『キッチンタイマーと僕の関連性』 管理人側視点
そのあとベッキーは、僕を見た。
「それでもいいですか?」
断る理由はなかった。どちらかといえば、僕の方からお願いしたいくらいだ。
バーシュウレインの三人は、似たもの同士に見える。でもそれぞれが、違う観点でものごとを捉えているのかもしれない。
だとしたら、カモシンはカモシンなりの解釈で、集まった情報を読み解いているはず。 このあと、カロンに繋がる具体的な情報がでてくる可能性が高い。
僕がうなずくと、カモシンは嬉しそうに微笑んだ。
しかし事態は、僕の想像とは違う方向に転がりはじめた。
「いましばらくお待ちください」
そういって、カモシンが自分の部屋から持ってきたのは、表面に螺鈿装飾が施してある朱塗りの平たい箱。素人目にも高価な品物に見えた。
「視覚に訴えた方が、わかりやすいと思ったものですから」
カモシンは貴重品でも扱うような手つきで、それをテーブルの上に置いた。
他の二人も、その箱を見るのは初めてらしく、身を乗り出してカモシンの動作を見守っていた。
ちなみにその時の四人の位置関係は、スクリーンに向かって、左側がガウチ。カモシンとベッキーは正面。僕は右側。
どんな宝物が現れるのだろう。まさか、このあたりで見つかった化石とか、人骨てことはないだろうな。
だが中にあったのは、ガラス管一本だけだった。
直径二センチ、長さ十八センチ程度。フェルトのようなやわらかい布の上に置いてあった。
「なにそれ」
気抜けした声でガウチが訊くと、カモシンはそれを目の前で振って見せた。
「見ればわかるでしょ、試験管。正式には、ねじ口試験管というの。硬質ガラス製だから、簡単には割れません」
「そうじゃなくって」ガウチは、すこし苛立った表情になった。「中身は何なの?」
ガラス管には、黒味を帯びた砂粒のようなものが三分の一ほど入っていた。
うふふ、
含み笑いをしたカモシンは、片目をつぶって「それは、あとのお楽しみ」というと、僕に顔を向けた。
「まずは、名刺投入日のことをお伺いしたいのですが……」
言われてみると、確かにその方がいい。
聞き屋ちぎれ雲の名刺作り。一時間三千万円の料金設定。その両方にカロンが強く関わっている。この線を辿っていけば、カロンに行き当たるかもしれない。
「では、時間軸に沿って話を進めたいと思います」
いつ取りだしたのか、カモシンの前には、ポストイットと、マジックインク。それと百円ショップで見かけるような、キッチンタイマーが置いてあった。
「あの日、ちぎれ雲さんがアパートを出られたのは、午後九時だったと聞いております。間違いございませんでしょうか」
どうしてアパートを出た時刻の確認が必要なのかわからなかった。でもその理由を訊くと、話の流れを妨げる。
「ええ、間違いありません」
きっぱり答えたところで、あ、やばいと思った。
アパートを出たのは、その時刻ではなかった。あの日の午後九時なら、まだ部屋の中。
待ってろよ、チカチカマンション。
心の中でそういいながら、東側の窓の向こうを睨みつけていた。
しばし待たれよ、チキンレースの声が聞こえたのは、そのあと。例の六桁の数字が閃いたのは、さらにそのあとだった。
「ごめんなさい」僕は謝った。
「アパートを出たのは、九時ではなく、九時三十分でした。それに途中で、名刺を忘れたことに気づいて引き返しました。二回目の時刻は、わかりません」
息を吞む気配。部屋の中に妙な緊張感が走ったのがわかった。
自分の勘違いによって、何かをぶち壊してしまった。どう謝ろうかと思案しながら顔をあげてみると、なぜか、三人は嬉しそうな顔で僕を見つめていた。
「ありがとうございます」カモシンが、腰を折って礼をいった。
「それでつじつまが合います。ぴったりです」
さっとマジックインクに手を伸ばしたカモシンは、ポストイットを捲りながら一枚一枚に数字を書き込むと、それをガウチに手渡した。
「これを地図の上に貼り付けてちょうだい。1がちぎれ雲さんのアパート。2が引き返し地点。3がタクシー乗車地点。4が薬局の駐車場。5がタクシー停車地点。6がここ」
スクリーンに貼り付けられたポストイットは、6枚だけだった。
このどこかに、カロンと繋がるものがあるのだろうか。
話の流れが掴めないまま、そんなことをぼんやり考えていると、カモシンが先ほどの試験管を取りだした。
「それでは、実験を始めます」
カモシンは横にした試験管を水平方向に何回か揺すったあと、僕に向けた。
「これが、あの日のわたしたちです」
意味がわからなかったのは、僕だけではなかったらしい。
「え?」ガウチも眉をひそめた。
「なんて言ったの? いま」
しかしカモシンは、それには答えなかった。試験管をフェルトの上にそっと置くと、こんどはキッチンタイマーを手に取った。
「で、これが、あの日のちぎれ雲さんということになります」
は?
びっくりした僕は、キッチンタイマーに顔を近づけてみた。しかしいくら考えても、僕とキッチンタイマーの関連性を見つけ出すことはできなかった。
「ね、ね、ね、ね」
まったく状況が呑み込めず、ぽかんとする僕に代わって、ガウチが突っ込んだ
「どうしてちぎれ雲さんが、キッチンタイマーなの? だいいち失礼でしょ、ちぎれ雲さんをそんなものに例えるのは」
僕は慌てて手を振った。
「興味があります、この実験。でも、近くで見させてください。席を移動します」
僕が正面に回るのを待って、カモシンは口を開いた。
「あの日のちぎれ雲さんの行動と、わたしたち三人が、シンクロしていたことはご存じですよね」
がっかりした。この実験は、カロンとは関係ないらしい。しかし僕とキッチンタイマーの関係がどうなっているのか聞いてみたかった。
「ええ。でも、具体的なことは、何も教えてもらえませんでしたよ」
「申し訳ありませんでした」カモシンは頭を下げた。
「でも、秘密にしていたわけではありません。はっきりしていなかっただけです。でもあのあと、ちぎれ雲さんから伺った話と、我々の経験談をすり合わせているうちに、あの日の全体像が浮かび上がってきたのです」
カモシンは、キッチンタイマーをテーブルに置くと、僕をじっと見つめながらつづけた。
「それまで感じたことのないチクリを感じたのが、あの日の、午後九時ちょうどでした」
「ちくり? なんですか、それ」
バーシュウレインの三人は、同時に苦笑いを浮かべた。
「それは、西の方角からやってくる光に似たものです。わたしたちは、チクリ光線と呼んでいました」
チクリ光線の発生源。チクリ光線は、彼女らに不快感を与えない。その二点だけは訊かなくてもわかった。
「足の裏に、何かが張り付いたような感覚を覚えたのは、ちょっとの間、記憶が途切れた直後。そのとき、わたしはマッサージチェアの上。ガウチはバスタブの中。ベッキーはベッドの上にいました。時刻は、午後九時三十分でした」
バーシュウレインの三人のセリフは、大体において短い。仲間うちではそれでいいのかもしれないが、他人には大ざっぱ過ぎて、理解不能な部分が多い。
話についていけそうもなかった僕は、要所要所で確認のための質問をすることにした。
「あのう」と僕はいった。
「つまり、僕とシンクロしていたのは、みなさんの記憶が飛んだ部分ですよね」
「え?」カモシンに反省の色が浮かんだ。
「どうやら、わたしの言い方がまずかったようですね」
しかしそのあとのセリフは、僕の頭の中をさらに混乱させるものだった。
「ちぎれ雲さんが関わっていたのは、足の裏です」




