『聞き屋スイッチ・オン』 管理人側視点
勝ち誇ったような声に、カモシンがすかさず反論した
「異議あり」
「なによ」ガウチが珍しくむくれ顔になった。「わたしの邪魔をするつもりなの?」
「とんでもございません」笑顔で応じたカモシンは、そこで、わざとらしい咳払いをした。
「ちぎれ雲さんとの関係だったら、わたしの方が、ずっとずっと濃いわよ。それをいいたかっただけ」
ガウチは、うんざりしたように眉をひそめた。
「どうして、濃い薄いがわかるの?」
待っていましたというように、カモシンは得意気な笑みを浮かべた。
「あなたは忘れていると思うけど、わたし、あの朝こんなこといったのよ。この三千万円は、わたしひとりで払う。いますぐここに電話してみるわねって」
ガウチは鼻で笑った。
「何を言いだすのかと思ったら、そんなくだらないことだったの」そしてカモシンを睨んだ。
「あれは、あなたが出しゃばっただけ。わたしもベッキーも、それと同じことをいったわよ。結局最終的には、三等分で決着したわ。そんなことも覚えてないの?」
言葉のやりとりだけなら、けんか腰。でも当人たちだけでなく、それを見守っているベッキーも絶えず笑顔だった。
そんな状況だったから、僕はにやにやしながらその様子を眺めていたわけだが、途中で気づいたことがあった。
「あのう」僕は話に割って入った。「三千万円といえば、けっこうな金額ですよね」
三人の視線が、いっせいに僕にきた。でもだれも口を開かなかった。固唾を飲んで次のセリフを待っている。そんな感じだった。
妙な緊張感を覚えた僕は、ちょっとだけ肩をすくめて見せた。
「三千万円で買えるものって、どんなものがあるんですか?」
「えっと、それは、ですねぇ……」
カモシンの声に戸惑いの響きがあったのは、僕がなぜこんなことをいいだしたのか、理由が見つからなかったからだろう。
「国産車を例にとれば、どのクラスでも余裕で買えます」そこでカモシンは、考える目を天井に向けた。
「シーマ、レクサス、センチュリー。場所にもよりますが、庭付きの一軒家も可能です」
残念ながら、知っている車はなかった。庭付きの家と言われても、イメージが湧かなかった。もちろんこれは、世代間ギャップは関係ない。生活環境が違いすぎるだけ。
そこで僕は、これこそ最高級車と思っている車について訊ねてみた。
「今日乗せて貰ったのは、なんという車なんですか?」
「アルファードのハイブリッドです」それからカモシンは、僕の目の奥を覗きこむようようにして、小声でいった。
「乗り心地は、いかがでしたか?」
声の調子からすると、僕があの車に対して、何らかの不満を抱いていると受け取ったらしい。
僕の記憶にある車といえば、あの個人タクシーの後部座席だけ。たしかプリウスだった。 あれはあれで乗り心地はよかったが、ゆったり空間のアルファードの心地よさは、別次元。動く応接室。そんな言葉がふさわしいような気がする。
僕は笑顔を作ってから口を開いた。
「あらゆる年代層から支持されているみたいですね。アルファード」
「あら」カモシンは驚いたような顔で僕を見た。
「ちぎれ雲さんは、車に詳しいんですか?」
話が逸れそうな気がしたので、僕は首を横に振った。
「何回か乗せてもらっていますが、決まったように、横に並んだ運転手が車を眺めるんです。ものすごく羨ましそうな顔で」
そこで僕の意図に気づいたらしく、カモシンは口元に笑みを浮かべた。
「わたくしどものアルファードの場合、もうすこしで五百万というところでした」
とつぜん周りの景色か違って見えた。といっても、脳内に影像が映しだされたとか、別世界にワープしたわけではない。
うまくいえないが、平面的に見えていたものが、急に立体化したような感じ。
僕の中の何かが切り替わったような気がした。
それまでは単なる数字、あるいは単位にすぎなかった三千万円が、急に具体的なものになった瞬間だった。
僕は、テーブルに横に置かれた試験管と、三人を交互に見比べながら思った。
羨望の目を向けられるミニバン六台分の金額を支払ってもいい。
各自が、躊躇なくそのような決断を下した体験って、いったいどのようなものだったのだろう。
「どうかなさいましたか?」
カモシンが怪訝そうな表情を浮かべた。
「お願いがあるんですけど」僕は頭を下げた。
「みなさんが体験したことを、聞かせてくださいませんか」それから早口で付けくわえた。
「これは聞き屋としてではなく、僕個人としてです。もちろん料金は発生しません」




