一寸先は夕闇
幼馴染みで同級生の男女が恋仲になるなんて、そんな御伽噺みたいな設定を初めに考えたのは誰なんだろう。
あたしと彼は、幼馴染みの同級生で、家は隣じゃないけど歩いて三十秒の距離にある。幼稚園、小学校と同じトコに通ってたけど、同じクラスになったのは九年間でたったの一回、年少の時だけだった。「来年は同じになれたらいーね」と苦笑し合ったのは小学三年生の時まで。あたし達は……マンガで描かれているソレとはかけ離れた〝幼馴染み〟だった。
朝起きて初めに取る行動は、閉められたカーテンを開けること。目覚ましで半分起こされた頭を、日光で更に目覚めさせるため。
ふと下を見れば、そこには走って行く彼の姿。部活の朝練がある彼は、いつも人より早く登校してる。そしてその姿を、毎朝あたしは目にしてしまう。マンガの幼馴染みだったら、一緒に登校するんだよね。本当に羨ましい。届かない想いと知りながら、あたしの目は彼の背を追ってしまう。毎朝見て、確認する。あたしは今日もまだ、彼が好きなんだ……と。
教室に行っても彼はいない。とりあえず女友達と駄弁りながら一日を過ごす。授業中には窓の外を見て、マンガみたいな展開を頭の中に描く。
隣の席には彼がいて、宿題見せ合ったりするんだ。少し抜けてるところがある彼だから、筆箱を忘れちゃうかも知れない。その時は絶対、あたしが貸してあげるの。
妄想癖が激しいことは分かってる。だけど仕方ないじゃない、どう足掻いても好きなんだから。だけど隣のクラスには行かない。会話をしに来ましたとは言えないし、きっと周りの視線を痛いほど感じてしまうもの。
何て、何て臆病なんだろう。自分で自分に嫌気がさす。それでも、好きでいたかった。
だからね、怒ってないよ。悔しくもない。あの子を憎むつもりも無い。今まで言えなかった、あたしが悪いんだから。
十四歳の誕生日の一週間前、あたしはその光景を見てしまった。
前を行く彼が、もし一人で歩いていたのなら、頑張って声をかけた。男友達と歩いていたのなら、わざと追い抜かして気付いてもらうことも出来た。……どちらも、出来なかった。
「本当に大丈夫?」
「平気だって、あとは俺の問題だし。それより……悪いな、付き合わせちまってよ」
「いいのいいの、うちのエースの頼みだもん。気にしないで」
夢を見てるのかと思った、一生かかっても忘れられない最上級の悪夢を。彼の隣を歩くあの子は、その可愛さと真面目さで有名なマネージャーさん。
そうだよね、彼はあたしの自慢の幼馴染みなんだから。放っておかれるワケがないんだよ。きっとお似合いだよ、臆病なあたしと違って、あの子はみんなから好かれる理想の彼女だし。
必死に必死に言い聞かせて、これまでの想いを全部消そうとする。悔しくないよ、憎らしくもないよ。
それでも……理性がちゃんと解釈してても、溢れ出ちゃう涙はどうすればいいのかな?
行かないで、待って、そう叫んでしまいそうな、このどうしようもない口はどうやったら上手く閉じてくれるかな?
悔しくないよ、憎らしくもないよ。
ただ少し……とっても、苦しいの。
長く伸びる二つの影を踏まないように、逃げ出した。
あたしはもう、貴方を見ることが出来ない。
あたしはもう、貴方と話すことも出来ない。
あたしには……もう、貴方の隣を歩く権利は無いんだ。
いつもと違う小路を抜けて、あたしは家に駆け込んだ。勢いよく部屋のドアを閉めて、夕陽色のベッドに倒れ込んで泣いた。
忘れなくちゃ、忘れなくちゃと割れそうな頭に自己暗示をかけながら。
「あ、でも、上手くいかなくても私のせいにしないでね」
「分かってるって。つーかアイツ、俺のこと幼馴染みだって覚えてんのかなー……中学に入ってから全然喋ってねーんだけどさ」
「そうなの?幼馴染みなのに珍しいね」
「けど、だからこそ驚くかもなっ。俺、アイツに女物のプレゼントとかしたことねーからさ」
「そうだね、きっと上手くいくよ」
【一寸先は夕闇】
読破感謝いたします。人間って、大事なこと言わないから勘違いとか起こるのよ、って話でした。