『カロンは、ゆうれいだったの?』 バーシュウレイン視点
コーラの栓を抜きながら、ベッキーは考えた。
わたしたちが知りたいのは、我々の前にちぎれ雲さんが現れた理由。
仲介役は、お石様。これは間違いない。でもそれ以後、お石様からのお告げは、降りてこない。
出会いの意味を知りたければ、自分たちで調べなさい。たぶん、そんな計らいがあってのことだろう。
でも、謎を解明しようとすればするほど、事態が複雑化していくのは、なぜ?
前に進みたいのに、見通しはますます悪くなる。
あのアパートが、八人分のほこらの代わりという解釈には、興味を覚えた。
でもどうして、差出人不明の消える給料袋なんて方向に、話が逸れていくのだろう。
わたしのやりかたが間違っているのだろうか。それとも、これまで通りを貫き通すことによって、謎が解けていくのだろうか。
「飲みたいときは、遠慮なくいって下さいね」
ちぎれ雲にコーラを手渡したとき、ベッキーに閃きのようなものが走った。
謎を解く鍵は、彼の頭の中に映しだされる映像にある。
ことばにした瞬間、確信に変わった。
そうだ、それ以外に考えられない。
その映像と、わたしたち四人に起きた出来事は、リンクしているに違いない。
彼の頭の中の映像と実際に起きた現象を繋ぎ合わせるだけで、すべての謎が解き明かされるはず。いまのわたしたちは、映画の予告編だけを見せられたようなもの。
となると、出会いの謎を解くのは簡単。ちぎれ雲さんの頭の中にある映像のすべてを、こちら側に持ってきてもらえばいい。
でも、この二年あまりがそうだったように、待っているだけでは、何も進まない。
こちらから、強引に働きかけるしかない。
ちぎれ雲さんにすべてを委ねる。ついさきほどまでは、そのつもりだった。でも作戦変更。臨機応変。このことばは、こんなときのためにある。
このプロジェクトの責任者は、わたし。決めたら即実行。それが成功への近道。
短時間で環境を変えさせる方法に、ショック療法がある。でも、何をどうやれば、これまでとは違うちぎれ雲さんを引き出せるのだろう……
頭を悩ませていると、口が勝手に動き出した。
「ひょっとすると、幽霊だったのかもしれませんよ」
あまりの脈絡のなさに、ベッキー自身が驚いた。しかしちぎれ雲は、冷静に応じた。
コーラを二口ほど飲んでから、静かな声でいった。
「それって、僕が会ったオーナー夫妻のことをいっているんですか?」
ベッキーの考えに、そのふたりは入っていなかったが、いわれてみると、その可能性もある。
ベッキーは自嘲の意味も込めて、にこっと笑った。
「わたしが言いたかったのは、カロンさんの方です」
ちぎれ雲は一瞬絶句したが、すぐに笑顔を浮かべた。
「アパート周辺に残る風習は、カーテンと関係ありますよね」
あまりの察しの良さに、ベッキーは思わず訊いた。
「すべてを知っていらっしゃるんじゃないでしょうね」
「だって」ちぎれ雲は嬉しそうに笑った。
「幽霊ということばが出てきた時点で、バレバレでしょう。夜になると、僕のアパートの周りに、長い髪を垂らした女の幽霊が現れる。それを見ると祟りがくる。アパート側のカーテンを開けてはいけない。できれば、閉めっぱなしにしろ。そんなところなんじゃないんですか」
ニュアンスとしては合っている。でも決定的に違う部分がある。
「幽霊の目撃談は、一件もありませんでした」
「え?」ちぎれ雲は、納得できないといった顔になった。
「白い服を着た幽霊がでるんじゃなかったんですか」
「いえ、動物だけが感じる何かが起きるらしいんです」
ちぎれ雲は飲みかけのコーラをテーブルに置くと、ベッキーに顔をちかづけた。
「たとえば?」
「とつぜん、吠え出す。鳴き声を上げる。部屋の中を全速力で駆け回る。羽ばたく。水中から飛び出しそうになる。そんな状態になるそうです」
「そのあとは、どうなるんですか? 口から泡吹いて、死んでしまうとか」
ベッキーは、笑みを浮かべて首を振った。
「動物に被害は及ぼさないようです。カーテンを閉めた瞬間、静かになるらしいんです。引っ越してきた人は、雨戸を閉めたままにしておくようです。ちなみに、ペットが大騒ぎしている最中であっても、外の様子はまったく変わらないとのことでした」
「ふうん」
気のない返事のあと、残りのコーラをちびちび飲みながら、何やら考え事をしていたちぎれ雲が、三人をゆっくりと見回しながらいった。
「みなさんは、あの三千万円を引き取りにきたときのことを覚えていますか?」
その質問に、嬉しそうな表情を浮かべたのはベッキーだけではなかった。
「やっと出たわね、その話」
小さなガッツポーズをつくったカモシンに、ベッキーは笑いながらいった。
「ここから先は、あなたに任せる」




