表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/129

『僕って、異常体質?』 管理人側視点

 悪意がないのはわかっていた。

 でも、ひどすぎる。ベッキーの口がすべったのだろうが、笑ってすませる場合ではない。

「ちょっと、待ってくださいよぉー」

 本気で怒っていないことをわからせるために、おおげさにのけ反ってみせたあと、嫌みたっぷりな口調でつづけた。

「いくら企業秘密だといっても、体質はないでしょう。もう少し気の利いた言い方があるはずですよ。僕は幼稚園生じゃありません」

 しかしベッキーは、撤回しなかった。

「お気を悪くされたのなら、お詫びします」それから上目づかいに僕を見た。「でも、体質以外の言葉は、当てはまらないと思います」

 自分の表情が消えたのがわかった。顔から血の気が引いたらしい。以前こんな感じになったのを覚えているが、いつだったのかまでは思い出せない。僕はちいさく息を吐いてからいった。

「信用できない人間を、モニター役に選んだ理由を、教えてもらえますか?」

 ついつい詰問口調になってしまったが、ベッキーは、冷静さを失わない声で答えた。

「そのような考えを持たれる理由はわかります。でも、信じてください。さきほどの映像には、いかなるメーカーも関わっておりません」

 目と目を絡ませた状態で、そんなふうに言われて、返す言葉がなかった。

 たぶん、体質という言葉の中に、別の意味が隠されているのだろう。これはある種の比喩。そう思うことで、この場をやり過ごすことにした僕は、ささやかな抵抗を試みた。

「でも、これが最後ですからね」

 目を閉じようとして、ふと思った。

 催眠術だ。催眠術にかけられたのかもしれない。

 そう考えたとたん、全ての謎が解けたような気がした。

 映像機器はいらない。目を閉じた状態で映像が見えたとしても、不思議はない。

 想像は確信に変わった。

 あのだらりとしたカウントだ。あれが怪しい。あの間延びした声を聞いているうちに、催眠状態に陥ってしまったんだ。

 そんな簡単な仕掛けに騙された悔しさより、それに気づいたことのほうが何倍も嬉しかった。

 それが僕の表情にでたらしい。

「ありがとうございます。快く受けてくださいまして」

 その声が、あまりにも嬉しそうに聞こえたので、僕は条件をつけた。

「今回は、ひとりでやります。カウントはけっこうです」

 鼻を明かしてやったつもりだった。しかしどういうわけか、ベッキーはにこっと微笑んだ。

「実をいいますと、それをお願いしようとしていたところなんです」

 頭が混乱した。カロンにいわせると、僕は時として、言われたことの逆をすることがあるらしい。これは、カウントをお願いしますと言い直させるための、フェイント攻撃かもしれない。

 ちょっとした疑心暗鬼に陥ったが、一度いったものを取り消すのは、僕の主義ではない。かといって、このまま従うのも癪だった。しばらく考えているうちに、いいアイデアが浮かんできた。

「呼吸の速度を変えてみましょうか?」

 僕がばらまいた餌に、ベッキーは、ぱくりと食いついてきた。

「それも、試していただけるんですか?」

 しめしめ、僕は迷った振りをした。

「どっちが、いいと思いますか?」

「そうですねぇ」ベッキーは真剣な顔になった。「私だったら、ゆっくりのほうを選びます」

「理由は?」

 さりげなく訊くと、ベッキーは言い聞かせるような声でいった。

「そうすることによって、映像時間が延びる可能性があるんじゃないかと、思ったものですから」

 気づきもしなかった。たしかにいい考え方だ。でも僕は、その逆をいくことにした。

「じゃあ、いきます」

 しっかり目を閉じた僕は、心の中でカウントを開始した。

 さきほどより二倍ほどはやい腹式呼吸。

 七回目の息を吐き終えたところで、ほっとした。

 なんの変化も見受けられなかったからだ。目の前は、暗闇状態。

 やっぱり、あれは催眠術だった。

 でも、そこで気づいた。仮に催眠術を使ったとしても、他人の網膜に映像を映しだすなんて話を聞いたことがない。技術的には、すごいのレベルをはるかに超えている。その点だけは、認めてやろう。褒め方次第で、やり方を教えてもらえるかもしれない。

 そんなよけいなことを思い浮かべながら、次の息を吸ったとき、またしても、あの映像が現れた。


 その日から三日間。僕はいろんな条件下で、それ、を試してみた。

 立つ。座る。寝そべる。逆立ち。風呂。トイレ。バスの中。映画館。ファミレス。街中。公園。朝昼晩。天候。どれも関係なかった。

 目を閉じて、腹式呼吸を七回繰り返す。たったそれだけで、常に、その現象は起きた。

 ベッキーが言った通りだった。僕は、そういう体質の持ち主らしい。

「たぶん月の上でも、海の底でも見えると思います」

 報告が一段落したところで、バーシュウレインの三人に訊いてみた。

「でもどうして、同じ映像の繰り返しなんでしょうね」

 答はおろか、ヒントさえ出てこないと思っていたのに、三人は意味ありげな笑みを浮かべた。

 そうなると、当然僕の口から、こんな言葉が漏れることになる。

「やっぱり、皆さんが関与していたわけですね」

 しかしカモシンが、にこやかな笑顔で、僕を黙らせてくれた。

「私どもは、他人を欺くようなことはいたしません」

 表情と言葉だけでは納得できなかった。

「僕も、そう思いたいんです。でも……」それから三人を見回した。「最初にあの映像を見たのは、ここでした。だから、僕の中では、みなさんと映像はワンセットなんです。切り離して考えられないんです」

「わたしがちぎれ雲さんの立場だとしても、同じ思いを持ったと思います」サイドテーブルのポットに手を伸ばしたガウチが、同情の表情を浮かべていった。

「いったん染みこんだイメージを消すのは、とても難しいことです」

 しかし、彼女のいいたいことはそれだけではなかった。そのあと僕に期待を持たせるようなことを口にした。

「でも、ちぎれ雲さんの映像を切り換えるのは、簡単なのかもしれませんよ」

 あまりにもかるい言い方に、言葉遊びがはじまったのだと勘違いしてしまった。

「だったら、試してみたいもんですね」僕はそういうと、お石様が祀ってある木製の箱に視線を移した。

「それに関するお告げが、降りてきたんですか?」

「いえ」ガウチはかるく首を振ると、息をひそめてやり取りを見守っているベッキーに顔を向けた。

「今回は、彼女のアイデアです」

 僕の思考が、一瞬止まった。

「つまり……その……」僕はベッキーに直接訊いた。「映像を切り換える方法を発見したってことですか?」

 緊張が解けたのか、ベッキーは、ちょっとはにかんだ表情を見せた。

「正確に言えば、そうではありません。そのような文章を目にしたというべきかと……」

 僕にとって、細かなところはどうでも良かった。要は結論だけ。

「どうすればいいんですか。どこに行けば、それを試せるんですか?」

 ベッキーは笑顔を浮かべると、天井を見上げた。

「こに部屋で、けっこうです」

 からかわれているのかも知れない。そんな思いが過ぎったが、それはそれでいい。ひょうたんから駒という例えがある。物事は、試してみなければわからない。

「どうやって?」

 ベッキーは僕の目の奥を覗きこむようにして答えた。

「まず、映像を出します。そのあと、どのような映像だったのかを、文字にします。それだけです」

 あまりのばかばかしさに、僕は、次の質問を投げかけた。

「それで、切り替わらなかった場合、どうすればいいんですか?」

 ベッキーは苦笑いを浮かべると、肩をすくめてみせた。

「それ以外の方法は、知りません」 悪意がないのはわかっていた。

 でも、ひどすぎる。ベッキーの口がすべったのだろうが、笑ってすませる場合ではない。

「ちょっと、待ってくださいよぉー」

 本気で怒っていないことをわからせるために、おおげさにのけ反ってみせたあと、嫌みたっぷりな口調でつづけた。

「いくら企業秘密だといっても、体質はないでしょう。もう少し気の利いた言い方があるはずですよ。僕は幼稚園生じゃありません」

 しかしベッキーは、撤回しなかった。

「お気を悪くされたのなら、お詫びします」それから上目づかいに僕を見た。「でも、体質以外の言葉は、当てはまらないと思います」

 自分の表情が消えたのがわかった。顔から血の気が引いたらしい。以前こんな感じになったのを覚えているが、いつだったのかまでは思い出せない。僕はちいさく息を吐いてからいった。

「信用できない人間を、モニター役に選んだ理由を、教えてもらえますか?」

 ついつい詰問口調になってしまったが、ベッキーは、冷静さを失わない声で答えた。

「そのような考えを持たれる理由はわかります。でも、信じてください。さきほどの映像には、いかなるメーカーも関わっておりません」

 目と目を絡ませた状態で、そんなふうに言われて、返す言葉がなかった。

 たぶん、体質という言葉の中に、別の意味が隠されているのだろう。これはある種の比喩。そう思うことで、この場をやり過ごすことにした僕は、ささやかな抵抗を試みた。

「でも、これが最後ですからね」

 目を閉じようとして、ふと思った。

 催眠術だ。催眠術にかけられたのかもしれない。

 そう考えたとたん、全ての謎が解けたような気がした。

 映像機器はいらない。目を閉じた状態で映像が見えたとしても、不思議はない。

 想像は確信に変わった。

 あのだらりとしたカウントだ。あれが怪しい。あの間延びした声を聞いているうちに、催眠状態に陥ってしまったんだ。

 そんな簡単な仕掛けに騙された悔しさより、それに気づいたことのほうが何倍も嬉しかった。

 それが僕の表情にでたらしい。

「ありがとうございます。快く受けてくださいまして」

 その声が、あまりにも嬉しそうに聞こえたので、僕は条件をつけた。

「今回は、ひとりでやります。カウントはけっこうです」

 鼻を明かしてやったつもりだった。しかしどういうわけか、ベッキーはにこっと微笑んだ。

「実をいいますと、それをお願いしようとしていたところなんです」

 頭が混乱した。カロンにいわせると、僕は時として、言われたことの逆をすることがあるらしい。これは、カウントをお願いしますと言い直させるための、フェイント攻撃かもしれない。

 ちょっとした疑心暗鬼に陥ったが、一度いったものを取り消すのは、僕の主義ではない。かといって、このまま従うのも癪だった。しばらく考えているうちに、いいアイデアが浮かんできた。

「呼吸の速度を変えてみましょうか?」

 僕がばらまいた餌に、ベッキーは、ぱくりと食いついてきた。

「それも、試していただけるんですか?」

 しめしめ、僕は迷った振りをした。

「どっちが、いいと思いますか?」

「そうですねぇ」ベッキーは真剣な顔になった。「私だったら、ゆっくりのほうを選びます」

「理由は?」

 さりげなく訊くと、ベッキーは言い聞かせるような声でいった。

「そうすることによって、映像時間が延びる可能性があるんじゃないかと、思ったものですから」

 気づきもしなかった。たしかにいい考え方だ。でも僕は、その逆をいくことにした。

「じゃあ、いきます」

 しっかり目を閉じた僕は、心の中でカウントを開始した。

 さきほどより二倍ほどはやい腹式呼吸。

 七回目の息を吐き終えたところで、ほっとした。

 なんの変化も見受けられなかったからだ。目の前は、暗闇状態。

 やっぱり、あれは催眠術だった。

 でも、そこで気づいた。仮に催眠術を使ったとしても、他人の網膜に映像を映しだすなんて話を聞いたことがない。技術的には、すごいのレベルをはるかに超えている。その点だけは、認めてやろう。褒め方次第で、やり方を教えてもらえるかもしれない。

 そんなよけいなことを思い浮かべながら、次の息を吸ったとき、またしても、あの映像が現れた。


 その日から三日間。僕はいろんな条件下で、それ、を試してみた。

 立つ。座る。寝そべる。逆立ち。風呂。トイレ。バスの中。映画館。ファミレス。街中。公園。朝昼晩。天候。どれも関係なかった。

 目を閉じて、腹式呼吸を七回繰り返す。たったそれだけで、常に、その現象は起きた。

 ベッキーが言った通りだった。僕は、そういう体質の持ち主らしい。

「たぶん月の上でも、海の底でも見えると思います」

 報告が一段落したところで、バーシュウレインの三人に訊いてみた。

「でもどうして、同じ映像の繰り返しなんでしょうね」

 答はおろか、ヒントさえ出てこないと思っていたのに、三人は意味ありげな笑みを浮かべた。

 そうなると、当然僕の口から、こんな言葉が漏れることになる。

「やっぱり、皆さんが関与していたわけですね」

 しかしカモシンが、にこやかな笑顔で、僕を黙らせてくれた。

「私どもは、他人を欺くようなことはいたしません」

 表情と言葉だけでは納得できなかった。

「僕も、そう思いたいんです。でも……」それから三人を見回した。「最初にあの映像を見たのは、ここでした。だから、僕の中では、みなさんと映像はワンセットなんです。切り離して考えられないんです」

「わたしがちぎれ雲さんの立場だとしても、同じ思いを持ったと思います」サイドテーブルのポットに手を伸ばしたガウチが、同情の表情を浮かべていった。

「いったん染みこんだイメージを消すのは、とても難しいことです」

 しかし、彼女のいいたいことはそれだけではなかった。そのあと僕に期待を持たせるようなことを口にした。

「でも、ちぎれ雲さんの映像を切り換えるのは、簡単なのかもしれませんよ」

 あまりにもかるい言い方に、言葉遊びがはじまったのだと勘違いしてしまった。

「だったら、試してみたいもんですね」僕はそういうと、お石様が祀ってある木製の箱に視線を移した。

「それに関するお告げが、降りてきたんですか?」

「いえ」ガウチはかるく首を振ると、息をひそめてやり取りを見守っているベッキーに顔を向けた。

「今回は、彼女のアイデアです」

 僕の思考が、一瞬止まった。

「つまり……その……」僕はベッキーに直接訊いた。「映像を切り換える方法を発見したってことですか?」

 緊張が解けたのか、ベッキーは、ちょっとはにかんだ表情を見せた。

「正確に言えば、そうではありません。そのような文章を目にしたというべきかと……」

 僕にとって、細かなところはどうでも良かった。要は結論だけ。

「どうすればいいんですか。どこに行けば、それを試せるんですか?」

 ベッキーは笑顔を浮かべると、天井を見上げた。

「こに部屋で、けっこうです」

 からかわれているのかも知れない。そんな思いが過ぎったが、それはそれでいい。ひょうたんから駒という例えがある。物事は、試してみなければわからない。

「どうやって?」

 ベッキーは僕の目の奥を覗きこむようにして答えた。

「まず、映像を出します。そのあと、どのような映像だったのかを、文字にします。それだけです」

 あまりのばかばかしさに、僕は、次の質問を投げかけた。

「それで、切り替わらなかった場合、どうすればいいんですか?」

 ベッキーは苦笑いを浮かべると、肩をすくめてみせた。

「それ以外の方法は、知りません」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ