『カモシンにだけ聞こえた声』 バーシュウレイン側視点
ガウチ、ベッキー、ちぎれ雲の三人は、わるい夢を見ているのかと思った。
カモシンの視線の先に、なにもなかったからだ。
しかし三人は、すぐに考えを改めた。これはある種のパフォーマンス。
天井を、ひたと睨みつけているのは、バーシュウレイングループの創始者。今もグループの頂点に立つ、カモシン。
今の状況は、我々には理解不能。
でもこれには、深い深い意味があるはず。カモシンが初めて見せた秘密の一端なのかもしれない。自分だけに見える誰かと話をしている。お告げを聞いている。
だとすると、邪魔をしてはいけない。場の空気を変えてもいけない。
アイコンタクトさえ交わすことなく、息を殺して、その様子を見守ることになったわけだが、それぞれがある部分に違和感を覚えていた。
声。カモシンの声の調子。尊いお方との会話にしては、すこしおかしかった。
「自分で自分の目を? それとも、わたしの目を、他の人が? ねぇ、どっちなの? どうして同じことしかいわないの? あ、じゃあ、もういい、やめたやめた。あなたに関わっている暇なんてないの。じゃあね、バイバイ、さようなら」
会話らしきものは、唐突に始まり、唐突に終わった。約三十秒。聞いていた三人の頭は疑問だらけ。
カモシンが一方的に話を打ち切った理由は、なんとなくわかる。しかし相手が誰なのか、なにを話し、何をいわなかったのか、さっぱりわからない。
しかしその件に関して、誰も質問しようとは思わなかった。
カモシンが、ことの顛末を話してくれる。事細やかに、順序良く、わかりやすく。
三人は何の疑いも、もたなかった。
しかし、視線を戻したカモシンの第一声は、こうだった。
「なによ、どうしてそんな変な目で私を見ているの、あなたたち」
不機嫌丸出し。睨むような目。
予想もしない展開に、戸惑う三人。自然に顔を見合わせ、小首を傾げる。
カモシンの異変をいち早く肌で感じ取ったのは、ガウチ。
「ここは、任せて」
つぶやきで伝えたガウチは、少し身を乗り出してカモシンに訊ねた。
「どうしてだと、思う?」
カモシンは眉をひそめた。そしてしばらくしてからいった。
「その質問の意味、ぜんぜんわからない」
隠し事をしているとか、白を切っているようには見えなかった。なにを訊かれているのかさえ理解していないような顔をしていた。その理由がわかった。自分の質問が主語抜きだった。それに気がついたガウチは、言い直した。
「どうして、わたしたちが、あなたを変な目で見ていると思う?」
これで伝わると思ったが、呆れたような声が返ってきた。
「それがわからないから、訊いたのよ。その質問、わたしの方が先だったわよ……」そこで口を噤んだカモシンは、にやりと笑った。
「わたしが、色っぽいから見とれてしまった……でしょ。ちがう?」
意味のないジョーク。そう受け取ったガウチは目だけで笑って、わざとため息をついた。
「それもあるかもしれない。それもあるかもしれないけど……」
それから、カモシンの目をじっと見つめて、ぴしゃりといった。
「今の場合、それじゃない」
しかし、答は得られなかった。相手を怒らせただけだった。ガウチの鼻先に顔を近づけたカモシンが、吐き捨てるようにいった。
「それ以外に、なにがあるっていうの?」
実際、それ以上なにもいわなかった。肩をすくめて見せただけだった。いつのまにか、笑みは消え失せていた。
ガウチは小さく首を振って、攻め方を考えた。
のれんに腕押し。話しはすれ違うだけ。これじゃ、いつまでたってもはじまらない。時間の無駄。
正攻法に切り換えることに決めたガウチは、深く息を吸い込むと、単刀直入に訊いた。
「誰と話をしていたのか、教えて欲しいの」
とたんにカモシンの表情がくずれた。
「なんなのよ、もー」両手で軽くテーブルの縁を叩くと、声のトーンをあげた。
「そんな、つまらないことだったの?」
「つまらない?」ガウチは背筋を伸ばした。「こんな重要なことが、つまらない?」
「だって、そうでしょ」カモシンは、挑むようにあごをつきだした。
「あなたたちも、聞いていたでしょ、わけのわからない女の子の声」
ガウチ、ベッキー、ちぎれ雲の顔から表情がきえた。顔を見合わせる余裕さえなさそうだった。
「……女の子の……声?」
ガウチは、たったそれだけのセリフを、喉の奥から絞り出すようにしていった。
しかしカモシンは、軽蔑に似た視線をガウチに送っただけだった。
「ねぇ」ガウチは冷静を装って、すこしゆっくりした声で訊ねた。
「その女の子が、どこにいたのか、教えてほしいんだけど」
「どうして、そんな幼稚な質問ばかり繰り返すの? いまのあなた……さっきの女の子そっくり……」
最後の方は、あきらめたような声。
「一度しか言わないからね……」
ふて腐れたように天井を見上げたカモシンの表情が固まったのは、その数秒後だった




