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Ephemeral note ~リディアス国立研究所  作者: 瑞月風花


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 トーラは遠い過去に生まれた産物である。トーラ誕生が描かれた百科事典の図は遠からず外れていない。


 トーラは、ある人間の女の体を憑代として生み出されたのだ。人の体を食いちぎり、腸から血に塗れた腕を伸ばす。おそらく、彼女の娘にはそんな風に見えたのだろう。


 トーラは過去を変え、今を思い通りに変えることが出来た。しかし、制限がある。トーラは自分自身の願いを持てないのだ。トーラはひたすら人間の望みを叶え続けた。


 人間は一つ叶えば、また一つ願いを増やしていく。何をしても満たされない器。


 トーラは人間の役に立てば立つほどに畏怖の目で眺められるようになってきた。


 トーラに消されることを恐れた人間たちは『永遠』を望み始めた。


 永遠を持った人間達が争いを起こす。死ねない身体は痛みを感じながらも、いつしか回復してしまう。恐れれば恐れる程に、互いに傷付け合う。言ってみれば、首のない胴体が、こっちを睨み付けて動かない生首に狙いを定めて切り付けに行くような世界だ。思うようにならない世界だ。そして、何も望まなかったトーラの娘が望んだ。


「お前なんていらない。こんな世界いらない」


トーラが生まれた時の結末はそんなものだった。


 しかし、トーラは幾度となくそんな世界を書き換えている。娘が生きた過去にはトーラを望む人間が常に存在するからだ。そして、時の遺児と呼ばれる、その時には存在しなかった者が存在するようになった。そして、その中に、どこの時の中にも存在しない者が生まれた。それは、娘が望んだ本来の願いを叶えるために必要な者だった。


 トーラに支配されることのない世界を娘は望んでいた。


 方法は簡単だ。その遺児にトーラを深く望ませる状況を与えればいい。そして、人間を傷付けるのと同じ方法で、トーラと共にその遺児を消してしまえばいい。


 ディアトーラはそんな時の遺児たちを隠し、ときわの森の中で匿っている。全ては流れてきた過去を守るためだ。


 魔女狩りを肯定してしまうようで怖かったのだ。だから、それを燃やしてしまおうとマッチを擦った時にラルーが現れた。ラルーは慌てるランドを、まるで悪戯がばれてしまった子どもを見つけたかのような視線でランドを窘めていた。


「そんなところでぐずぐずしていると、またマリアさんに叱られますわよ」


一瞬微笑んだラルーはその後すぐに表情を硬め、ランドに通達した。


「緊急招集ですわ」


「緊急ですか?」


首を傾げたランドに、ラルーは疲れた微笑みを浮かべた。副長官自らがやって来るくらいだ。緊急極まりない。


「長官が失踪しましたの」


マリアの言っていたことが本当になった。出世頭がいなくなったのだ。研究所は大わらわだった。


 ランネルが失踪してから、マリアはしばらく長官に据えられたラルーに付きっきりになった。ランドもその波に少なからず飲まれていて、学校へ行くことも図書館へ行くこともしばらく困難になっていた。それもこれも全てランネルのせいだ。そして、目の前にいる四角四面の若き研究生を眺めた。


「ランド副長官、先週に出された宿題のレポートが集まってきていて、どうしましょう?」


今日付けでランドの補佐役と言われ、いきなりランドの受け持つ授業を埋めるように言われ、困った顔の研究生が思ったよりも集まっている紙の束を抱えて立っていた。こんな状況に追いやられたらランドなら嫌味の一つも言いたくなる。


「あぁ、すみません。正式には副所長であり副長官代理です。あの子たちどうしてましたか?」


長官と名乗れるのは、軍を率いることの出来る科学者のみで、ランドは軍を率いるだけの力も、その気もない。どちらかといえば軍よりも講義の方が楽しい。


「僕にはどうも手に負えないみたいで…」


ランドは「ははは」と笑ってその紙の束を受け取り、副長官室へ引っ越すために用意した箱の中へとしまい込んだ。


「楽しい子たちでしょう?」


今度は相手が「ははは」と笑った。いやいや、楽しいどころではありません、という言葉が彼の口からではなく、その目が言っていた。


「また暇を見て授業にも戻りますよ。だから心配しないでください」


ランドの昇格なんて、幻のような、一時の物だろう。あの実験に深く関わっていたのはガントの方だ。きっと改められる。


 ランネルがいなくなったために魔女への実験は控えられるようになった。まず、ラルーが協力しなければ危なくて出来ないという現実もあったのだろう。しかし長官代理に据えられたラルーがそれを許すはずがなかった。実験推奨派の研究員たちは実験の権限を持つガントにまで、抗議をしに行っていたが、もちろんガントの返事は煮え切らなかった。それに加えトップ二人がラルーにランド。彼らの肩身はかなり狭い。


「準備はいかがでしょう」


補佐の研究生が今度はにこにこしながらランドを急かしていた。自分の知っていることに自信を持っていられる時が彼にとって幸せな時間なのだろう。まぁ、それも仕方がない。いきなり、ランドの受け持っていた授業の代行を頼まれて、ついでに、という形でマリアからランドの世話をするように言われたのだ。気の毒と言えば気の毒な立場だ。


「えぇ」


「後、副長官の仕事も引き継いで頂くことになるみたいなので、入ったらすぐによろしくお願いします。とのことです」


マリアと違い、研究生は人から言付かったことをしっかりとランドに伝えられている事を得意そうにした。


「えっと、ずっとついてくださるんだったら、お名前を教えてくれませんか? 後、この人事って誰が決めたかご存知ですか?」


「あっ、申し訳ありませんでした。えっと、僕はコーネリア・ミシェルです。これからもよろしくお願いします」


ランドは少し首を傾げて考えた。


「名字がコーネリア、ですか?」


「そうなんですよ。ご存知ですか?グジェルって国」


ミシェルと名乗る青年が目を輝かせた。


「えぇ。北西にあるリディアスと同じで王政国家でしたよね」


「小さな国で、ほとんどリディアスの一部みたいな国です。通行所すらいらないんですから。でも、ゴザイム家が代々自治を任されている国です」


地元の事となると彼はさっきまでの無表情と違い、いきいきとし始めていた。この活があれば、あの魔女学専攻の生徒たちの耳にも言葉が届くのではないかと思えるほどに。


「グジェルにも魔女についての伝説とかあるでしょう? グジェルも古い国ですから」


ランドが急に話題を変えたので、ミシェルの表情が笑っているような困惑しているような表情になった。


「え、えぇ。ありますけど…」


「それを講義で喋ってあげてください。聞いたこと、見たことのないことに興味津々な子たちですから。行きましょう」


ランドがまとめた荷物を持つ。それを手助けしようとミシェルはランドを追いかけた。ミシェルが慌ただしくランドについてきているが、気にせずにランドは歩き続けた。ランネルは何かを掴んで、それを何人にも知られないように、自分だけのものにしようと考えた、というのは考え過ぎなのだろうか。だから、実験反対派ばかりが上になるような事態になっているのではないだろうか。ランドの足が自然と止まっていた。魔力缶詰工場の倒産。あれも関係しているのだろうか。ともあれ、ランネルが人事に関わっているかどうかが問題だ。


「どうされました?」


追い着いたミシェルが訝しそうにランドを見上げていた。


「いえ、これからよろしくお願いしますね」


ランドはミシェルに微笑んだ。ミシェルの怪訝そうな表情が消えて、真っ直ぐに「いえ、こちらこそよろしくお願いします」とに声を出した。真面目な性格なのだろう。マリアがランドの監視役として位置付けた理由が分かった。



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