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『二年前の映像とご対面』 管理人側視点

 僕はそれを聞きながら、心の中で突っ込みをいれた。

 目を閉じた状態で、映像が見える?

 もしそうだとしたら、ノーベル賞どころの騒ぎじゃない。世の中ひっくり返る。そのメーカーの株を買っておけば、億万長者間違いなし。

 でも、それを指摘する気はない。僕は、単純ミスを注意するほど野暮じゃない。言い間違えは誰にだって起こりうる。そんなわけで、とりあえずは、言われたとおりのことをすることにした。

 でもその前に、気合いを入れるように両手を叩いた。

 パン、パン。

 しかし、神様に願いごとをするための儀式ではない。朝早くて頭がうまく働かないのかも知れませんが、しっかりしましょうね、ベッキーさん。その思いを込めての二拍手なのだ。

「じゃあこんどは、良く見ていてくださいね」

 彼女に向かって顔を突き出すと、目に力をいれてギュッと閉じたうえに、両手で目隠しまでした。

「こうすれば、より効果的ですよね。まるで上映前の映画館。今のところ真っ暗で、何も見えません」

「完璧です」

 ベッキーは満足そうな声でそう言ったが、まだ言い間違えに気づいていないようだ。

「イーチィ、ニーィ、サーン」

 再びはじまった間延びした声に合わせて深呼吸をしながら、カウントが終わったあとのことを想像してみた。

「どうして目を開けないんですか?」

 たぶん十秒以内に、ベッキーはあきれたような声でそう言う。僕はこのままの格好で答える。

「カウントが終わったあとも、ずっと目を閉じたままで、と言われましたので……」

 最後のほうはわざと語尾を濁す。相手が気づくのを待つために。

「ゴーゥ、ローク」

 十秒以内にベッキーが気づけば、さきほどのあれは単純ミス。それ以上時間がかかるようだと、年齢から来る脳の衰え。お気の毒さま。僕にできることはなにもございません。

「ナーナ」

 で、最後の息を吐きだし、さてベッキーは、何秒後にどのようなことを言いだすのだろうと思いながら、次の呼吸をしようとしたとき、自分の体がひとりでに、ぴくんと震えたのがわかった。

 それはベッキーにも、ダイレクトに伝わったらしい。

「何か、見えているんですね?」

 疑問符付きだったが、確認の問いかけにしか聞こえなかった。目の前の映像には、何らかのかたちでベッキーも関わっている。そうとしか思えなかった。冷静な気持ちを取り戻した僕は、何も考えずに答えた。

「ええ、見えています。はっきりと」

 しばらくの沈黙のあと、ベッキーが言った。

「ど、どのようなものが、見えて、い、いるんですか?」

 ベッキーの声から、落ち着きが消えていることさえ気づかなかった。

「以前見たものと、まったく同じです」僕は目隠しをしたままでつづけた。「音も出ません。同じ場面の繰り返しです」

 十秒ほど待ったが、ベッキーは何もいわなかった。そのときの僕の興味は、世紀の大発明品としてスミソニアン博物館に飾られるかもしれない映像機器に移っていた。

 中身はどうなっているのだろう。仕組みは? 値段は? どれくらいのサイズ? 

「もう、目を開けてもいいですか?」

 はやる気持ちを押さえて訊くと、慌てた声が返ってきた。

「ち、ちょっと待ってください……色は、どうですか?」

 色?

 なるほどそうかと合点がいった。

 どうやら今の僕は、モニターの役目を背負っているらしい。だとすれば、役目をまっとうする方が先、気持ちを切りかえた僕は、目の前に広がるパノラマ風景に視線を戻した。

「4Kテレビより、きれいだと思います」

 それからゆっくりと、体をひねってみた。

「後ろには森が広がっています。頭の上でトンビが輪を描いています。まるで、映像のプラネタリウムみたいですね」

「それって、全方向に見えているという意味ですか?」

 おかしなことを訊くものだなと思った時には、僕の目は開いていた。

「あれれ?」

 思わず僕の口から間の抜けた声が出たが、無理もない。

 それまでの映像が、跡形もなく消えただけでも驚くのに、スクリーンらしきものが見当たらなかったからだ。

 僕はあたりをきょろきょろ見回したあとで訊いた。

「どうやって、映していたんですか?」

 しかしベッキーは、それには答えなかった。

「以前、見たといわれましたよね」

 硬い声でそういった。

「ええ」といってから僕は、にやっと笑った。「二年前の、チカチカマンションで見せてもらったあれと同じでした」

 バーシュウレインのメンバーの前で、チカチカマンションという言葉を使ったのは初めてだった。

 だがベッキーは、クスとも笑わなかった。表情がより強ばっただけだった。

「お願いです」彼女は両手を合わせると、僕を拝むようにしていった。

「もう一度、やってみてください」

 やってみてが、何を指すのかわかっていた。

 この装置をオンにするには、誰かが腹式呼吸を七回繰り返さなければならないのだ。なぜこんな原始的なスイッチにしたのか気になったが、そんなことは後回し。

「いやです」僕は首を横に振った。「その前に、見せて下さい」

「え?」ベッキーは、戸惑いの表情になった。

「何をですか?」

「決まっているじゃないですか」僕は何も置いてないテーブルを、両手で撫でた。

「どこかに隠した装置です」

「ソウチ?」

 しらばっくれていると思った僕は、本気で腹を立てた。

「見せる気がないのなら、もう協力しません」

 いったあとから後悔した。

 仮に僕が断ったとしても、モニター役が他の誰かに移るだけ。できることなら、製品として世に出るまでずっと関わっていたい。

「今の言葉は忘れてください」僕は素直に頭を下げた。「考えてみると、これほどの発明品のモニター役に選ばれただけでも、幸せ者ですよね、この僕は」

 意識して同意を得るような言い方をしたのだが、通じなかったらしい。

「モニター役……ですか…」

 ベッキーはつぶやくような声でいいながら、僕から視線を外した。そしてしばらくしてから、言葉を選ぶような感じでいった。

「ちぎれ雲さんが、知りたいことは、映像が、見える仕組み、ですか?」

 黙ったままうなずくと、彼女は再び考える顔になった。

「私は専門家ではありませんが……」独り言のようにいったベッキーは、数秒の沈黙の後、耳を疑うようなことを口にした。

「それはちぎれ雲さんの、体質だと思います」

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