『本格的検証開始』 管理人側視点
「それではよろしくお願いします。なお検証は、目を押せのみ、時間は三分となっております」
ティタイムの途中で、いきなりそんなことを言い出したカモシンに、僕は「ちょっと待ってください」といった。
「それって、逆でしょ? 聞こえてきたのは、目を覚ませ、のほうだったはずです。考えてみてください。目を押せより、ずっと理にかなっていますよ、こっちのほうが」
「おっしゃる通りだと思います」カモシンは深くうなずいた。
「でも、さきほど申し上げましたように、どっちだったのか、はっきりしないんです。それに、目を覚ませの方を検証すると、時間がいくらあっても足りなくなります。あの声は、わたし以外の人間に対するメッセージだった可能性があるからです」
カモシンは、ガウチとベッキーに視線を向けた。
「煩悩のかたまりは、わたしだけではなさそうなんです。我々には、数えきれないほどの心当たりがあります。そのひとつひとつを書き上げるだけでも、けっこうな時間がかかってしまいます」
いわれて気づいた。僕自身は物欲はないと思っている。でも自分が気づかないだけで、皮一枚めくれば、煩悩というやつが、どどーっと溢れだしてくるのかもしれない。
「わかりました」納得した僕は、次の疑問を口にした。
「いくらなんでも、三分間は、みじかすぎるんじゃないですか?」
それを見越していたかのように、カモシンは、ニッと笑った。
「それでも長いと思います」
カモシンの言った通りだった。
目を押せ。それをそのまま実行すると、水晶体を傷める。そこで彼女らは、閉じたまぶたの上を、指先でちょこんと押すだけにとどめたらしい。
僕が、三人のまぶたを。三人が、僕のまぶたを。それが終わると、各自、自分のまぶたを。かかった時間は、トータルで四十秒弱。
ひょっとすると、何かしらの現象が現れるかもしれません。カモシンは十分程度の沈黙の時間を設けた。しかし、何事も起きなかった。
そのようなピリッとしないスタートだったが、カモシンの、覚悟はありますか発言のあたりから、雰囲気ががらりと変わった。
「これから、本格的な検証にはいります。とつぜんむかしの記憶が戻ってくる、今の記憶が、スポンと抜け落ちる、そういった可能性がないとはいえません。覚悟はありますか?」
「もちろんです」僕は即答した。
「頭の中をグルグル回っていた映像が一瞬で消えたのは、四人力を合わせれば、すべてうまくいく。そんなメッセージだったと思います。結果は素直に受け止めます。それが僕の運命でしょうし、試練でしょうから。どのような展開になってもかまいません。僕のことは気にしないで、どんどん進めてください」
そんな僕をじっと見つめていたバーシュウレインの三人は「こちらこそ」と深いお辞儀を返してきた。
「いまの言葉は、われわれにも当てはまります。やると決めたからには、最後までやりぬきましょう」
パチパチパチ、ガウチとベッキーが拍手をした。僕がそれに倣うと、カモシンも加わった。
「では、成功を祈願して」
改めてハーブティーで乾杯したあと、カモシンが提案したのは、カロンの検証だった。
僕としてもそれを願っていた。カロンがいなければ、聞き屋ビジネスを考えついていない。バーシュウレインの三人に出会えたのも、カロンのおかげ。
「わたしたち、カロンさんには一度も会ったことがありません。写真もお持ちじゃなかったですよね」
「ええ、カロンの写真を撮ろうなんて、考えたこともなかったもんですから。だいいちカメラを持っていませんし、携帯もカメラつきではありません」
どうやら僕の答えは想定内だったらしく、カモシンは笑顔でうなずいただけだった。
「芸能人でいえば、どなたに似ていらっしゃいますか?」
「テレビはほとんど見ません。芸能人にも興味ありません、だから、」
僕の話の途中で、ベッキーがアイパッドに吹き込んだ。
「日本の女性芸能人」
どうやら今日もベッキーは、アイパッド担当らしい。
「この中に、似た方がいらっしゃると、われわれとしても助かるんですが」
ベッキーは画面をタッチしながら、そんなことをいった。
「似顔絵を描くんですか?」
「いえ、イメージだけでもつかんでおきたいんです。よく似た女性に会ったとき、呼び止めやすいでしょう」
ベッキーはそういいながら僕にアイパッドを手渡した。
「なるほどね」
といいながら、画面に目をやった僕の心臓がドキンと鳴った。冷汗が流れた。でも、画面の中にカロンがいたわけではない。カロンに似た芸能人を見つけたわけでもない。
唖然として声をだすことさえできなくなった僕がアイパッドをテーブルに置くと、バーシュウレインの三人は、争うようにして画面をのぞき込んだ。
「え? まさか、この中に、カロンさん本人が?」
違います、の代わりに、僕は椅子にもたれて、深いため息をついた。
「のっけから、試練に見舞われたようです」
バーシュウレインの三人の勘は鋭い。たったそれだけで、僕の記憶からカロンが消えていることに気づいてくれた。




