『四つのキーワードが示すこと』 管理人側視点
「アシノウラ?」
僕の声は完全にひっくり返っていた。
でも、だれも笑わなかった。三人は、それぞれ異なった表情で僕を見つめていた。
カモシンは、余裕たっぷりに。ガウチは、落ち着かない目で。ベッキーは思案顔。
それらの視線を受けながら、僕は四つのキーワードを頭の中に並べてみた。
キッチンタイマー、試験管、足の裏、そしてシンクロ。
しかし残念なことに、僕の思考力は極めて貧弱。
たとえ何時間考えつづけたとしても、それらが融合して、別の何かに姿を変えることはない。と諦めかけたとき、カモシンが簡単な実験をして見せた。そのおかげもあって、なんとなくだが、輪郭のようなものを感じ取ることができた。
「普通、キッチンタイマーには、このようなものが付いています」
カモシンはキッチンタイマーを裏返しにして、僕に向けた。
「もうお分かりですね。冷蔵庫の壁にペタンと貼り付けるための磁石です」
それから左手で試験管を取りだすと、テーブルの真ん中に横向きに置いた。
「この中には、砂鉄を含んだ砂が入っています」
そして僕を見つめながら、キッチンタイマーを操作した。
ピッ、
かすかな電子音のあと、カモシンは、それをこちらに向けた。
「ちぎれ雲さんがアパートを出てからの二時間半を、凝縮してみました」
小さな液晶画面にあった数字は、0100。
どうやら僕の疑問は、一分ほどあとに解消するらしい。
「ではご覧ください」
カウントダウンがはじまったキッチンタイマーが試験管に近づくに従って、僕、ガウチ、ベッキーの三人は申し合わせたように姿勢を低くして、カモシンの手の動きを凝視した。
試験管の底の部分が、ザワとうごめいたのは、キッチンタイマーとの距離が一センチほどになったときだった。
「ちょうどこの頃、ちぎれ雲さんはアパートのドアを開けたはずです」
それからカモシンは、蓋の方向に手を動かした。それにつれて、砂の中から黒光りのする砂鉄がゆっくりと頭をもたげた。
「動きが止まったのは、このあたりでした」
カモシンが手を止めたのは、試験管の底から三分の二を過ぎたあたり。カモシンは、僕の背後のスクリーンに視線を走らせると、短くいった。
「地図でいえば、2番です」
あの日僕が、名刺を忘れたことに気づいた地点に間違いなかった。
「一旦足の裏に戻ったそれは、再び移動を開始しました。でもスピードは、それまでの何倍もの速さでした」
僕はカモシンの手の動きを目で追いながら、あの日の記憶を辿った。
あのあと僕は、タクシーの中で気を失った。チカチカマンションに向かったのは、ドラッグストアの駐車場で、しばらく体を休めた後。名刺投入は、どこからか聞こえてきた六桁の数字と同じ時刻。
カモシンの手のうごきは、僕の足取りと同じタイミングで進んでいった。
ピピピピピピピッ、
一分経過を告げるけたたましいアラームの音が鳴り響いたとき、キッチンタイマーは、
試験管の頭の部分に密着していて、ほとんどの砂鉄が、一点に吸い寄せられていた。
アラームをオフにしたカモシンは、なぜかすこし顔を赤らめて「いかがでしたか?」といった。
もし他の人間から聞いたのなら、こんな荒唐無稽な話は絶対に信用しない。
でもこの三人は、どこの馬の骨かもわからない僕に、各自一千万円という大金をポンと支払ってくれたのだ。
僕は三人を交互に見ていった。
「あの日の僕の行動と、皆さんの体に張り付いた何かが、同じ動きをしていたのは間違いないようですね」
ここでもカモシンが代表して答えた。
「ちぎれ雲さんに、その自覚がなかったのはわかっています。でもいまのところ、あの二時間半の間、ちぎれ雲さんとわたしたち三人は、完璧なシンクロ状態になっていたと考えるのが自然だと思います」
納得できましたか、と問われた場合、素直に「ハイ」といえそうになかったが、異論を唱えるだけの情報も知識もなかった僕は、いくつかの質問をすることにした。
「でもどうして、シンクロ状態は、あの日だけだったんでしょうか」
しかし明確な答は得られなかった。
「わたしもそう思います」カモシンは同意の表情を浮かべた。「不思議なことに、あれからチクリ光線さえこなくなったんです」
「たぶんそれは……」
それまで黙っていたガウチが、遠慮がちに口を挟んだ。
「出会った理由は、自分たちで考えなさい。そんな意味だったのかもしれませんね」
僕はしばらく考えてから、ガウチに訊ねた。
「それはお石様の言葉なんですね」
僕の問いかけは想定外だったのか、ガウチは首を傾げて考え込んだ。そしてしばらくしてから言葉を選ぶようにしていった。
「もしかすると、わたしたちとの出会いは、お石様の、上にいらっしゃる方の、思惑だったのかもしれませんね」
「お石様の上の方?」
オウム返ししただけだったが、そのときの僕の表情は、とても真剣に見えたらしい。
「ええ、そうです」ガウチはそのあと、僕をいなすように笑いながらつづけた。
「だってあの時点で、ちぎれ雲さんとお石様の接点はなかったはずです。それに、お石様は言葉は発しません」
そんなふうにいわれても僕には、それに応じるだけの持ち合わせは何もなかった。
「あのう」こんどはベッキーが、おそるおそるといったような声でいった。
「つかぬ事をおききしても、よろしいでしょうか」
声は弱々しく聞こえたが、ベッキーの視線は、僕にまっすぐ向けられていた。
気迫に押されたわけではなかったが、僕は大きくうなずいて「なんでもどうぞ」と返した。
「ありがとうございます」ベッキーは一呼吸分の間を置いて口を開いた。
「どのような状況下で、聞き屋ちぎれ雲を思いつかれたのでしょうか」
話がとつぜん飛んだことに戸惑ったが、僕とバーシュウレインとの関係は、その時点で始まっていたといってもいい。
そのときの様子を手短に伝えると、ベッキーは口元に小さな笑みを浮かべた。
「聞き屋ビジネス自体は、ご自分で考えたものではなかったわけですね」
考えたこともなかったが、いわれてみれば確かにそうだ。
考え抜いた末にたどり着いたとか、いくつかの選択肢の中から選んだものでもなかった。
「そうみたいですね」僕は苦笑いを浮かべながら答えた。
「よく言えば、閃き。実際は、苦し紛れの思いつき。そんなところです」
自分を茶化したつもりだったが、ベッキーの表情に変わりはなかった。
「これはわたし個人の考えですが」ベッキーはそこで姿勢を正すように背筋を伸ばした。
「聞き屋は、最終目的ではないと思います」
あまりにも自信たっぷりに聞こえたので、思わず訊いた。
「僕の最終目的が、わかるんですか?」
ベッキーは僕を見据えて答えた。
「聞いた話の文章化だと思います」
話が意外な方向に転がり出したのは、その一言からだった。
「ちぎれ雲さんの特技、腹式呼吸七回で現れる映像とも関連性があると思います」
せりふの最後は思いますだが、ニュアンスとしては、完全な断定口調だった。
「申し訳ありませんが……」ベッキーを傷つけたくなかった僕は躊躇しながらつづけた。
「僕が書いたものといえば、皆さんに差し上げた名刺ぐらいのものですよ。僕に文章は無理です」
しかしベッキーは引き下がらなかった。
「おっしゃることは、よくわかります」
それから自分の考えを整理するように、天井に視線を移した。
「ちぎれ雲さんの頭の中に映しだされた映像を文章化することによって、新しい映像と切り替わる。あの部分が妙に引っかかるんです。それと何の根拠もないことですが、聞いた話を文章にすることによって、連絡の取れなくなったカロンさんが見つかるとか、失われた記憶が戻ってくるとか、そんな気が……」
話に引き込まれそうになったところで、いきなりガウチが立ち上がった。
「どうしたの?」
話の腰を折られたベッキーは、少し尖った声でいった。
てもガウチは、にこっと微笑んで答えた。
「いま閃いたの」
「何が?」
「決まっているでしょ、ちぎれ雲さんと、わたしが出会った理由よ」
「はあ?」
府に落ちないという顔のベッキーは、僕とガウチを交互に見ながら「間違いが一カ所あるわよ」といった。
「仮に閃いたとしても、ちぎれ雲さんと、わたしたち三人が出会った理由というべきでしょ」それから念を押した。「あなたと、ちぎれ雲さんじゃなくて」
だがガウチは、笑顔で首を横に振った。
「違う。わたし間違ってなんかいない」そして嬉しそうな声でつづけた。
「閃いたのは、わたしとちぎれ雲さんのふたりだけの関係。あなたたちのことはわからない」




