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ぷっくり涙袋で、モンローウオーク     バーシュウレイン視点

 何してるの? こんなところで二人揃って。

 カモシンが、そういいますように。わたしたちに、気づきますように。どうか、どうか、どうか、お願い致します。お石様。

 しかし微かな開閉音とともにドアが開いたとき、それが叶わなかったことを、ベッキーは思い知った。

 手を伸ばせば触れる距離。顔と顔が向き合ったはずなのに、何の反応も返ってこなかった。

 ほら、ここよ。ここ。

 ベッキーは、心の中で呼びかけた。

 それも無駄だった。カモシンはごく自然に体の向きを変えた。かるく広げた右手を前にかざし、左手を壁に這わせ、足元を確かめるようなゆっくりとした足取りで、隣の部屋を目指して歩きはじめた。

 明かりといえば、部屋の扉をぼんやり浮かび上がらせている足元の灯だけ。暗い廊下を、ドレスの裾をゆらゆらゆらと揺らしながら歩く後ろ姿。

 息を殺して見つめているベッキーの目には、不幸という名の黒い衣をまとって、闇をさまよう亡霊にしか映らなかった。

 どうすればいいの?

 ベッキーはガウチに、目で問いかけた。

 急に振られたガウチは一瞬驚いたような表情をみせたが、すぐに答を出した。

 ついてらっしゃい。目でそういうと、抜き足、差し足、忍び足。ゆるやかな動きで、カモシンの後を追った。

801号室の前にたどりついたカモシンは、深い息を吐いたあと、気持ちを引き締めるように、背筋をすっと伸ばした。

 ゴンゴンゴンゴン!

 いきなりの大音響に、ベッキーとガウチは、あやうくひっくり返るところだった。

 拳を握りしめ、勢いよくドアをノックしていたカモシンは、笑いを含んだ大きな声でつづけた。

「そこにいたらどいてね、けがしても知らないからね。せーのー」

 早口でそういったカモシンは、全体重をぶつけるようにしてドアを押し開けると、そのまま真っ暗い部屋の中に姿を消した。

 

              ★★★


「気を使った? 羨ましがられると思った? そんな風にしか見てなかったの? この私たちを……あああああ、あきれて、ものもいえない」

 ほっとした反動で、胸の不満をぶちまけるガウチの声をBGMに、ベッキーは年齢よりはるかに若返って見えるカモシンの原点、目元の部分をじっと見つめていた。

 若く見えるだけじゃないわ、今日のカモシン。

 羨望のため息を洩らしたベッキーは、ガウチの声が途切れるのを待って、絶対にウソが返ってこない質問法を試してみた。

「誓える? お石様に」

 それまでずっと、申し訳なさそうな顔で自分の足もとを見つめていたカモシンが、笑みを浮かべてベッキーを見上げた。

「触ってみる?」

 そのことが、一番重要なことだった。ベッキーは、相手の気持ちが変わらないことを祈りながら「では、まずは、わたくしめから」といった。

 わざとおどけたような声をだしたのは、内心のびくつきを隠すためだ。整形手術で思い出すのは、二十歳のとき豊胸手術を受けたという元同僚の告白。

 外見的には、今でもグラマーに見えると思うの。でも、二年もしないうちに、痛みがでてきて、それからあとは、毎日が地獄。異性はおろか、女性にも見せられないほどの型崩れ。これまで誰に言えず、悩みつづけてきたの。

 涙ながらに聞かされたのが、トラウマとなり、整形手術=失敗=一生を棒に振る。一度記憶に刻み込まれたその図式は、簡単に書き換えられる種類のものではなかった。

 カモシンの笑顔に不自然さは見受けられない。しかし、ここをなんとか乗り切ろうと、お石様を裏切った可能性もある。

 いずれにしろ、現時点において、わたしのような素人が、気軽に触るわけにはいけない。最悪の場合、症状は急速に悪化する。しかし好奇心の方が、数段高かった。

「痛かったら、すぐいってね」

 念を押したのがおかしかったのか、カモシンはクスッと笑った。その笑顔が妙に色っぽく見えたベッキーは、体の芯に、ぞくりとしたものを感じたが、素知らぬ顔のまま、腕を伸ばすと、そのふっくらとした目元に、小指の先をそっと押し当てた。

「人の言葉は信じない。目を閉じて、じっとしているんだぞ」

 男口調のガウチは、かわいい。照れ隠しでいっているのが、見え見え。もちろんそれは本人も認めている。

「お手柔らかに」

 カモシンが笑顔で応じると、ガウチはギブアップするように、小さく肩をすくめた。

「女が見とれる女って、ほんとうにいるのね」

 ため息交じりでいったあと、あらためてカモシンの足元から、頭のてっぺんまで見上げたところで、ガウチはカモシンの服装に触れた。

「イブニングドレスって、見たくもない奴のナンバーワンだったんじゃなかったの?」

「いまでは、これが一番のお気に入り。たぶんこれからも」

 カモシンは、何のためらいも見せずに、そう答えた。

 ふーん、

 急に無表情な目になったガウチは、カモシンに注文をつけた。

「モンローウオークって、知っているわよね」

 カモシンは何も言わずに、にこっと笑った。

「じゃあ、向こうから歩いて来て」

 命令口調で、ガウチはあごをしゃくった。

 それだけは勘弁してよ。そんなセリフを予想していたベッキーは驚いた。

「お任せ下さいませ、ご主人様」

 芝居がかったセリフを残して、入り口近くまでいったカモシンは、腰をゆるやかに振って歩くだけではなく、ドゥドゥビ、 ドゥビドゥビ、 ドゥビドゥヴァー、と青江三奈の伊勢崎町ブルースを口ずさみながら、ガウチの膝の上に腰をおろすと「はぁーい、ダーリン」といって、片目をつぶって見せた。


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