『三人の奇妙な振る舞いと僕』 管理人視点
画面が切り替わった瞬間、自分の中の何かが切り替わったような気がした。
忽然と姿を消した娘がいた時代に、ワープしてしまったような錯覚を覚えたのだ。
それは、妖しげな鈍い光を放つ真鍮製の望遠鏡の形状と関係がありそうだ。
「同じ望遠鏡でも、材質とか形によって、印象はがらりと変わるんですね」
思ったことを口にすると、不安そうな表情で僕を見ていたベッキーの目元が、ふっと緩んだ。
「どちらが、お好みですか?」
「断然こっち」
僕の即答に、ベッキーは白い歯を見せた。
「ほかにもあるようです。見てみますか?」
「ええ、できれば」
いい終わらないうちにベッキーは「すべて表示する」の文字を押した。それから彼女は、画面を僕に向けながら、スマホの操作について説明してくれた。
「画面を動かしたいときは、指をこんなふうに動かします。興味を覚えた画像があったら、指先でポン。倍率を上げたいときは、親指と人差し指で押し広げます。こんなふうに」
指の動きに素直に反応する画面。スマホってすごいなと思った。
存在は知っていた。でも僕の中でのスマホは、平べったい携帯電話。それ以外のなにものでもなかった。
「もし、よかったら」
頭の上で声がした。顔を上げるとガウチだった。
僕にいったのだろうと思ったが、彼女の視線の先にあったのは、ベッキー。
「え?」
ベッキーは、スマホを置くと、あわてて立ち上がった。
「これだったら見やすいでしょ」
ガウチはそれを差し出した。
「ありがとう」
押し抱くようにして受け取ったベッキーは、それをテーブルに置いた後、申し訳なさそうな声でいった。
「あなたがこれを持っていることを知らなかったの。さっきは、ごめんね」
「気にしない気にしない。まあ、座って、座って」
テーブルのそれは大型のスマホといったようなもの。でも携帯電話にしては大きすぎる。
僕の表情に気づいたらしく、ガウチが説明してくれた。
「ⅰPadです」
「アイ……パッド?」
「ええ、そうです。アイパッド」
「たぶん最新型です」横から口をはさんだベッキーは、ガウチに顔を向けた。
「でしょ?」
ふふふふ、
ガウチはうれしそうに笑った。
「はい、大当たり。座布団二枚」じゃれたような声でそう言ったガウチは、得意げな表情を作ってみせた。
「三日前に届いたんです。こんな状況になることがあるんじゃないかと思ったものですから」
それからの七、八分は、望遠鏡について教えてもらった。
遠くのものが、近くに見える。
暗いものが明るく見える。
レンズが大きくなるにつれて、見える星の数が増えていく。
僕としては、もっと詳しく知りたかった。しかし、分かったのは、それくらいだった。
三人とも、望遠鏡を覗いたことがなかったからだ。
天体観測に興味はなかったんですか? と訊くと、考えたことさえない、という答えが返ってきた。
「つまりそれは、望遠鏡とか、天体観測に興味を持つと、神隠しにあうからですか?」
僕のつまらないジョークをきっかけに、むかしこのあたりで消息を絶った娘の話に向かった。
「いったい何を見ようとしていたのかしら、その娘さん」
「私だったら……やっぱり……お月様かな」
「そうね、わたしもそう。最初に見るとしたら、お月様」
「でも、その日は新月だったのよね。新月だったら、いくら待ってもでてこない」
「そういった知識がなかったのよ、きっと」
彼女らのとりとめのない話をぼんやり聞いていた僕は、テーブルの縁に置かれたカモシンの手が、面白い動きをしていることに気づいた。
スマホ画像の倍率を上げ下げしているようにも見えるし、ソロバン玉を弾いているようにも見える。
ガウチの指先を見つめる僕に気づいたのは、ベッキーだった。
何を見ているんですか?
目で僕に訊いた。
あれです。
僕も目だけで答えた。
ベッキーがそっちに目を向けた時、僕はこう思った。
吹き出さないまでも、にやりと笑って、ガウチに目で教える。
ほら見て見て、カモシンの手の動き。
しかし、ベッキーの反応は、想定外のものだった。
怪訝そうな表情を浮かべながら拳を握りしめると、それを額にくっ付け、何事かつぶやきはじめたのだ。
「だれだったのかしら、あれ……あれは、いったい……」
そのつぶやきは、ガウチにも聞こえたらしい。
「なに? どうしたの?」
でもその声はベッキーには届かなかったらしく、相変わらず、ぶつぶついっていた。
カモシンの手の動きは、さらに大きくなっていたので、僕はあごをしゃくった。
「あれです」
「カモシン?」
僕が笑顔でうなずくと、ガウチもにこっと笑った。しかし、その目がカモシンの指先を捉えた瞬間、ベッキーとまったく同じ反応をみせた。
違うのはつぶやきの内容だけだった。
「どんな色だったかしら、あれ……」
奇妙な振る舞いは、二人だけではなかった。
「ねねね、どうしたの?」
二人の様子に気づいたカモシンが僕に訊いてきた。
「わかりません」僕はそういってから、彼女の手元を指さした。
「それをみたとたん、こんなふうになったようです」
自分の手元に目をやった瞬間、カモシンの表情も変わった。
自分の目の前で、その動きをつづけながら首を傾げた。
「何というんだったかしら、これ……」
僕の頭に、あるカタカナが浮かんできたのは、その時だった。




