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赤カーディガンの戸惑い。そして喜び    バーシュウレイン視点

 赤カーディガンは、夢をみていた。

 深い雪の中に、自分一人だけが閉じ込められている夢だ。

状況的には遭難。でも、恐怖心は芽生えなかった。体を包み込んでいる雪が、とても暖かかったからだ。

 誰かにやさしく抱きしめられている。

 そんなふうに思った夢の中の彼女は、心地よさに身を委ねながら、これからの展開を予想してみた。

 選択肢はたぶん、二つ。

 自力で脱出。雪どけを待つ。

 選ぶとすれば、いつもとは逆の体験をしたい。今の私なら、待つ方を選ぶ。

 でも、暖かい雪は初めて。この雪はどのようなときに、とけるのだろう。

 白馬に乗った王子様の愛の温もりで、なんて事はないだろうけど、可能性はゼロではない。ひょっとすると、この近くに王子様が、

 と顔上げたとき、彼女は夢から覚めた。

 しかし、赤カーディガンは、別の夢に切り替わったと思った。

 辺りの風景が一変したように見えたからだ。

「ここはどこ?」

目を凝らして周囲を見回すと、見覚えのある部屋だった。しかし、どこなのか思い出せなかった。というか、何かがおかしかった。

 どこがどう変なのかを確認しようとしたとき、自分がうつ伏せに寝ていることに気がついた。

「どうしたんだろう、私」

 驚いたことに、カーディガンを羽織ったままだった。それに、どういうわけか、顔の真下が、涙でぐっしょりと濡れていた。うつぶせで寝た経験はあったが、涙は初めてだった。

 赤カーディガンは混乱した頭で、涙の訳を考えた。

 今の自分に、悲しいことはなにひとつない。となると、原因はひとつ。

 夢だ。今朝、何か夢をみたに違いない。

 しかし、いくら考えても、何も浮かんでこなかった。夢をみたのかどうかさえも思い出せなかった。

 赤カーディガンの特技は、気持ちをスパッと切り換えられること。

 思い出せないことは、私には必要ないということ。どうでもいいことなら、シャワーで洗い流してやる。

 そんな強気な結論に達した彼女の脳裏に、恐ろしいイメージが湧いてきた。

 長時間、顔をシーツに押しつけていた。シーツの模様が顔にプリントされているだけなら、心配はいらない。でも、顔の凹凸がなくなっていたら、ペタンとした平面顔になっていたらどうしよう。

 恐る恐るバスルームの鏡を覗きこんだ彼女に、驚きの表情が浮かんだ。

 でもそれは、心を打ち砕かれるようなものではなかった。それとはまったく逆の現象が、そこにあった。

 ベッドを濡らすほどの涙を流したはずなのに、目には活力が溢れていた。

 艶やかな肌。きゅっと上がったフェイスライン。

 高級エステサロンに一週間通ったとしても、ここまではなれないというような自分が、こちらを向いて微笑んでいた。

 自分を美しいと思ったのは、初めてだった。

知らないあいだに、自分に見とれていた。

 だが、しばらくすると、彼女の表情にかげりが現れた。

 目覚めのシャワーは、自分にとっては絶対に欠かせない儀式のようなもの。でも今朝それをやると、いつもの自分に戻ってしまう。

 しかし、赤カーディガンは、悩むことを嫌う性格。考える前に答がでた。

 いずれシャワーは浴びなければならない。戻るなら、戻れ。消えるのなら、消えろ。

 気持ちを切りかえた彼女は、いつもより時間をかけて、念入りに全身を洗った。

「ビフォーアフター、ビフォーアフター」

 少しおどけた声でそう言いながら、再び鏡の前に立った彼女の表情が固まった。

 彼女は、ぽかんと口を開けたまま、鏡の中の自分を見つめた。

 信じられないことに、目の輝きも肌つやも、更に増していた。

 私は、今夢を見ている。

 一瞬そう思ったが、彼女はそれを、すぐに打ち消した。

「ちがう。これは御石様のおかげ。それにしても何と心の優しいお方なのだろう。ありがたいお告げを、ゴミだと言った私を許してくださっただけではなく……」

 鏡を見つめながら感謝の言葉をつぶやいていた彼女の口元に、微かな笑みが浮かんだ。

 今の私を、あの二人が見たら、どんな感想を洩らすのだろう。写真に撮って原寸大のパネルにしたらどう、と言われたら、乗ってやろうか。

 その時、リビングの電話が鳴った。

 バスローブを着た彼女は、優雅な手つきで受話器を取った。

「寝てた?」

 昨夜、緑色のナイトガウンを羽織っていた彼女からだった。

「ううん、ちょうど、シャワーがすんだところ」

「あ、そう」ちょっとだけ間を置いて、相手は言った。「何か変わったことはなかった?」

 嬉しい質問に、思わず微笑んだ。

「あると言えば、あるけど……」

 語尾を濁して答えると、少し焦った声が返ってきた。

「だったら、こんどの集合時間は、あなたが決めて」

 切迫した感じはなかったが、一刻も早く会いたいような口ぶりだった。

 御石様の部屋は、ドアを開けた真向かい。三十秒もかからない。でも、まだ髪を乾かしていない。

「じゃあ、十五分後に」と答えた彼女は、サイドテーブルのポスト・イットに視線を移して付けくわえた。

「昨夜のお告げも、持っていくの?」

「その必要はないわ。お告げは、個人個人に降りてくるものだから」


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