『ラムちゃん風の女の子と、ちょんまげロボット』 バーシュウレイン側視点
ちぎれ雲の報告がはじまったのは、彼が目を閉じてから一分ほどたってからだった。
「最初に、いっておきます……こんどの、映像は……」
いい淀む声の感じで、ベッキーは悟った。
いまちぎれ雲さんが見ている映像は、坊主頭の男の子とは関係ない。セメダイン、わたし、バーシュウレイン、ともに無関係。
「みなさんのご期待に沿えそうもありません」
ほらね、思った通り。ベッキーは自分の予想が当たったことにかすかな満足を覚えたが、嬉しくはなかった。
「全然かまいません」自分の声が沈んでいることに気づいたベッキーは、明るい声でつづけた。
「ところで、どんなものが見えているんですか?」
返事がくるまで、間が空いた。
「登場人物はふたりです。若い男女。でも、服装がちぐはぐ……」
なぜか話の途中で、ちぎれ雲の声が途絶えた。
どうしたのかしら? もう目を開けたのかしら?
しかし彼の目は、固く閉じられたままだった。
まさか、映像トラブルってことはないわよね。
バーシュウレインの三人は同じようなことを考えながら、顔を見合わせた。
「あ、そうか」
カモシンの服装に気づいたガウチが、ポンと手を叩いた。
「ちぎれ雲さんは、興味がないから、ファッション用語を知らないわけね」
ワンテンポ遅れて、返事がきた。
「こ、これぐらいは知っています……」戸惑いを含んだ声から三秒ほどして、思い切ったような声が聞こえてきた。
「女の子は、ほとんど裸……」
えっ?
目を見開くガウチ、ベッキー、カモシン。三人の目に浮かんだのは、明らかに好奇の色。
「ねぇ、いま、裸って聞こえたんだけど、違ったっけ?」
友達口調になっていることに気づかないガウチが、確認を取ったとき、すでにちぎれ雲は目を開けていた。
「言いましたけど……」
つぶやくようにいう耳のあたりは赤みを帯びていた。
「つまり素っ裸だったわけね、その女の子」
ガウチはわざと、そんなふうにいった。
「いえ」ちぎれ雲は、よそを向いたまま付け加えた。
「水着のようなものを、つけていました」
「付けていた?」ガウチは好奇心満々の目を、ちぎれ雲に向けた。
「どの程度だったの?」
反応がなかったので、ガウチはつづけた。
「葉っぱ? 紐?」
「虎模様」
ちぎれ雲が答える以前から、ベッキーはアイパッド片手に待っていた。それに気づいたちぎれ雲は、苦笑いを浮かべながら思った。
虎模様の水着の画像、
アイパッドに向かって、ベッキーはそういう。間違いない。
しかし、その予想は外れた。
にんまり笑ったベッキーの口から出たのは「ラムチャンの画像」
ちぎれ雲には、ラムチャンの意味が分からなかった。
画面を覗いてみると、文字だけだった。音声変換できなかったのだろうか。それとも……
ちぎれ雲は訊いてみた。
「故障ですか?」
「いえ」
ベッキーは、慌てる様子も見せず画面を指でつついた。すると、アニメらしき画像に切り替わった。ベッキーはそれをスクロールさせたあと、ちぎれ雲の目の奥をのぞき込みながらアイパッドを差し出した。
「こんな感じでしたか?」
緑色の長い髪。申し訳程度の虎柄のブラジャー、虎柄のブーツ。わたしに何か、ご用? そんな表情の女の子が、あぐらをかいていた。
「ええ、まぁ」あいまいに答えたちぎれ雲は、画面から目を逸らせた。
「これの、実写版かな」
「自分だけずるい、ずるい。私にも見せてよ、ちぎれ雲さん」
なぜかカモシンまでもが友達口調になっていた。
「わわわわーっ!」叫ぶようにいったカモシンは、しばらくすると、わざとらしく何度も何度も首を横に振りはじめた。
「男だったら誰でも、いちころ」
ベッキー、ガウチの印象も、カモシンと同じだった。
「アニメで、こうなんだから、実写版となると、すごいわね」
バーシュウレインの三人は、この件に対してもっと突っ込みたかったようだが、ちぎれ雲が話を変えた。
「次に男のほうですが」
「あら、もうそっちに移っちゃうわけ?」
友達口調を引きずったまま、カモシンはそんなことをいった。
「男は、ちょんまげでした」
その言葉に過敏に反応したのが、ベッキー。しばらくちぎれ雲の横顔を見つめたあと、さらりとした声で質問した。
「ちょんまげの形、覚えています?」
ちぎれ雲は自信ありげにうなずいた。
「ろうそくの先端に、黒いボールをくっ付けたような感じ」
ベッキーはアイパッドにすばやく吹き込んだ。
「バカ殿の画像」
志村けんのバカ殿は知っていた。でも、ちぎれ雲は、アイパッドの画像に、思わず噴き出した。バカ殿は、静止画でも結構ウケる。そんなことを考えながら答えた。
「ちょんまげは、だいたいこうでした。でも全体の感じは、まるっきり違います」
「どんなふうに?」
と訊ねるベッキーの表情は、なぜか強張っていた。
「簡単に言えば、ブリキのロボットかな。胴体が、」
「ち、ちょっと、ま、待ってください」
震えるような声で話をさえぎったベッキーは、アイパッドに向かって「オズの魔法使い」といった。
「一発で探し出すなんて、すごいですね」
画面を見ながら、ちぎれ雲は驚いたような表情を見せた。
「シルエットは、そっくりです」
「ということは、こうよね。そのちょんまげ男は、侍の格好をしていたけど、着物は着ていなかった。いわゆるボディペインティングだったわけよね」
いつの間にか、ベッキーも友達口調になっていた。でもちぎれ雲の受け答えは、ずっと変わらない。バーシュウレインの三人の口調の変化に気づいていないようにみえる。
「なんですか、そのボディなんとかっていうやつ」
「それはね」そこでベッキーは、考える顔になった。
「百聞は一見にしかずっていうから、やっぱりここも、映像でいこうかな」
しかし、ベッキーがアイパッドに口を近づけようとしたとき、邪魔がはいった。カモシンだ。
「さっきの裸の女の子の話、どうなったの?」
その問いかけに、ちぎれ雲は、落ちついた声で答えた。
「このシーンは、なんの意味もないと思います。次行きましょう」
「え?、そんな、もったいない、もったいない」
未練がましくいうカモシンに、ちぎれ雲は皮肉を込めたようにいった。
「生々しい映像が見えるのは、僕だけですよ」
それから相手の反応を伺うことなく、ポストイットに手を伸ばした。
彼が書きいれたのは、バカ殿とラムちゃん。そのふたつ。
「じゃあ、次行きます」
目を閉じようとするちぎれ雲に、ちょっと待ってよと、ベッキーが声をかけようとしたとき、おかしなことが起きた。
「えっ、なに、なに?」
大きな声でそういったカモシンが、天井を見上げたのだ。
「どうしたの?」
ベッキーの問いかけに、返事はなかった。
天井の一点を見つめたまま,カモシンは、わけのわからないことを口走りはじめた。
「それだけじゃわからないでしょ。誰が、誰の目を押せばいいの?」




