


主任衛兵の喉がごくりと動いた。本当は、ランドはともかくというところで、すでに嫌味になる言葉だ。


「大切なことです」


そして、もちろん彼は分かっていないだろうが、報告出来る状態にラルーがあるのならば、ラルーはこの逃走劇に参加していない。もし、この逃走に関わっているのならば、既にラルーはいない。


「分かりました。このことは私から連絡します。あなたはすぐにでも魔女を捕まえる算段をつけてください。小事に出来ることではありませんよ」


衛兵は敬礼をし、じっとランドを見つめてはっきりと言葉を放った。


「後、ここにガント室長がいらっしゃいました」


まるで、ガントにも非がある様な口ぶりが気に障った。


「分かりました。それはこちらできちんと処理させて頂きましょう。ですが、すぐに長官に知らせてください。これはあなた方の義務です」


彼らの怪我は大したことないのだろう。おそらく明日、すべて詳らかになる。その場に立ち会うのはおそらくラルーとこの衛兵主任と研究所の主要メンバー。ランドは否が応でもそこに立ち会おうと思った。ランドは研究所内の捜索に努めることにした。夜の研究所には慣れているのだが、今夜はいつになく気持ちの悪い夜だった。まるで幽霊に掴まれそうで、目の端に幻を見つけそうで、するはずのない音を聞き出しそうで、すべての感覚が狂ってしまいそうな場所に思えた。


 最後の扉を開いたのは、ガントだろう。魔女の部屋に辿り着くまでの全ての鍵は、兵士と研究所職員がそろわないといけない。しかも、それなりの立場で、それなりの言い分のある人間。


 広い研究所の中で、見つけなければならないものが見つからないというのは、まるで永遠の中を這いずり回っているようだった。呼びかけても、各部屋を覗き回っても、返事もなければ、姿もない。探しても探しても、もしかしたらあの隙間にいたのではないかという疑念に囚われてしまうのだ。月の光が大きな窓から伸びてきていて、ランドの影を大きく伸ばしていた。ランドは大きく深呼吸をしてみた。ワカバの行きそうな場所、いや、本当はガントを探していた。一緒にいればまだいい、研究所の中にいればことを大きくせずにすむ、そんなことを思い描いていた。不思議に自分がおかしくなってきた。中庭には人が立っていた。ガントだ。一人だった。



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