『あの日の時刻確認』 管理人側視点
着信音で、相手はわかった。でも、ちょっとした胸騒ぎを感じて、どきどきした。
この時刻の電話は初めてだったからだ。
緊急事態発生。つまりそれは、カロンに関する情報。
一瞬そう思った。でも、すぐに頭から振り払った。もしそうだった場合、電話ではなく、ベッキーが直接ここまでやってくる約束になっている。
胸の動悸を悟られないように、僕はゆっくりとした声で、
「はい、聞き屋、ちぎれ雲でございます」
といった。
「こんな夜分、申し訳ありません」ベッキーは、本当に申し訳なさそうな声でいった。「お聞きしたいことがあるんですが、二、三分、お時間を頂けませんでしょうか?」
夕方からずっと、パソコン画面を眺めていた僕の目の奥は、チクチクしていた。
「二、三分なんていわずに」そこでパソコン電源をオフにした。「何時間でもどうぞ」
何の用事かと思ったら、あの日のことだった。
「ええ、覚えています。はっきりと」
受話器の向こうで、ちょっとした歓声が上がった。僕の声はスマホのスピーカーを通して、他のメンバーにも聞こえているようだ。
ベッキーは一呼吸置いてからつづけた。
「それは、時刻も含めてということでしょうか」
僕の頬が、ひとりでに強ばった。
あれは二年以上前の話。どうして今頃になって、そんな細かい点を……
反射的に時計に目をやった。十一時を少し過ぎている。
なにかおかしい。
僕は携帯を耳から遠ざけた。
そういえば、ベッキーの口調はいつになく、ぎこちない。胸の内を悟られないようにしているようにも聞こえる。でもそれは、先ほど起きた歓声とは繋がりそうにない。
しばらく考えているうちに、この電話の背景がぼんやり見えてきた。
あの日、一番重要だったのは、六桁の数字。名刺投入時刻の二十三時五十九分五十三秒を示す数字。
それを僕は、どこからともなく聞こえてきた声で知り。バーシュウレインの三人は、お石様からのお告げというかたちで、知ることになった。
23・59・53。
共通した数字によって僕達は、見えない糸で結ばれていることを確かめ合った……
そこで、急にむかっ腹が立ってきた。
このあとベッキーがいうセリフが、浮かんできたからだ。
今日、ちぎれ雲さんとお石様との間には、なんの繋がりもなかったことが証明されました。よって、専属契約は破棄します。あの三千万円も没収させていただきます。
たぶん、それに似た話になる。
冗談じゃない!
だとしたら、こっちから切り出してやる。だからいったでしょ。あなたた方の勘違いだって。だから、いらないといったんです、あの三千万円。
でも、それを相手に伝えることはできなかった。僕がそのことをいう前に、ベッキーが、「ちぎれ雲さんが、アパートを出られた時刻がわかりますか?」
と更に訊いてきたからだ。
記憶を辿るまでもなかった。
「十一時二十分前後」
「…………」
受話器の向こうに、沈黙が舞い降りたのがわかった。僕の言い方が素っ気なかったからだろうか。
「どうかしたんですか?」
一応訊いてみた。
「……いえ、別になにも」
明らかな落胆の声に、僕は腕組みをした。
なんらかのかたちで、期待を裏切ってしまったらしい。大まかに答えたからだろうか。彼女らが求めていたのは、何分、何秒までの、正確な時刻だったのかもしれない。でもあのとき僕は、時刻を確認しなかった。場を繕うために、ここでいい加減なことをいうわけにはいかない。僕の信用がいっぺんで崩れ去る。
と、受話器の向こうで小さな声がした。
「ちょっと、待ってくださいね」
ベッキーが通話口を押さえたのか、がさがさという音しか聞こえなくなった。この隙にと、コーラのボトルに手を伸ばしかけたとき、ベッキーの声が聞こえてきた。
「そこからこのマンションまでは、タクシーで約五分ですよね」
そうですね、と答えようとしてやめた。
僕がタクシーを使ったのは、あの日だけ。行きはタクシーの中で気を失った。帰りは、爆睡。交差点に着いたところで起こされた。
「はっきりとはわかりませんが、たぶん、そうだと思います」
僕としては、何の問題もない言葉だと思った。でも、返ってきたのは、疑いを含んだような声だった。
「ということは、あの夜ちぎれ雲さんは、三十分以上も、タクシーを待っていらしゃったわけですね」
気分が悪くなった。自分が取り調べを受けている容疑者になったような気がしてきたのだ。急に喉の渇きを覚えた僕は、エチケット違反を承知で、コーラを二口飲んだ。そしてわけがわからないままに、きつい調子でいってやった。
「何を訊きたいんですか? あの日の僕のアリバイ崩しですか?」
「と、とんでもありません」
もしかすると、ちいさく飛び上がったのかも知れない。そう思えるほどの驚いた声だった。
「どうやら、誤解を与えてしまったようですね」急に落ち着いた声になったベッキーは、その理由を話してくれた。
「あの日のちぎれ雲さんの行動と、私たち三人に起こった出来事が、シンクロしていたんじゃないかという話になったんです。わたし個人としては確認をとるのは明日。そう思ったのですが、話し合いの結果、どうしても、ということになりまして……それで仕方なく……こんな……」
最後のほうは、しどろもどろになってきたので、確認した。
「そのシンクロというのは、同期、という意味ですか?」
「ええ、まあ……」
ベッキーが曖昧に言葉を濁して黙り込んだのが、とても気になった。
「もしよかったら、きかせてもらえませんか? 時刻にこだわる、理由を」
遠慮がちにそういうと、やんわりとした口調で断ってきた。
「でも、ちぎれ雲さんとは関係がなさそうでしたので……」
口調からすると、その出来事というのは、三人のプライバシーに関することらしい。それも根源に関わるような。
いきなり電話をもらった僕としては、もう少し追求しても許されるだろうという気持ちがあった。でも、相手は僕よりずっと年上。
「わかりました。じゃあ」
素直に引き下がろうとしたところで、これぐらいならかまわないだろうという質問を思いついた。
「シンクロしていなかったことに気づいたのは、どの部分ですか?」
「始まりと、終わりの時間です」ベッキーは、はっきりとした声でいった。「私たちにそれが起きたのは、午後九時ちょうど、終わったのが、十一時五十九分五十三秒でしたから」
僕はちょっと考えた。
あの日のその時刻、何をしていたっけ?
反射的に思い出した。それもくっきりとした映像付きで。
「もしかすると、僕たち、シンクロしていたのかもしれませんよ」
僕は、シンクロの意味も考えずに、そんなことをいった。
「え?」
電話の向こうで息を吞む気配がした。
「それ、証明できますか?」
経済活動もしているバーシュウレインの三人に、証明という言葉は付きものらしい。
「もちろんです。よく考えてみたら、開始時刻と終了時間がぴったりなんです」
それから僕は、要所要所を簡単に説明した。
「このアパートを最初に出たのは、午後九時ちょうど。時計で確認しましたから間違いありません。でも、途中で名刺を忘れたことに気づいたんです。先ほどいったのは、名刺を持って、アパートをでた時間です。タクシーはすぐつかまりました。でも、途中で気を失ってしまったんです。マンションに向かったのは、ドラッグストアの駐車場でしばらく休んでからでした」
僕が話し終えると同時に、ベッキーがいった。
「明日の朝一番に、お伺いしてもよろしいでしょうか」
着信音で、相手はわかった。でも、ちょっとした胸騒ぎを感じて、どきどきした。
この時刻の電話は初めてだったからだ。
緊急事態発生。つまりそれは、カロンに関する情報。
一瞬そう思った。でも、すぐに頭から振り払った。もしそうだった場合、電話ではなく、ベッキーが直接ここまでやってくる約束になっている。
胸の動悸を悟られないように、僕はゆっくりとした声で、
「はい、聞き屋、ちぎれ雲でございます」
といった。
「こんな夜分、申し訳ありません」ベッキーは、本当に申し訳なさそうな声でいった。「お聞きしたいことがあるんですが、二、三分、お時間を頂けませんでしょうか?」
夕方からずっと、パソコン画面を眺めていた僕の目の奥は、チクチクしていた。
「二、三分なんていわずに」そこでパソコン電源をオフにした。「何時間でもどうぞ」
何の用事かと思ったら、あの日のことだった。
「ええ、覚えています。はっきりと」
受話器の向こうで、ちょっとした歓声が上がった。僕の声はスマホのスピーカーを通して、他のメンバーにも聞こえているようだ。
ベッキーは一呼吸置いてからつづけた。
「それは、時刻も含めてということでしょうか」
僕の頬が、ひとりでに強ばった。
あれは二年以上前の話。どうして今頃になって、そんな細かい点を……
反射的に時計に目をやった。十一時を少し過ぎている。
なにかおかしい。
僕は携帯を耳から遠ざけた。
そういえば、ベッキーの口調はいつになく、ぎこちない。胸の内を悟られないようにしているようにも聞こえる。でもそれは、先ほど起きた歓声とは繋がりそうにない。
しばらく考えているうちに、この電話の背景がぼんやり見えてきた。
あの日、一番重要だったのは、六桁の数字。名刺投入時刻の二十三時五十九分五十三秒を示す数字。
それを僕は、どこからともなく聞こえてきた声で知り。バーシュウレインの三人は、お石様からのお告げというかたちで、知ることになった。
23・59・53。
共通した数字によって僕達は、見えない糸で結ばれていることを確かめ合った……
そこで、急にむかっ腹が立ってきた。
このあとベッキーがいうセリフが、浮かんできたからだ。
今日、ちぎれ雲さんとお石様との間には、なんの繋がりもなかったことが証明されました。よって、専属契約は破棄します。あの三千万円も没収させていただきます。
たぶん、それに似た話になる。
冗談じゃない!
だとしたら、こっちから切り出してやる。だからいったでしょ。あなたた方の勘違いだって。だから、いらないといったんです、あの三千万円。
でも、それを相手に伝えることはできなかった。僕がそのことをいう前に、ベッキーが、「ちぎれ雲さんが、アパートを出られた時刻がわかりますか?」
と更に訊いてきたからだ。
記憶を辿るまでもなかった。
「十一時二十分前後」
「…………」
受話器の向こうに、沈黙が舞い降りたのがわかった。僕の言い方が素っ気なかったからだろうか。
「どうかしたんですか?」
一応訊いてみた。
「……いえ、別になにも」
明らかな落胆の声に、僕は腕組みをした。
なんらかのかたちで、期待を裏切ってしまったらしい。大まかに答えたからだろうか。彼女らが求めていたのは、何分、何秒までの、正確な時刻だったのかもしれない。でもあのとき僕は、時刻を確認しなかった。場を繕うために、ここでいい加減なことをいうわけにはいかない。僕の信用がいっぺんで崩れ去る。
と、受話器の向こうで小さな声がした。
「ちょっと、待ってくださいね」
ベッキーが通話口を押さえたのか、がさがさという音しか聞こえなくなった。この隙にと、コーラのボトルに手を伸ばしかけたとき、ベッキーの声が聞こえてきた。
「そこからこのマンションまでは、タクシーで約五分ですよね」
そうですね、と答えようとしてやめた。
僕がタクシーを使ったのは、あの日だけ。行きはタクシーの中で気を失った。帰りは、爆睡。交差点に着いたところで起こされた。
「はっきりとはわかりませんが、たぶん、そうだと思います」
僕としては、何の問題もない言葉だと思った。でも、返ってきたのは、疑いを含んだような声だった。
「ということは、あの夜ちぎれ雲さんは、三十分以上も、タクシーを待っていらしゃったわけですね」
気分が悪くなった。自分が取り調べを受けている容疑者になったような気がしてきたのだ。急に喉の渇きを覚えた僕は、エチケット違反を承知で、コーラを二口飲んだ。そしてわけがわからないままに、きつい調子でいってやった。
「何を訊きたいんですか? あの日の僕のアリバイ崩しですか?」
「と、とんでもありません」
もしかすると、ちいさく飛び上がったのかも知れない。そう思えるほどの驚いた声だった。
「どうやら、誤解を与えてしまったようですね」急に落ち着いた声になったベッキーは、その理由を話してくれた。
「あの日のちぎれ雲さんの行動と、私たち三人に起こった出来事が、シンクロしていたんじゃないかという話になったんです。わたし個人としては確認をとるのは明日。そう思ったのですが、話し合いの結果、どうしても、ということになりまして……それで仕方なく……こんな……」
最後のほうは、しどろもどろになってきたので、確認した。
「そのシンクロというのは、同期、という意味ですか?」
「ええ、まあ……」
ベッキーが曖昧に言葉を濁して黙り込んだのが、とても気になった。
「もしよかったら、きかせてもらえませんか? 時刻にこだわる、理由を」
遠慮がちにそういうと、やんわりとした口調で断ってきた。
「でも、ちぎれ雲さんとは関係がなさそうでしたので……」
口調からすると、その出来事というのは、三人のプライバシーに関することらしい。それも根源に関わるような。
いきなり電話をもらった僕としては、もう少し追求しても許されるだろうという気持ちがあった。でも、相手は僕よりずっと年上。
「わかりました。じゃあ」
素直に引き下がろうとしたところで、これぐらいならかまわないだろうという質問を思いついた。
「シンクロしていなかったことに気づいたのは、どの部分ですか?」
「始まりと、終わりの時間です」ベッキーは、はっきりとした声でいった。「私たちにそれが起きたのは、午後九時ちょうど、終わったのが、十一時五十九分五十三秒でしたから」
僕はちょっと考えた。
あの日のその時刻、何をしていたっけ?
反射的に思い出した。それもくっきりとした映像付きで。
「もしかすると、僕たち、シンクロしていたのかもしれませんよ」
僕は、シンクロの意味も考えずに、そんなことをいった。
「え?」
電話の向こうで息を吞む気配がした。
「それ、証明できますか?」
経済活動もしているバーシュウレインの三人に、証明という言葉は付きものらしい。
「もちろんです。よく考えてみたら、開始時刻と終了時間がぴったりなんです」
それから僕は、要所要所を簡単に説明した。
「このアパートを最初に出たのは、午後九時ちょうど。時計で確認しましたから間違いありません。でも、途中で名刺を忘れたことに気づいたんです。先ほどいったのは、名刺を持って、アパートをでた時間です。タクシーはすぐつかまりました。でも、途中で気を失ってしまったんです。マンションに向かったのは、ドラッグストアの駐車場でしばらく休んでからでした」
僕が話し終えると同時に、ベッキーがいった。
「明日の朝一番に、お伺いしてもよろしいでしょうか」『あの日の時刻確認』 管理人側視点
着信音で、相手はわかった。でも、ちょっとした胸騒ぎを感じて、どきどきした。
この時刻の電話は初めてだったからだ。
緊急事態発生。つまりそれは、カロンに関する情報。
一瞬そう思った。でも、すぐに頭から振り払った。もしそうだった場合、電話ではなく、ベッキーが直接ここまでやってくる約束になっている。
胸の動悸を悟られないように、僕はゆっくりとした声で、
「はい、聞き屋、ちぎれ雲でございます」
といった。
「こんな夜分、申し訳ありません」ベッキーは、本当に申し訳なさそうな声でいった。「お聞きしたいことがあるんですが、二、三分、お時間を頂けませんでしょうか?」
夕方からずっと、パソコン画面を眺めていた僕の目の奥は、チクチクしていた。
「二、三分なんていわずに」そこでパソコン電源をオフにした。「何時間でもどうぞ」
何の用事かと思ったら、あの日のことだった。
「ええ、覚えています。はっきりと」
受話器の向こうで、ちょっとした歓声が上がった。僕の声はスマホのスピーカーを通して、他のメンバーにも聞こえているようだ。
ベッキーは一呼吸置いてからつづけた。
「それは、時刻も含めてということでしょうか」
僕の頬が、ひとりでに強ばった。
あれは二年以上前の話。どうして今頃になって、そんな細かい点を……
反射的に時計に目をやった。十一時を少し過ぎている。
なにかおかしい。
僕は携帯を耳から遠ざけた。
そういえば、ベッキーの口調はいつになく、ぎこちない。胸の内を悟られないようにしているようにも聞こえる。でもそれは、先ほど起きた歓声とは繋がりそうにない。
しばらく考えているうちに、この電話の背景がぼんやり見えてきた。
あの日、一番重要だったのは、六桁の数字。名刺投入時刻の二十三時五十九分五十三秒を示す数字。
それを僕は、どこからともなく聞こえてきた声で知り。バーシュウレインの三人は、お石様からのお告げというかたちで、知ることになった。
23・59・53。
共通した数字によって僕達は、見えない糸で結ばれていることを確かめ合った……
そこで、急にむかっ腹が立ってきた。
このあとベッキーがいうセリフが、浮かんできたからだ。
今日、ちぎれ雲さんとお石様との間には、なんの繋がりもなかったことが証明されました。よって、専属契約は破棄します。あの三千万円も没収させていただきます。
たぶん、それに似た話になる。
冗談じゃない!
だとしたら、こっちから切り出してやる。だからいったでしょ。あなたた方の勘違いだって。だから、いらないといったんです、あの三千万円。
でも、それを相手に伝えることはできなかった。僕がそのことをいう前に、ベッキーが、「ちぎれ雲さんが、アパートを出られた時刻がわかりますか?」
と更に訊いてきたからだ。
記憶を辿るまでもなかった。
「十一時二十分前後」
「…………」
受話器の向こうに、沈黙が舞い降りたのがわかった。僕の言い方が素っ気なかったからだろうか。
「どうかしたんですか?」
一応訊いてみた。
「……いえ、別になにも」
明らかな落胆の声に、僕は腕組みをした。
なんらかのかたちで、期待を裏切ってしまったらしい。大まかに答えたからだろうか。彼女らが求めていたのは、何分、何秒までの、正確な時刻だったのかもしれない。でもあのとき僕は、時刻を確認しなかった。場を繕うために、ここでいい加減なことをいうわけにはいかない。僕の信用がいっぺんで崩れ去る。
と、受話器の向こうで小さな声がした。
「ちょっと、待ってくださいね」
ベッキーが通話口を押さえたのか、がさがさという音しか聞こえなくなった。この隙にと、コーラのボトルに手を伸ばしかけたとき、ベッキーの声が聞こえてきた。
「そこからこのマンションまでは、タクシーで約五分ですよね」
そうですね、と答えようとしてやめた。
僕がタクシーを使ったのは、あの日だけ。行きはタクシーの中で気を失った。帰りは、爆睡。交差点に着いたところで起こされた。
「はっきりとはわかりませんが、たぶん、そうだと思います」
僕としては、何の問題もない言葉だと思った。でも、返ってきたのは、疑いを含んだような声だった。
「ということは、あの夜ちぎれ雲さんは、三十分以上も、タクシーを待っていらしゃったわけですね」
気分が悪くなった。自分が取り調べを受けている容疑者になったような気がしてきたのだ。急に喉の渇きを覚えた僕は、エチケット違反を承知で、コーラを二口飲んだ。そしてわけがわからないままに、きつい調子でいってやった。
「何を訊きたいんですか? あの日の僕のアリバイ崩しですか?」
「と、とんでもありません」
もしかすると、ちいさく飛び上がったのかも知れない。そう思えるほどの驚いた声だった。
「どうやら、誤解を与えてしまったようですね」急に落ち着いた声になったベッキーは、その理由を話してくれた。
「あの日のちぎれ雲さんの行動と、私たち三人に起こった出来事が、シンクロしていたんじゃないかという話になったんです。わたし個人としては確認をとるのは明日。そう思ったのですが、話し合いの結果、どうしても、ということになりまして……それで仕方なく……こんな……」
最後のほうは、しどろもどろになってきたので、確認した。
「そのシンクロというのは、同期、という意味ですか?」
「ええ、まあ……」
ベッキーが曖昧に言葉を濁して黙り込んだのが、とても気になった。
「もしよかったら、きかせてもらえませんか? 時刻にこだわる、理由を」
遠慮がちにそういうと、やんわりとした口調で断ってきた。
「でも、ちぎれ雲さんとは関係がなさそうでしたので……」
口調からすると、その出来事というのは、三人のプライバシーに関することらしい。それも根源に関わるような。
いきなり電話をもらった僕としては、もう少し追求しても許されるだろうという気持ちがあった。でも、相手は僕よりずっと年上。
「わかりました。じゃあ」
素直に引き下がろうとしたところで、これぐらいならかまわないだろうという質問を思いついた。
「シンクロしていなかったことに気づいたのは、どの部分ですか?」
「始まりと、終わりの時間です」ベッキーは、はっきりとした声でいった。「私たちにそれが起きたのは、午後九時ちょうど、終わったのが、十一時五十九分五十三秒でしたから」
僕はちょっと考えた。
あの日のその時刻、何をしていたっけ?
反射的に思い出した。それもくっきりとした映像付きで。
「もしかすると、僕たち、シンクロしていたのかもしれませんよ」
僕は、シンクロの意味も考えずに、そんなことをいった。
「え?」
電話の向こうで息を吞む気配がした。
「それ、証明できますか?」
経済活動もしているバーシュウレインの三人に、証明という言葉は付きものらしい。
「もちろんです。よく考えてみたら、開始時刻と終了時間がぴったりなんです」
それから僕は、要所要所を簡単に説明した。
「このアパートを最初に出たのは、午後九時ちょうど。時計で確認しましたから間違いありません。でも、途中で名刺を忘れたことに気づいたんです。先ほどいったのは、名刺を持って、アパートをでた時間です。タクシーはすぐつかまりました。でも、途中で気を失ってしまったんです。マンションに向かったのは、ドラッグストアの駐車場でしばらく休んでからでした」
僕が話し終えると同時に、ベッキーがいった。
「明日の朝一番に、お伺いしてもよろしいでしょうか」




