表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Ephemeral note ~リディアス国立研究所  作者: 瑞月風花


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/25

17

 その後の会議で確かにランドはラルーに付き添うマリアに会った。

 

 アナケラス王が病に伏したということが、ラルーの口からではなくマリアの口から発表され、その後を第二王子であるグラディールが玉座に座ると言う。皆が妥当だと納得した。ランドも異議はなかった。


 しかし、多くの研究員がグラディールの玉座が長くないことを知っていた。頭脳明晰でリーダーシップもあり、アーシュレイ王にも似た決断力もある、王たる器を持って生まれたような男は、持病があり、幼い頃から長くは生きられないと宣言されている身だ。それでも、それを濁したままの空気に居心地の悪さが残るのには変わりなかった。そして、ランドはこの類の空気が嫌いだった。


「第一王子のアイルゴット様は納得されていますか?」


また、あなたは余計なことをとそのマリアの目が言っているようだ。マリアが言葉を濁した次にラルーがにっこりと笑った。アーシュレイ王には二人の孫がいて、アイルゴットが第一王子、グラディールが第二王子だった。ただ、第一王子は感受性が高く、国政には不向きだと言われていて、本人が望んだとおり国政には付かず、身分を隠して放浪の旅に出ていたり、雇われの身で生計を立てたりしているかなり変わった王子だった。その生き方だけを聞いていれば、さも強情で頑固なアーシュレイ王そのものなのだが、仕事が長続きしない理由として、現実に打たれやすい性格、があげられた。背負うべき荷物が重すぎると、進むべき道を失う。


 それもこれも弟の出来が良過ぎたせいだ。認められたくて走り出し、躓き、追い抜かれる。


「今の彼にこの大役を言い渡すのは酷でしょう」


ラルーがその言葉を言うことを待っていたかのように野次が飛んだ。魔女の分際で侮辱する気か、だとか。その野次を飛ばしている者たちがランドには一番非礼な態度を取っているように思えた。


 あの時のアーシュレイ王の言葉が真実ならば、ラルーこそが誰よりもその玉座の傍にと切望されていたのだから。そして、アーシュレイ王もラルーと同じことを言っていた。


 上に立ってしまった全体の安寧を考える英雄の瞳は虚ろだった。アーシュレイ王は自分の意志を貫き通した確固たる王である、ということを王自身が、唯々あの学生たちのように信じ続けていないと生きていけないかのような強迫観念すらあったのかもしれない。魔女狩りの正当性に対し、どれだけの自信を持っていたのか。誰がその自信を植え付けたのか。自然とラルーの顔に視線が動いた。


 しかし、つまらない会議だった。殊に最近の魔女の動向についての非難なんて、近所の大人が子どものすることに対して的確な説明を、と抗議しているようなものだった。


 会議は淡々と、ラルーがそれに対しての経緯を話し、答えていくという形で進められ、終盤には付け入る隙すらないくらいに言い負かされてしまった研究者たちが肩を落とし、項垂れていくという結末を迎えていた。ランドはラルーの苦情処理能力に圧巻の思いだった。ランドは終業のベルを待ち望んでいた学生のように手早く資料を束ね、席を立ち、ラルーに駆け寄った。マリアがそんなランドを睨みつけた。にっこりとほほ笑むラルーに期待がなかったわけではないが、ランドはそれが否定の意味を含むのだと感じた。


「長官、少しいいですか?」


「副所長代理のつまらないお話には一分も無駄には出来ません」


マリアの態度に憤慨するでもなく、ラルーは諦めたようにして微笑んだ。


「マリアさん、肩書は代理でも、実質、彼は副所長の仕事をされているのですよ」


「認めません。あの人は単なる代理の者です」


割れたガラスのようなマリアの口調は分かりやすいが、暖かい氷をイメージしてしまうラルーの声は何を意味しているのかが、よく分からない。優しい響きと隠された冷たさ。上司としてのラルーと魔女としてのラルー。そして、ラルー自身がどこまでその言葉に反映されているのだろう。そのラルーがにっこりと笑う。


「たまにはあの子に会ってあげてくださいね。あなたが来なくて寂しいみたいですわよ」


「そんなことはないでしょう」


ランドは静かに否定したが、ラルーはそのままマリアを引き連れ長い廊下を歩いて行ってしまった。その二人の背中には、互いに違う方向を見つめながら、同じ方向へと向かう違和感があった。


 ワカバがランドに会えなくて寂しがっている、ということは気にも留めたことがなかった。どちらかと言えば、会いたくないだろうとさえ思っていたのだが、他人から言われると、会いたくない、と思っていたのはランド自身であるということを認識させられた。しかし、諸手を挙げてワカバに会いに行けるかと言えば、そうでもなかった。


 背後からミシェル青年の明るい声が聞こえた。時間通りだ。


「副所長は、長官に失恋ですか」


「はい、思いっきり振られてしまいました」


ランドはへらへら笑い、頭を掻いた。実際は振られたというよりも、窘められた感が強かった。ミシェルは太陽のように笑い、スケジュール表をめくった。その仕草は少しだけマリアに似ている。マリアの元でノウハウを教えてもらったからだろう。ランドは軽く笑って答えた。


「護衛が硬すぎますね」


「そうですよねぇ。でも、今日の会議内容ってまるで苦情ばかりで可笑しかったですね。魔女がトイレの水を流し過ぎて溢れさせたとか、独り言が気持ち悪いとか、壁に落書きをしていたとか、そんなこと長官に言ってどうするんでしょう? だいたいそういうのって気付いた大人が注意すればいいことじゃないですか」


ミシェルの言うことが正しい。ただ、ランドはそれを深刻に受け止めながら、軽く笑った。ワカバの場合、独り言が呪いの言葉であったり、落書きが魔法陣であったりと疑われて、気味悪がられてもおかしくないのも事実だった。しかし、ワカバはそんなことはしないし、ミシェルの考えが合っているのは目に見えている。衛兵たちがそこまで頭を回して気味悪がっているとも考えにくい。笑いながら彼はランドに予定を告げた。自信がついて講義もうまく進められているミシェルは最近いつもなんだか楽しそうだ。


「ミシェル君は秘書官になりたいんですか?」


ミシェルの表情が硬くなり、饒舌だった口調も動かなくなった。ミシェルはいつも自分のことを尋ねられるとだんまりになってしまう。ランドはそれが面白く、心配な点だった。


「別に、なりたいっていうことでもないんですけど…」


他にしたいことも思いつかない。今の仕事が嫌いなわけでもない。講義だって楽しくなってきているし、成長する子どもの姿を見るのもなかなかいいかもしれない。これまでの彼の台詞をランドは頭の中で巡らせて、最終的にこう位置付けておく。


「まだ若いからいいんですよ。たくさんの可能性があって」


「はぁ。でもそんなに頭もよくないので、どこへ行けばいいのかはっきり言って分からないんです」


恥ずかしそうに頭を掻いたミシェルの頭が悪いわけがない。リディアス上級学校に進む学生がこの国選抜百名。そして、研修生として残るのがその半分。研究所に研究生として残れるのはその十分の一に満たない数だ。誰も残れない年だってある。


「じゃあ、例えば、十六歳を迎える女の子にはいったいどんなものを持って行けば喜ぶと思いますか? 私も頭がそんなによくないので、全く思いつきません」


きょとんとする顔がさらにおもしろかった。それでも真剣に考えてくれる。


「お誕生日ですか?」


「いいえ、久し振りに会うので、手土産程度です。以前に嫌な思いもさせてしまっているので、お詫びも込めて。この後の予定は完璧に覚えました。予定が終わる時間までに何か用意しておいてくれませんか?」


不安になると顔が青ざめてくるミシェルは、二度目の講義に出た時と同じくらいに青くなっていた。しかし、二度目の講義はグジェルに住む魔女。初めて聞く魔女の種類に子供たちの耳がそばだつのを見て、ランドは安心して廊下を通り過ぎたのを覚えている。ミシェルは器用で真面目だが、自信不足だ。


「分かりました」


「あなたがいいと思ったものでいいですよ」


それが難しいのだろう。自信過剰になるくらいでないと、ここではやっていけない。しかし、本当は彼の様にあぁやって迷う時間があってちょうどいいのだ。ランドはそんなことを考えながら、ミシェルの告げた予定通りに動くことにした。ミシェルが伝えたとおりだとすれば、この後ランドは勤務時間を守らないということで、衛兵隊長に叱られ、ランドが欲しいと要求している研究時間を却下され、城に呼び出され、研究所の最新情報を提供する。それから、堅苦しい方々との会食が待っているらしい。よって、夕食の心配をすることもなく、宿直室へと向かうことになる。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ