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 魔女のいる隔離室は厳重に管理されてある。今の所『魔女』しかそこに入っているのを見たことはないが、精神に異常を来たした者、が放り込まれる場所だった。これでもまだ言い回しとしては柔らかな方で、拷問の末に精神を崩壊させた者、もしくは、永久刑の囚人に施される実験によって、外に出せなくなってしまった者が入る場所だった。簡単なベッドだけが置かれ、人が『人間』という権利を剥奪される場所だ。


 だから、そこは『魔女』が入る場所、なのだ。


 まぁ、あの魔女が入ることが決まり、水回りが改善されたのだから、以前に増してましになっている、と考えていいのかもしれない。しかし、それがよく通ったものだ。ラルーは一体どのような言葉を扱ったのだろう。


 まさか、長期決戦に備えてのオムツ代とトイレ工事費を数字に表わして比較したのではあるまい。いや、結果何も飲まない、食べない魔女からは何も排泄されないのだから、そこに意味はないのかもしれない。


 最初の扉があるのは、魔女がいる部屋と比べると一階上になり、監視部屋になっている。そして、その部屋からは痩せっぽちの女の子が細い足をぶらぶらさせながらベッドに座り、無表情で天井近くについている小窓を眺めている姿が見える。彼女はだいたいそうやって日中を過ごしている。そして、続く鉄製の重い扉の前には全ての鍵を持っている衛兵がいて、脱獄、侵入を阻止している。扉は全部で三枚あり、最後は鉄格子のダイヤル式の扉がある。これは研究所でも限られた者が、毎日手動で三桁の番号を変えて引き継いでいくので、衛兵には開くことが出来ない。その隔離室の前にいる衛兵がランドとマリアを見つけると、刷り込みのような動きで立ち上がり、扉を開ける。彼女はその間何も話さない。ランドが最後の扉を開くと、ランドの前で魔女が大きく口を開けて待っている。


 ここで動く彼女の行動は全てラルーが仕込んだものだった。ランドにこの仕事を引き継ぐ前日に、ラルーは彼女を連れて予行し、「あなたのすべき行動はこれだけですわ」と伝えた。魔女はラルーが言ったこと全てを忠実にこなしているが、ランドが言うことは全く耳に止めてはいない。おそらく、いらない音と判断されて、流れていくものなのだ。


「変わりなしですね」


何も喋らない魔女に幾度同じことを一人で呟いてきたか。魔女の年齢は九つ。人間だと成長盛り、食べ盛りの年頃だろう。しかし、九年間生きていると言うだけで、人間の九歳とは違うだろうと言う者もいる。


「食べないと大きくなれませんよ」


魔女は穴が開くほどランドをじっと見つめたまま首を傾げて、大人しくランドを見ている。まるで食べることをしない生き物が生き続けているということにまだ気付いていないのか、とランドを非難する研究者たちの同情すら通り過ぎた眼差しだった。無感情とでもいうのだろうか。ランドは廊下から研究室までその眼差しを受けて帰っていく。


 現副長官のラルーはランドがここの国立学校を卒業する少し前に、アーシュレイ国王から直々の辞令を持ってこの国立研究所に現れた魔女だ。いや、魔女だというのは噂であって実際どうなのかはよく分からない。ただ、彼女の権限は絶対で当時長官だったパタを降ろし、パタと敵対していたランネルを長官に仕立て、一年であの魔女狩りを成功させた。


 そして、卒業し、めでたく研究生になったばかりのランドの論文を見つけたのがラルーだった。


 確か、どうして魔女が魔女であるのか、結論は人間側が区別しているだけで、同じ生物である、に落ち着いていたはずだ。


「あなたの書いた論文を読ませていただきましたわ。面白い着眼点ですわね」


ラルーは唇にだけ微笑みを乗せて、冷たく刺すような視線でランドを見つめていた。ランドは立っているのがやっとなくらいに緊張していて、まるで蛇に睨まれた蛙だった。緊張のままランドが頷くとラルーがにっこりと微笑んだ。そして、ラルーは机に乗せてある論文を白蛇のように見える指で紙をなぞり、ある一点で止まった。


「ここの所の文章は書き換えるべきですわね。人間と同じ仕組みでも魔女と人間は大きく違いますもの。そうですわね、人間と虫よりももっと異質なものでしょう」


「そんな、だって、全く違うでしょう?」


「えぇ、全く違います」


ランドは肩透かしのような肯定を受けて、一瞬言葉を失った。そして、その隙を埋めるように冷たさを含む澄んだ水のような声が続いた。


「あなたを呼んだのは、この論文の評価をするためではなくて、あなたに魔女の看視役をして頂きたいと思ってのことです。何か変化があったらすぐに伝えて下さい。見ているだけで結構ですわ。研究生と言う立場ではなく職員として配属させますし、監視役の兵士も一人つけさせますので、心配ないでしょう。魔女の力を特別だと思わないあなたでも恐怖心くらいありますでしょう?」


いいえ、とはランドでも答えられなかった。この魔女狩りで捕まえられた魔女は、今まで処刑されてきた魔女とは全く違う。人一人呪い殺した、如何わしい薬品を持っている、動植物と喋る、千里眼を持つ、政府に反旗を翻したなんてものではなかった。


 村一つ吹き飛ばしたのだ。仲間の魔女と共に、魔女狩りに向かっていた先発部隊を。


 それを、警護役の兵士一人だけを与えられ、その任を押しつけられた。素直に異例の出世を喜ぶことは出来なかった。もしかしたら、取るに足らない人物なら死んでも大丈夫だろうと捨て駒にされたのかもしれない。しかし、魔女と言われるラルーの心なんて知る由もなかった。


 とにかく何か変化が欲しかった。でないとこのまま腐ってしまいそうだ。


 退屈なランドはペンを置き、忙しそうな職員たちの目を盗み研究机を後にした。もう昼近くになっていて、大きな廊下の窓から眩しい日差しが差し込んでいた。久し振りの快晴で庭の木々が青々と光って見えていて、その先にある背の高いコンクリートの壁がとても残念に見えた。こんなに綺麗な庭なのに、見ることの出来る者は誰も見ようとはしない。


「いい天気ですね」


ランドがすれ違う白衣の職員に声を掛けたが、何も答えなかった。全く平和ではない場所に平和としか見受けられない庭があり、まさかと思われる魔女に残酷な力が存在する。その何とも言えない矛盾が、船酔いのような気持ち悪さをランドに感じさせた。ランドは伸びをして、さてと、と呟いた。

ランドの足はもちろん魔女のもとに向かっていた。『変化』に対する試みの一つとして、ランドは第一の扉の前でパルシラに何気なく唐突に要求した。要するに暇なのだ。




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